#5 前田司郎(五反田団)

窺視症と露出狂

前田司郎さん――ですよね。だから、一方で小説ではかなりセクシャルなことを出しているじゃないですか。すごく意外ではあったんだけど、同時に、あっやっぱりそうなのかとも思ったんです。これまで五反田団の芝居ではうっすら感じとれるだけだった前田さんの中の不穏さのようなものがより色濃く反映していて。あれは小説でならば書けるという感じだったんですか。

前田 いや、書けるというか、なんか品的なもの? 品はやっぱりあった方がよいと思っていて。下品にすればスキャンダラスっていうか、派手っていうか、目は引くんだけども……ああ、それはやっぱり育ちとかも関係しているのかもしれない(笑)。

――たしかに、お金のことでもそうですけど、前田さんって都会育ちの品のよさを感じます(笑)。

前田 じつはそういう感覚を自分の中で大事にしてたとこもあるんです。ただ同時にそこを破れない自分もいた。でも性描写を書けば下品になるのかって言ったら、それを下品と言っちゃあいけないんじゃないか。これは小説でも書いたんですけど、なんで性が隠蔽されるかっていうと、隠しておくと価値が上がるからだと思うんです。もちろんいまみたいに開けっぴろげだと、性の価値もどんどん下がってきてるってのも感じてるんですけど。それでも性描写を下品にならずに上品に書くことだってできるんじゃないかと。それで解禁することにしたんです。やっぱり生々しさがないとダメだと思うんで。

――それは最近いろんなところでおっしゃってる窺視症と露出狂の話にもつながるわけですね。

前田 そうです、窺視症と露出狂。最近、三浦さんにパクられてるんですけど(笑)。

――たしかにキャッチーなフレーズですから(笑)。

前田 これからもっと広まってくんじゃないかと(笑)。やっぱ無意識を表現するには、安全なところからのぞき見るか、無意識の中に入ってそれをわーっと開けっぴろげるか、そのどっちかしかないと思うんですよ。で、僕はすごく窺視症的な戯曲を書いてきて――ま、オリザさんなんかもそうだと思うんですけど、でも福島さんの本だったかな、犯罪心理学の本で読んだんですけど、窺視症と露出狂ってじつはすごく併発しやすい症状らしいんですよ。かなり近い欲求があるらしくて。だから僕はその窺視症的な部分は演劇のほうで消化して、意図的じゃないんですけど露出狂的な部分は小説で出してるんじゃないかと。ああ、でも『愛でもない青春でもない旅立たない』は書いてみて、あとから露出狂的だなと思ったんだっけ。これ(『愛でもない青春でもない旅立たない』)書いたの、だいぶ前なんですよ。

――小説は小学校から書いてたって言ってましたもんね。

前田 これは大学の終わりぐらいから書き始めたかな。それを今回リライトしたんです。だから当時は窺視症とか露出狂の概念とかもそんなにしっかりしてなかったんでそういう欲求で書いたんじゃないと思うんですけど、フタを開けてみるとそういう(露出狂的な)作品になっていた。やっぱり私小説的っていうか、私語り的なところを出す、自分を安全でないところに置くっていうのは、それはそれで快感だったりするんで。

――やはり露出狂的な欲求も窺視症と同じようにしてあったと。そのことは最近の五反田団の作品にもフィードバックしてますよね。

前田 してますね。ただその出し方というか、露出するっていってもやっぱり演出しちゃうんですね。たとえば道で裸になるっていっても、それは家で無意識的に裸になってるのとは違う。見られてるっていう感覚があって裸になってる。だからそれは厳密な意味では露出ではないんです。ようするに服は着てないけども、裸だってことに意識的である以上、ホントの露出ではない。なので僕の場合、露出的な戯曲であれ、小説であれ、厳密には露出といえないんです。

――意識してしまってる。

前田 そうなんです。意識して裸になってるのでちょっとサディスティックな部分がある。サディスティックな感覚もマゾヒスティックな感覚もなく、フラットにただ裸でいるっていうことがたぶんホントの、現実的な意味での露出するってことなんだろうと思うんです。でも、それはまだできてなくて。

――『ふたりいる景色』の最後のやりとりが、勝手な思いこみかも知れないですけど、やっぱりちょっと恥ずかしいというか、なんかすごくマゾヒスティック的な――羞恥プレイみたいな(笑)感じがあって、逆にそこまでやるのかって感動したんですけど。

前田 いや、最後のあれはできるだけ恥ずかしくないような仕組みをつくって、あれならお客さんも恥ずかしくないだろうって。なんだかんだいって、けっこうみんな、彼女と二人のときとかはああいう……。

――ああー、たしかに言ってる(笑)。

前田 ああいうことしゃべってるんですよね(笑)。それは外から見るとすごく恥ずかしいんですけど、本人達にとってはすごくシリアスなことだったりして。いままでは男女間のそういうぜったい人には見せないようなところを、たとえばその噛んじゃうとか、照れてチャチャを入れるとか、そういうのでわりと隠してきてて。あれを台本で書いたときも、ダメだったら削るつもりだったんです。でも今回は金替(康博)さんの力量とかもあって、出してみてもいいかなと思えて。

――たしかに以前にはあそこまで直球のシーンはなかったですよね。

前田 だから黒田(大輔)君とかだと、もしかしたらうまくいかなかったかもしれない。10年後の黒田君ならうまくいくかもしれないけど(笑)。やっぱ金替さんで稽古してみて、この人だったらいけるなと。もちろん後藤(飛鳥)さんの力もあって、この二人ならいけるなって。こないだの公演に関していえば、わりと自分が信頼してる俳優を集めたところがあるんです。もちろん他の俳優を信頼していないってことじゃなくて、僕が把握してるつもりになっている俳優をって意味で。だから五反田団の二人に出てもらったし、立蔵(葉子)さんとはその前の『S高原から』でも一緒にやっていて。金替さんとは初めてだったんですけど、僕は金替さんの出てる作品をずっとみてるんです。だから金替さんのポテンシャルはわかっていて、あとは僕がそれをどこまで引き出せるかだけが未知数で。でも実際にやってみたら、僕が苦労しなくても金替さんはある程度のところまでもってってくれるんですね。だから、俳優に関しては計算できると。それで戯曲をギリギリまで粘って……。

――相当書き直しをしたって聞きました。それも直前にガラッと変えたって。

前田 まったく変わりました。いままでは変えることってなかったんですけど、ちょうどプライベートなこととかもあって。あとやっぱり小説を書いたってのがけっこう響いて。

――小説は同時進行だったんですか。

前田 はい。それで物理的に時間がなかったっていうのもあるんですけど、小説を書くことでその型がついちゃうのが大きくて。たとえばイチローが――あっ自分がイチローってことじゃなくてただ野球に慣れている選手ってことなんですけど、たとえばイチローが1年間くらいソフトボールをやるとしますよね。それでまたプロ野球に戻りますわってなったときに、やっぱソフトボールと硬球は感覚が違っていて、そのズレを戻すのにちょっと時間がかかるみたいな。

――小説と戯曲はやっぱり違ってたと。

前田 そういうのはないだろうと思ってたんですけど、やっぱりありましたね。小説を書いたあとに、戯曲の脳っていうか、戯曲の感覚に戻るのにちょっと時間が必要だったんです。それでペースを乱されちゃったってのがあって。あと次の作品が『さようなら僕の小さな名声』っていうんですけど……。

――10月公演ですね。ホームページで拝見しました。

前田 ええ。じつは、ちょうどその「名声」との戦いが一番大変だったときだったんです。名声ってのは大衆化を望んでくるんですよ。ようするにわかりやすいものをつくれと。そういうプレッシャーがすごくあって。ま、名声としては小さなものなんですけど、僕にとってそれはけっこう強敵で。最初の方、ちょこっと負けてたんです。ようするに意識的な部分で書こうとしちゃってた。無意識で書こうとするんだけど意識がどんどん出てきてしまって、わかりやすいんだけど僕にとってはなんのおもしろみもない作品を書いてしまう。で、これはもうダメだって全部1回捨てて、あともう数日で稽古ってときに、またゼロから書き始めたんです。

――稽古が始まっても書き直しが続いたんですよね。

前田 けっきょく作家も演出家もおなじ人間なんですけど、演出家が作家を信頼していない状態で稽古をしなきゃいけなくて。いつもなら作家としての自分を信頼して、あとは演出家にまかせるんです。演出家は作家を信頼してるから、作品を変えずに、作家がどうしようとしたのかを汲んでそれをやろうとする。でも今回は演出家が作家を信頼してくれないんです。これ戯曲がダメなんじゃないかって。

――自分で自分にダメ出しして(笑)。

前田 これじゃダメだから書き直しって(笑)。そういう葛藤があって、でも本番2週間前とかに作家がスランプを抜けたんです。だからスランプだった作家のことは忘れて、そのスランプを抜けた作家を信頼して、さらに書き直しをさせて。

――ある程度パッケージになればいいという考え方もあるとは思うんです。でもそうはしないで、ギリギリでも書き直す。本質的に芸術っていうものを信頼してるっていうか、本気でそういうことをやれるっていうのがすごいですね。

前田 ちゃんとしてる人はみんなそうだと思いますよ。たとえば赤堀(雅秋)さんとか三浦さんとか松井(周)さんとか関さんとか、もちろんオリザさんや松田(正隆)さんも。きっとみんなそうやってて、ただそれを語るか語らないかだけで。僕はたまたまそういうことを語る言葉があるだけで、語るのもべつに悪いことだとも思ってないし。

――直裁っていうか、ストレートなのが気持ちいいですね。

前田 だからやっぱり露出狂なんじゃないですか(笑)。>>