TRワルシャワ「4.48サイコシス」

◎素材としてのテクスト、揺るがされる観客
辻佐保子

これは演劇のテクスト?

 イギリスの劇作家サラ・ケイン作の『4.48サイコシス』(4.48 Psychosis, 1999) には、登場人物がいない。文頭に付されたハイフンによって複数人による対話と読める部分はあっても、対話であるという根拠はどこにもない。幕や場といった区切りもされておらず、明確な起承転結もない。誰のものともつかない断片的な言葉が、意図的に組まれたであろう不規則なインデントで綴られていく。言葉どころか、数字のみが羅列される部分すらある。初めてテクストを読んだ時、上演されることを拒んでいるようだと圧倒されたことを記憶している。『4.48サイコシス』を書き上げた一週間後にケインが命を絶っていることから、演劇のためのテクストというよりも遺書であるとしばしば考えられてきた。それにも関わらず、上演へと引きつける磁力が備わっているのか、『4.48サイコシス』はケイン作品の中でも上演回数が比較的多い部類に入る。本稿では、2014年10月にブルックリンの小劇場セント・アンズ・ウェアハウス (St. Ann’s Warehouse) に招聘されたTRワルシャワによる上演を取り上げる(註1)。
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クリストフ・シュリンゲンジーフ「外国人よ、出て行け!」

◎大成功したアート・プロジェクトの記録
 水牛健太郎

 現実の政治社会状況と切り結んだアート・プロジェクトとして名高いクリストフ・シュリンゲンジーフによる「オーストリアを愛せよ」。F/T14の映像特集の1本として上映された「外国人よ、出て行け!」はその記録である。
 このプロジェクトは2000年のウィーン芸術週間の1作品として、隣国ドイツから気鋭のアーティスト・シュリンゲンジーフを招いて制作したもの。1週間にわたりウィーン歌劇場の真正面に設置されたコンテナ・ハウスの中に12人の亡命希望者を滞在させ、通りすがりの人が小窓から彼らの生活を見ることが出来るようにした。さらにビデオカメラによる内部の映像が24時間ネット中継される。そして、視聴者の投票により、彼らのうち1日に1~3人ずつを国外追放するという触れ込みである。1週間後に残った最後の1人にはトップ賞として賞金とオーストリアへの滞在許可が与えられる、とされた。コンテナ・ハウスのてっぺんには、「外国人よ、出て行け(Ausländer, raus!)」と書かれた大きな看板が。
 この悪趣味極まりない見世物は、初日こそ新聞に小さな記事が出る程度だったが、すぐに爆発的な反響を引き起こし、連日メディアに大きく取り上げられた。周囲には様々な立場の市民が集まり、激論を繰り広げ、興奮のあまり、相手を叩くといった騒ぎも多発した。夜間にコンテナへの侵入を企てた形跡があったり、正体不明の液がまかれたり。4日目には「移民を解放する」と称するデモ隊に襲撃されて、移民たちが緊急避難する事件も発生した。
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