イキウメ「新しい祝日」

10.無色透明な半生(中村直樹)

 社会人を始めて幾星霜。日々の積み重ねが、いつの間にか日々の繰り返し。朝起きて、電車に乗って、会社で仕事をし、そして電車に乗って、夜眠る一日を繰り返すだけなのだ。車窓から見える人の列は目的地まで続いている。その整然とした列には意思を全く感じない。まるで黒蟻のようだ。僕もその一部だと思うとたまらない。
「僕はどこにいるのだろう、どこへいくのだろう?」
そんな言葉が頭の中で響いている。

 イキウメの「新しい祝日」は2014年11月18日から12月14日まで東京芸術劇場のシアターイーストで19ステージ、2014年12月17日から19日までABCホールで4ステージ上演された。

 一辺4mぐらいの正方形の舞台の上には、段ボールが積み上げられている。その側面には机や椅子が描かれており、オフィスのように並べられている。劇場の上手と下手に椅子が置かれている。そこに役者の浜田信也が座っている。
「もう少し仕事をしてから帰るから」
そう電話の相手に伝えると、仕事にかかる。そして仕事を終えるとデスクを成している段ボールを崩して役者の安井順平が現れる。安井は大阪の食い倒れ人形みたいな格好をしている。彼は浜田に服を脱ぐように脅し、パンツ一丁となった浜田を汎一と名付けた。
「最初からやり直そう」
安井がそう宣言すると、シーンは切り替わる。

 真ん中に椅子が置かれ、そこに浜田が座らされる。そこにしかめ面をした役者の盛隆二と伊勢佳世が現れる。二人は甲斐甲斐しく浜田の世話をしはじめた。
「まるで王様だなぁ」
傍若無人に振る舞う浜田に盛が言う。そして伊勢を自分の女にしようとする浜田は盛に戦いを挑むも、赤子のようにあしらわれてしまう。

 シーンは切り替わり、段ボールは舞台の隅に寄せられる。盛と伊勢は舞台から降りて劇場の壁際に置かれたパイプ椅子に座った。代わりにパイプ椅子に座っている役者の大窪人衛、岩本幸子、森下創、橋本ゆかりとアンドレ(澄人)が舞台上に上がり、ボールを使ったゲームを始める。大窪、森下、アンドレのチームと岩本、橋本、汎一のチームに分かれてゲームは、ルールを理解していない汎一のために大窪達のチームが優勢だったが、汎一がルールを理解すると状況は一変。汎一達チームの一方的な試合となった。
「トレードしよう」
大窪は汎一に持ちかける、アンドレと橋本を入れ替えて試合をしても、結局勝てない。大窪はさらなる要求をするので、汎一は手を抜き出した。すると、大窪達のチームの一方的な試合になっていった。
「それで楽しいのか?」
安井は汎一に問う。汎一が楽しいと答えると
「楽しいならいいんだ」
安井はそう答えた。

 シーンは切り替わり、岩本を先頭に大窪、森下、山田(澄人)が走っている。それに汎一と安井もついていく。
「アップしよう」
岩本の号令のもと、みんなは体操を始めた。どうやら運動部のようだ。伊勢と橋本はマネージャーだ。しばらくして盛が現れると、みなが集まりミーティングを始める。
「なぜ、彼は掃除をしないのですか?」
山田がそういう。掃除は下級生がやることになっているのに、下級生である大窪は掃除をしていないらしい。どうやら彼はエースで、暗黙的に彼が練習を優先するのをみなが認めているのだ。
「なぜそのようなことをいうのか」
山田のいない場所で盛と伊勢と岩本はそのようなことを話している。『和を乱す』発言だというのだ。そのような発言をさせるなと盛は岩本に対して注意をする。

 しかし、事件は起きる。アップだけが繰り返される部活に疑問を持った山田はこのような質問をする。
「これは何の部活ですか?」
それに対して驚愕をする盛や岩本達。
「そんなことも知らないのか」
そのように言うけれど、盛も岩本もエースである大窪もその問いに答えようともしない。しかし山田は確実に追い詰められていく。
「お前もそう思わないのか?」
安井は汎一にそう問い詰める。汎一も山田と同じような疑問を抱いていたからだ。しかし、汎一は次期部長の約束を得ている。その約束を反故にしてまで山田に同調しない。追い詰められた澄人は舞台から飛び降り、客席を通っていく。途中で立ち止まり、しばらく舞台上を眺めてからホワイエに繋がる扉から静かに出て行った。盛は、山田は精神的に弱っていたのが原因であり、自分たちは何も悪くない。だから余計なことは何も言うなと汎一も含めた全員に厳命する.
「お前が殺したんだ!」
安井は汎一にそう問い詰める。

 さらにシーンは切り替わり、ダンボールはオフィスのように並び替えられている。そこに大窪、森下、岩本、伊勢が座り、折り紙で船を作っている。盛は大きな椅子に座り、それを眺めている。汎一はいろいろ提案をしていく。一枚の折り紙で船を作るのではなく、二つの折り紙で手裏剣を作ることを提案する実績で着実に出世して行った。汎一はやっていることが何の意味があるのかなど考えない。その枠組みの中での最適を選択していっている。盛も大窪も岩本も森下も彼のことを賞賛する。
「結婚おめでとう」
汎一の知らないうちに橋本と結婚し、子供まで生まれた。
「お前はこれが本当に仕事だと思っているのか?」
ベビーカーに乗って現れた安井は汎一にそのように問う。すると、とうとう汎一は安井に襲いかかる。一通りに暴れた後、汎一はとうとうこのようなことをつぶやく。
「空っぽだ」
安井は満足して舞台から去っていく。汎一も舞台から去っていった。

 この作品の中で、一貫した名前があるのは浜田が演じた『汎一』だけ。シーンごとの名前があるのも澄人が演じた『アンドレ』と『山田』だけである。その他の役者は名前がない。座席の上に置いてある当日パンフレットをみるとわかるのだが、彼らには役割が与えられているだけなのである。盛は『権威』、伊勢は『慈愛』、大窪は『敵意』、森下は『打算』、岩本は『公正』、橋本は『愛憎』、澄人は『真実』、そして安井は『道化』である。だから、盛は「父親」、「顧問」、「部長」とシチュエーションによって役割は変わるが、一環して権威を演じている。それは他の役者も同様で『敵意』、『打算』、『慈愛』、『愛憎』、『公平』を演じている。日常に潜んでいるこれらの関係性をまざまざと見せつけてくる。汎一はそれらとうまくやるために空気を読んで行動をする。他人に合わせて受動的な行動をする。自分を押し殺して行動をする。だから彼が舞台上で一人だけになった時、彼の存在は空気のように霧散してしまう。まさに空っぽなのだ。

 生まれて成長するにつれ、他者との関係性は複雑になっていく。人間関係をうまくやっていくためには、『真実』を犠牲にしなければいけない。自分の中にない『真実』なんて生きていくためには必要でない。汎一とその関係性だけで見出した批判はなんとも見事だ。それは『道化』によってうまく導かれてたどり着いた『真実』である。

 だが、汎一は浜田だけなのだろうか。ボール遊びをしているシーンで大窪は浜田に反発する。大窪にとって浜田は『敵意』となる。そして空気を読んだ後は『打算』となる。部活のシーンで真実を知りたい山田を裏切ったシーンは『打算』にしか映らない。大窪にとっては大窪自身が『汎一』なのである。つまり誰もが『汎一』であり『権威』であり『打算』であり『敵意』であり『慈愛』であり『愛憎』であり『公平』であり『真実』なのだ。観客自身も汎一となり、自身の周りに『権威』や『敵意』、『慈愛』や『愛憎』などの中で生活している。そして『真実』から目を逸らして空気を読んで生きている姿が内から湧き出てくる。その『真実』がなんともきついのだ。このような演目を作った前川知大はまるで『敵意』のようである。『真実』でもあるようだ。そして導く『道化』でもある。僕はそのような『道化』に出会えたことに感謝をするべきなのだろう。

 いつものように目的地にたどり着いた電車から、僕は降りた。そして会社に向かって歩き出す。一匹の黒蟻となって歩き出す。意識せずに歩き出す。たしかに空っぽだ。早く帰りたいと思っている。お昼に食べるご飯や祝日に観に行く芝居が気になっている。たしかにこれではこれからやる仕事に意義がないのかもしれない。仕事も祝日も変わらないのかもしれない。だけど祝日だって有意義に過ごすことはできるはずなのだ。『道化』によって自覚的になった僕は自覚的に新しい祝日を過ごす決意をする。
「僕はここにいる、この道をいくのだ!」
そんな言葉が頭の中で響いている。

 僕は前より空っぽではないのかもしれない。
(2014年12月14日13:00の回観劇)

 

 

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