ホーム > さ行 > 關智子

關智子のアーカイブ

鴎座クレンズドプロジェクト02「浄化。」

  • 投稿者: 編集部
  • 2012年1月25日 19:00
  • 關智子

◎「浄化。」されるわたし
關智子

「浄化。」公演チラシ

 「わたしは強烈な力であの人の中に投影されており、ひとたびあの人を欠くとなると、再び自分を捉えることも、とり戻すこともできなくなる。わたしは永遠に失われてしまうのだ。」

 この言葉はロラン・バルト(Roland Barthes)が『恋愛のディスクール・断章』(Fragments D’un Discours Amoureux, 1977. 三好郁朗訳、みすず書房、1980年)における「破局」の項で述べたものである。この本は、『浄化。』の戯曲である『洗い清められ』(Cleansed, 1998. 近藤弘幸翻訳。以下敬称略)を書いた際に作者のケイン(Sarah Kane)自身が影響を受けたと述べており、作品の主題である精神的限界状態としての愛を表象するために参照していたとされる。この『浄化。』では、このバルトの言葉にあるような状態が上演の中で描かれると同時に、それは作中の登場人物だけではなく観客までも巻き込もうとする力強い、挑発的な試みが見られた。
続きを読む

鴎座「クレンズド」(リーディング・パフォーマンス)

  • 投稿者: 編集部
  • 2011年2月17日 17:51
  • 關智子

◎狭間を浮遊する作品
 關智子

鴎座「クレンズド」 公演チラシ 俳優が舞台上で台本を手にしているという事は何を表すのか。彼らは完全に役に埋没する事はなく、かと言って彼らそのものとしてその場に存在している事もない、観客と交換可能でありながら違う世界を生きている狭間の存在になる。そんな居心地の悪い所在無さを感じながらも、時折突如としてその場に出現する劇的世界に観客を引き込もうとする舞台。2010年12月25日に行なわれた鴎座『クレンズド』はそんな作品だったように思う。

続きを読む

中野成樹+フランケンズ「寝台特急”君のいるところ”号」

◎「寝台特急」「きみのいるところ」である劇場
關 智子

寝台特急中野成樹+フランケンズ(以下中フラ)の作品はいつも緊張する。
と言うと、観た事のある人の大半は疑問に思うかもしれない。「誤意訳」という砕けた翻訳(翻案とすら言えるかもしれない)で、近現代劇をポップにアレンジする劇団、という印象があるだろう。実際には笑い所があり、全体としてまとまりのある明るい作品が多いように感じる。だが、私はいつも新作のチラシを目にしただけで緊張する。それは、「誤意訳」によって原作が間違った翻訳及び解釈で上演され、歪められてしまうと考えるからではない。作品が大幅に変更されて、もう途中から原作が何なのかすらよく分からないようになっても、観終わると「これは原作に近付こうとしているのではないか」と感じるからだ。中野さん本人ですら「間違ってる」と言っていても、間違っていない気がして来る。すると、自分の芝居の観方や判断が大きく揺らぐ。だから毎回、緊張して観ている。

続きを読む

1 / 11

ホーム > さ行 > 關智子

セミナー
Look Back
定期連載
インタビュー
Twitter
最近の投稿
カレンダー
« 2012 年 2月 »
M T W T F S S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29        
アーカイブ

ページの上部に戻る