#7 生田萬(キラリ☆ふじみ芸術監督)

「演劇祭」を「芸術祭」に

生田萬さん-今年度の事業は大枠が決まっていると思いますが。

生田 任期は3年ですが、おっしゃるとおり前年度中に今年度の事業計画は固まってますから、実質2年ですね。でも一応3カ年計画の事業をひとつ考えています。

-具体的にどんなことを予定されているのですか。

生田 これまで実施してきた「キラリ☆ふじみ演劇祭」というのがあるんですが、これを3年かけて、演劇だけでなく音楽やダンスなど他ジャンルを含めた「芸術祭」に発展させるというグランドデザインのもとに、なにをどうするか検討している最中です。

演劇に関しては、演出家にチャンスを与える場にしたいと考えています。本当はホール専属の劇団を作るのが夢なんですけど、いきなりレジデンス型へもっていくのは予算的にも施設的にも無理なので、とりあえずはフランチャイズ制の劇団を集めたい。最初の方でも言いましたが、これから演劇の未来を発明する人たちに集まってもらって、ここで作品を創って、ここを出発点にして全国を回るような仕組みができたらいいなあと思っています。もちろんワークショップなどその劇団による市民への直接的なアクションも同時進行させる。とりあえず3劇団ぐらいがフランチャイズにしてくれないかなあと思っています。

もう一つは、ホールの自主企画として年に1本芝居を創ってきているので、それも3年計画で、最初の年は公募で3人の演出家を選んで『ロミオとジュリエット』を幕ごとに演出家を変えて上演する。まあ、演出コンペというか、翌年に創る芝居のいわばワークインプログレスな実験という位置づけなんですけど。で、その翌年には3人のなかから1人を選んで新作を上演する企画が進行中です。その作品はもう決まっていて、作家の阿部和重さんが昨年芥川賞を受賞した作品『グランド・フィナーレ』です。

-『グランド・フィナーレ』を舞台化するとは、すごい企画ですね。

生田 小説を読むときはふつう、主人公に感情移入して物語を追っていくじゃないですか。探偵小説なら主人公の探偵に同化して犯人を推理する。ところが、読み進むにつれてどんどんその探偵が怪しくなって、とうとう犯人になっちゃう。『グランド・フィナーレ』は、ぼくにはそんな常識破りでスリリングな読書体験でした。具体的にいうと、一人娘への抑えきれない愛情をつづる主人公が、実はロリコンの変態だという地点にまでどんどん変容してゆく。ぼくは、演劇の愉しさというのは、人間という存在が示しうる可変性を体験することだと思ってるんですけど、つまり、人って状況に応じてこんなにも変容しうるんだって驚きですね。で、この小説は芝居になる、絶対オモシロいと。俳優はたいへんかもしれないけど(笑)。そんなことを平田さんに言ったら、平田さんのネットワークを通じて阿部さんからあっという間にOKが出た。

-阿部さんの小説の舞台化はすでに前例がありますね。一昨年(2005年)『ニッポニアニッポン』がTextExceptPHOENIX + stepsの手で上演されています(注2)。元・小鳥クロックワークの演出家西悟志さんがこの作品のために立ち上げた演劇ユニットだったようです。暗闇から言葉が飛び出し散乱していくような、不定形の感情がうごめくような、印象的な芝居でした。

生田 それはぼくは見逃してて残念でした。で、話はもどりますけど、ぼくは台本を書くのがいっつも辛くて、それに比べて演出は愉しいことばかり。だから、『グランド・フィナーレ』の戯曲化はだれかにお願いして、演出をやらせてもらえないかなと思っていたんです。ところが、演出家を育てたいと言った本人がそれはないだろうと、おまえが書くべきだと言われて、結局辛い作業を背負う羽目になった(笑)。それを『ロミオとジュリエット』の3人の演出家のなかの1人に演出してもらって、3年目にはそれで全国を回りたいと思っています。

これと、先ほど言ったフランチャイズ劇団構想、それに芸術祭という3つの大風呂敷を広げています。

最後の芸術祭で、市民参加の企画は、演劇というより映像部門でできないかと思っています。いまハイビジョンクラスの撮影機材が10万円台で買えたりする時代ですから、最初にビデオ講座で映像作品の作り方から初めて、最終的にはドキュメンタリー作品を作ってもらう予定です。芸術祭もテーマを決めて、演劇やダンスなどさまざまなジャンルのアーティストがそのテーマから触発された作品を持ち寄ってつくりあげられたらいいなあと思っています。

こうしてならべるとえらく話が大きくきこえて、ホールのスタッフは「こいつ、どこまで本気なんだ」と(笑)。まあ、夢は大きい方がいいと言ってるんです。

-映像部門を芸術祭に加えるという企画はおもしろいですね。ビデオ映像は撮影も編集も若い人を中心に裾野が広がってますから。

生田 テレビ局をリタイアした知り合いも手伝ってくれると言ってるし、いろんなおもしろいことができそうですね。

-公共ホールの事業でも、予算が少なければ外部から助成を得たり企業の支援を頼んだりできれば、さまざまな形で財政的な下支えやネットワークの広がりにつながります。外部からの参加が得られるのは歓迎ですね。

生田 そうですね。それにしても、ともかくそのベースになる「三位一体」が公共ホールでは重要だと思っています。首長とホールのスタッフと市民ですね。この三者の思いが一体にならなくては活性化しない。特に市民のなかでは、くりかえしになりますが、団塊の世代がひとつの鍵を握っていると大いに期待しています。>>

注2)TextExceptPHOENIX + steps『ニッポニアニッポン』(こまばアゴラ劇場、2005年6月8日-12日)http://www.komaba-agora.com/line_up/2005_6/nipponia_nippon.html