忘れられない一冊、伝えたい一冊 第20回

◎「鬱」(花村萬月著 双葉社 1997年)
  中屋敷法仁

「鬱」表紙
「鬱」表紙

 姉が買ったのだろうと思う。高校時代に居間に置いてあった小説『ゲルマニウムの夜』に出会った僕は、そのまま著者・花村萬月氏の狂信者となった。
 平凡な情景描写でありながら、どこかグロテスク。過激で醜悪な場面なのに、恐ろしく美しい。愛と暴力、性、宗教、歴史、組織―あらゆるテーマを軽快なテンポと重厚な文体で描く。中毒性の高い花村文学に完全に心酔していまい、貪るように氏の作品を読み漁った。それから大学に入学してからの数年間というもの、花村氏以外の小説は読んでいない。(いや、読んでいたかもしれないが、全く記憶に残っていない)
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マームとジプシー「あ、ストレンジャー」

◎太陽が貧しい
  岡野宏文

 「マームとジプシー」の『あ、ストレンジャー』は、ノーベル賞作家アルベール・カミュの代表作『異邦人』を換骨奪胎した公演であった。

 恥ずかしいのでいままで「ジュール・ヴェルヌです」とかいってつつましく隠し通してきたが、私の卒論はしょうみなところカミュである。フランス語なんか全然できないくせに、ブランデーじゃない方のカミュを恐れ多くも扱ったところが実に罪作りな私らしい。
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東京デスロック「東京ノート」

◎あのとき劇場は満員電車に似ていたかもしれない
  イチゲキ 座談会「『東京ノート』を考える会」

「東京ノート」公演チラシ
「東京ノート」公演チラシ

 東京デスロック(主宰・多田淳之介)が今年1月、4年ぶりの東京公演をこまばアゴラ劇場で行いました。取り上げたのは、平田オリザの岸田國士戯曲賞受賞作「東京ノート」。青年団が平田演出でたびたび上演してきた代表作です。今回の多田演出では、観客が会場を自由に動き回れるようになっていました。そのため、どこにいてどのように時間を過ごしたかによって印象が大きく変わったようです。その変化を確かめようと、この公演を見た6人に体験を交えて話してもらいました。参加者は、観客同士が話をする場を共有しようと活動している「イチゲキ」のメンバーです。進行役の廣澤梓はイチゲキの中心メンバーの一人。今年1月からワンダーランド編集部に加わりました。参加者の略歴は末尾に掲載しました。オブサーバーとしてワンダーランド編集長の水牛健太郎が参加しています。(編集部)
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【レクチャー三昧】2013年3月

 直接関係がない話なのですが、先般、友人が「どうしてポストトークやシンポジウムに出てくる先生方ってしょっちゅうマフラーをしてるのかしら」といぶかしがっていました。女子校出身の彼女は「マフラーは表でするもので室内に入ったら外すものである」と厳しく躾けられたそうです。そういえば実によく見る光景です。
(高橋楓)
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グループ る・ばる 「片づけたい女たち」

◎劇評を書くセミナー東京芸術劇場コース第6回 報告と課題劇評

 劇評を書くセミナー第6回が1月25日(金) 、講師に扇田昭彦さん(演劇評論家)を迎えて東京芸術劇場で開かれました。対象となったのは、グループ る・ばる 「片づけたい女たち」公演(2013年1月12日-20日)です。当日は提出された原稿12本を取り上げ、扇田さんのコメントを挟んで合評が進みました。最後の20分あまりは全員発言で盛り上がり、「おもしろい読みと分析で私が教えられることがたくさんありました」との扇田さんのことばでしめくくられました。そのあと、劇場内のレストランで遅くまで話し合いが続きました。以下、執筆者の了解を得た劇評を掲載します。
(ワンダーランド編集部)
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集団:歩行訓練「不変の価値」

◎500円の価値
  伊藤寧美

「不変の価値」公演チラシ
「不変の価値」公演チラシ。
デザイン=松見真之助(Morishwarks)

 会場に入ると、『資本論』の次の一節がスクリーンに表示されている。

「商品は、自分自身で市場に行くことができず、また自分自身で交換されることも出来ない。したがって、われわれはその番人を、すなわち、商品所有者を探さなければならない。商品は物であって、したがって人間に対して無抵抗である。もし商品が従順でないようなばあいには、人間は暴力を用いることができる。(『資本論(一)』マルクス・エンゲルス編/向坂逸郎訳、岩波文庫、1969. p. 152)」(註1)

 開演前の諸注意のアナウンスに続き、司会が短いデモンストレーションを行う。彼女が舞台上の俳優のもつグラスに500円硬貨を入れると、彼は少しポーズをとって見せるのだ。次いで司会は今回の公演費用の内訳を聞き取れないほどのスピードで読み上げ、その最後に、以上の決算の結果本公演の値段(すなわち入場料と経費の差額を観客数で割った金額)は500円である、ついては観客に500円を返金する、と述べる。作品は、ここから始まる。
 作品は、観客と舞台上のインタラクションに重点を置く前半部、俳優間のインタラクションを見せる後半部に分かれる。この媒介になるのがこの500円である。
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松岡綾葉「D.D. Digital Dust」

◎のどごしを求めない、おいしさ。
  安達真実

福岡ダンスフリンジフェスティバル チラシ

 この人たちのダンスときたら、まさに門外漢には(門外漢である、と自らを規定した者には)どうでもいいような無意味なディテールに溢れかえっているのだ。一方で、どうでもよくないような何かが、いい加減にほったらかされているように思える。それがかえって、どうにもクセになる感じなのだ。というのは、その愚直さが筆者の目には誠実さと映るからであって、もし、納得という“のどごし”の良さを求めてみるなら、はっきり言って気持ち悪いことだらけ、ということにもなり得るだろう。
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第57回岸田國士戯曲賞

◎岸田戯曲賞は赤堀雅秋「一丁目ぞめき」と岩井秀人「ある女」

 第57回岸田國士戯曲賞(白水社主催)の選考会が2月15日(金)、東京都千代田区の學士會館で開かれ、赤堀雅秋「一丁目ぞめき」と岩井秀人「ある女」が受賞作と決まった。正賞は時計、副賞は賞金20万円が贈られる。授賞式は4月8日(月)、東京都新宿区の日本出版クラブ会館で開かれる。
>> 岸田國士戯曲賞のページ(白水社)


劇評セミナー 最終回は4月2日 受講受付中!

劇評を書くセミナー東京芸術劇場コース チラシ

 劇評を書くセミナー 東京芸術劇場コース第9回は4月2日(火) 午後7時から、講師に佐々木敦さん(評論家)を迎えて同劇場ミーティングルームで開かれます。今期セミナーの最終回です。取り上げるのは「マシーン日記」(作・演出:松尾スズキ、2013年3月14日-3月31日)。提出された劇評をもとに合評します。東京芸術劇場の選りすぐりの公演に、少数ゼミ形式でじっくり取り組みます。受講受付中(定員20人)。残りわずかです。詳細と申し込みは >> セミナー概要ページをご覧ください。
(注)東京芸術劇場サイトに劇評セミナーの概要が掲載されています。>>


東京デスロック「東京ノート」

◎2024年のジャパニーズ・ノート
  落雅季子

「東京ノート」公演チラシ
「東京ノート」公演チラシ

 靴を脱いで劇場に入り、白いムートン張りの床を踏む。作品の舞台である美術館のロビーを模したセットは同じ布地でカバーされており、既に観客らしき人が腰掛けている。椅子はそれ以外になく、後はめいめい床に座ったり、壁にもたれたりしながら開演を待っているようだった。東京デスロック4年ぶりの東京公演に多田淳之介が選んだのは、遠いヨーロッパの戦争を背景に、美術館につかの間集う家族、恋人たちを描く、平田オリザの戯曲『東京ノート』である。
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