振り返る 私の2008

谷杉精一(劇作家)

  1. 「苛々する大人の絵本」公演庭劇団ペニノ「苛々する大人の絵本
  2. リミニ・プロトコル「ムネモパーク」(シュテファン・ケーギ構成、演出。東京国際芸術祭2008)
  3. 東京デスロック「演劇LOVE2008~愛の行方3本立て~」から倦怠期「CASTAYA」

1.ずっとニヤニヤしながら見ていた。2.ずっとワクワクしながら見ていた。3.前半/イライラ、後半/放心して見ていた。
へんに観劇ズレしてしまったのか、あるいは老化が始まったのか、心動かされることが少なくなった。そんななかでもニヤニヤ、ワクワク、イライラ、ホェーとなった作品がこの3本。「苛々する大人の絵本」で人の悪夢を覗き見して、「ムネモパーク」で記憶の中を散策してしまった。「CASTAYA」では自分と演者のあいだに「接触しないコンタクト・インプロビゼーション」としか言いようのない不思議で強烈な感覚を味わった。他に「溺れる男」(ダニエル・ベロネッセ)「かもめ・・・プレイ」(エンリケ・ディアス)「五人姉妹」(ミクニヤナイハラプロジェクト)も刺激的な作品だった。年間観劇本数105本。

◇杵渕里果(生保業務)

  1. 「グローブ・ジャングル」公演虚構の劇団「グローブ・ジャングル
  2. 世田谷パブリックシアター+コンプリシテ「春琴」(サイモン・マクバーニー演出)
  3. 三条会「近代能楽集」から「班女」+「道成寺」の回

1.コミック浦沢直樹『PLUTO』のあと手塚治虫の原作を読むと、絵がカワイくて驚く。ポツドールだチェルフィッチュだのひねた今時の劇団のあとの鴻上も、うぉカワイイ!と驚愕。現役二十歳俳優でこのカワイさを可能にしたとは。2008年小劇場にヒョウタンツギが狂い咲いた。
2.春琴・深津絵里の佐助へのたくましい蹴りにナオミを感じる。そうか谷崎は『痴人』の作者かと再認識。佐助はチョウソンハと笈田ヨシ二役。おそらく笈田・ジョージにとって、チョウの肉体が妄想としての若い自分なのだろう。それにしても明朗純愛に佐助と春琴がぐぁっしと抱き合うのには興醒め。「SM」という単語を台詞にストレートに出すなよSイモンMクバーニ。今年もっとも私を悩ませた演劇。
3.全編みることができる稀有な機会だった。

◇因幡屋きよ子(因幡屋通信発行人)

  1. 「田中さんの青空」公演演劇集団円「田中さんの青空」(土屋理敬作、森新太郎演出)
  2. shelf「Little Eyolf ちいさなエイヨルフ」(ヘンリク・イプセン作、矢野靖人構成・演出)
  3. 劇団掘出者「ハート」(田川啓介作・演出)(上演順)

上記の3本はいずれも重たい内容である。金融恐慌の嵐が吹き荒れ、動機の不明瞭な無差別殺傷事件が続発し、多くの人がただならぬ不安を抱える状況を好転させる速攻の解決策を示すものではないが、この世の情景をみつめる目を、憂える心の向きをほんの少し変える力を持っていることは確かだ。少なくとも自分はこの3本から「もっと考えたい、それを書き記したい」という意欲を与えられた。それが自己満足以上の何になったかと問われると、通信、ブログの拙稿はいずれも実に心許なく生産性の低い産物だと思うのだが、一夜限りの舞台が人に何を提示できるか、その様相を書き記す者ができることは何かをこれからも考えていきたい。年間観劇本数 12月28日までに110本を予定。

◇飯塚数人(人形劇研究家、「聖なるブログ 闘いうどんを啜れ」)

  1. 「蓮池極楽ランド」公演仏団観音びらき「蓮池極楽ランド」
  2. 鉄割アルバトロスケット「鉄割の信天翁(アルバトロス)が」
  3. グレコローマンスタイル「和装ニホヘト

観劇の半分は民俗芸能なので、小劇場系は10本ぐらいしか見てないのですが、仏団と鉄割、あとDULL-COLORED POPは最注目ですね。東京劇団フェスに出場した福岡の劇団グレコローマンスタイルと仙台の白Aもまた見てみたいです。観劇数35本。

◇堤広志(舞台評論家)

  1. 「Nameless Hands ~人形の家」公演楽天エンタープライズ/小野寺修二構成・演出「空白に落ちた男
  2. Noism08「Nameless Hands 人形の家
  3. ファビアン・プリオヴィユ&バレエ・ノア「EDDIE」「Les Avions de Papier〈kamihikouki〉

今迄の活動を大きく結実させた舞台が印象的な年でした。上記3本は読売新聞に評を書いたので省略します。他は、ポかリン記憶舎『鳥のまなざし』、地点『桜の園』等。個人的には、新国立劇場「シリーズ同時代」と、その公演パンフ連載座談会の前日に観たラビァ・ムルエ『消された官僚を探して』や、シュテファン・ケーギ『ムネモパーク』との対比、あるいは秋葉原事件の衝撃から「同時代の表現」について考えた年でした。チェルフィッチュ『フリータイム』、五反田団『偉大なる生活の冒険』、サンプル『家族の肖像』、ハイバイ『コンビニュ』等は、非正規労働者、ニート、引きこもりを扱った「同時代」的なリアリティが強く印象に残りました。年間観劇本数289本+年内中にあと18本予定=307本(12月17日現在)。

◇荒川真由子(大学生、「もじぶろ‐Mojiasobi Blog」)

  1. 「sisters」公演TRASHMASTERS「TRASHMASTERSIZM’08」
  2. リリパットアーミーII「罪と、罪なき罪」
  3. パルコプロデュース「sisters」(作・演出:長塚圭史)

深く感心したものを選びました。3本と言われて頭にぱっと浮かんだものです。もちろんこの他にも3本からは漏れてしまったけれど、頭に焼き付いている作品はいくつもある。その残りも全部含めて、少なくとも私が観たものから今年の演劇の特徴を述べるならば、人間の本質に迫るような、人間とはこういうものだと見せつけられるような作品が多かった、といえる。人間の感覚というものが崩れつつあり、正常であることのほうが難しい。むしろ脆いもので、ちょっとしたきっかけで人間というのはいくらでも堕ちていき、狂気じみたりする。それを目の前で繰り広げられることで自分にもあり得ることだと実感し、ぞっとさせられることが多かったように感じるのだ。このように振り返って考えさせられる作品が多かったと感じるとともに、自分自身にも強く影響を与えて自己を考えさせられる作品が多かった一年だったと思う。年間観劇本数は110本程度。

◇高木登(脚本家)

  1. 「閃光」公演reset-N「閃光
  2. 風琴工房「hg
  3. 多田淳之介+フランケンズ「トランス」

芸術ってのはそもそも「世界」を表現するもので、いいかげん「自己」表現にも飽きたし、そんな系統も頭打ちだろうなどと考えていたところに出くわしたのが1である。当日パンフには拍手の多寡によって劇団の今後を決める旨が書いてあり、これはあきらかに観客に対する依存だが、この作品に依存されるのは悪い気がせず、力強く拍手させてもらった。どこへ行っても議論になったのが2である。優れた作品がみな「問いかけ」であることを思えば、無数の返答を招いた本作はそれだけで成功と言えるだろう。「演劇」と「現実」の関係を描いて鮮やかだったラストも忘れがたい。多田淳之介がやろうとしているのは「方法論の大衆化」である。その意味では『WALTZ MACBETH』の方がここに選ぶにふさわしいかもしれないが、あえて3にしたのは、ひとつの思いつきから戯曲の深層に到る演出の手腕にあらためて驚嘆させられたからである。鴻上自身が演出する舞台とはまるでかたちが異なりながら、そこに現出したのはまぎれもなく鴻上尚史の世界だった。演劇って面白い、観客の誰もが素朴にそう感じたにちがいない。年間観劇数=およそ三十本ほど。(文中敬称略)

◇佐藤泰紀(劇場勤務)

  1. 「ムネモパーク」公演リミニ・プロトコル「ムネモパーク」(シュテファン・ケーギ構成、演出)
  2. toi 「あゆみ」(柴幸男演出)
  3. 梅田宏明「Accumulated Layout」(新国立劇場「DANCE EXHIBITION 2008」Aプログラム)

(上演順)
上記3本は海外作品、演劇、ダンスから衝撃的だったものを1本ずつ。その他に海外作品は東京国際芸術祭2008「溺れる男」、Urwintore「The Investigation[追究]」、キスフェス「森の奥」、中堅ではカンパニー化したOrt-d.dの「TEXT PLAY 源氏物語」、井手茂太と康本雅子による「日本昔ばなしのダンス」、山の手事情社「YAMANOTE ROMEO and JULIET」、若手では@@ has a headphone「いつでもここは夏である」、DULL-COLORED POP「小部屋の中のマリー」、柿喰う客「恋人としては無理」、ミツスイの逃走団「脈拍」が印象に残った。年間観劇本数=およそ70本。

◇詩森ろば(「風琴工房」主宰、作家・演出家)

  1. 「にあいこーるのじじょう」公演三条会「メディア モノガタリ」
  2. ユニークポイント「フェルマーの最終定理
  3. エイブルアートオンステージ 循環プロジェクト「『≒2』(にあいこーるのじじょう)」

今年の観劇はぜんたいには低調に終わりました。エンリケ・ディアスの「かもめ」やシュテファン・ケーギの「ムネモパーク」を見逃したのはわれながら怠惰だったと思います。「資本論」はぜったい行こう。そんななか、小劇場のメインストリームにぜんぜん乗ってない、わたしの趣味のヘンクツさが伺われる3作を。三条会は、冬のスズナリも夏の野外劇も素晴らしかった。評価の高いアトリエの三島由紀夫よりこちらを挙げます。「フェルマーの最終定理」は、アトリエで、客ウケとかあまり考えず、こじんまりとやりたいことをやった、そのいいところがぜんぶ出たような公演でした。「にあいこーるのじじょう」は、障がいのある方のダンス作品ですが、コレオグラファー、音楽家、演者、美術家、一線の方が集まって、まさに越境のダンス。車椅子って格好いい、そう心底思わせた福角宣弘さんに心からの拍手を。次点は、好き勝手無手勝流、いつまでもそのままでいてね、と思う、田上パル「そうやって云々頷いていろ」に。年間観劇数はちょうど100本でした。

◇大泉尚子(主婦&ライター)

  1. 「すてるたび」公演三条会「近代能楽集」から「邯鄲・綾の鼓」「熊野」
  2. 五反田団「すてるたび」
  3. HARAJUKU PERFORMANCE + (PLUS) SPECIAL

今年の観劇数は約60本。三条会は、三島の「近代能楽集」を縦横無尽に遊びながら、しっかりとした重心と軸を感じさせた。「すてるたび」には、こぼれおちそうなものをすくいあげる細やかさがあり、主演の黒田大輔が快演。「HARAJUKU PERFORMANCE + (Plus) SPECIAL」では、「珍しいキノコ舞踊団」の醸し出すひゃらひゃらした空気感や、東野祥子の金属の匂いのするようなエッジのきいたダンスなど見応え満点。クリスマスイブのラフォーレ原宿で、日の丸をバックに〈学会・ヒロポン・田母神元幕僚長〉ネタを繰り広げる鳥肌実がキュートだった!
ほかには、イデビアン・クルー・オム「大黒柱」。ガテン系のダンスで、ダボダボのニッカボッカを履いてる鳶職のオニイチャンと、上下同色の作業服を着てる主任格のオヤジでは、体の動きが微妙に違うとこがリアル。イデビアンは和服のダンスがいいと聞いていたが、今回は赤褌・白褌。白褌姿の井出のダンスは、ぽっちゃりお腹で笑わせるが、ほとんど移動はせずに、後姿だけで豊かな体の表情を見せるのがスゴイ。いつも嫌な奴・嫌な感じの描き方が秀逸な乞局の「邪枕」では〈圧葬〉という架空の葬り方が面白かったのだが、もっと掘り下げて展開してほしかった。「すてるたび」「邪枕」の両作が〈葬る〉ことを扱っていたのが興味深い。(2008年12月25日修正)

* 初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」年末回顧特集2008臨時増刊号(2008年12月21日、22日発行)
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