範宙遊泳「うまれてないからまだしねない」

5.生死を見つめて思う(平井千世)

 沈みゆく大型船の映像が、連日ニュースやワイドショーで流されていた。4月16日韓国の大型旅客船セウォル号が仁川から済州島へ向かう途中、転覆・沈没した事故だ。この船の乗員・乗客は約500人。そのうち死者・行方不明者は300人を超える。全ての乗員・乗客が船を降りるまで船から離れてはならないとされる船長は真っ先に逃げ出し、修学旅行中の高校生を含む多くの乗客たちは救助されることなく尊い命が失われた。こんなことが起こるとは夢にも思わなかったであろう人々の未来が奪われたのだ。

 『うまれてないからまだしねない』の舞台上でも、多くの人が死んでいた。

やさしいやつも
わるいやつも
やさしくてわるいやつも
わるくてやさしいやつも
みんなみんなしんでしまった

 緑色の星が突然現れて一瞬世界が緑色に染まった後、地球では異変が起こり始めた。大雨が降りだし、今まで全く気にも留めてなかった河川が氾濫した。避難命令が出され避難所に集まった第3黒山羊荘の住民たち。老人は風船のように空中に浮かびだした。人々は体に不調をきたし、やがて数奇な運命を受け入れて死んでいく。ただひとり自分の意思を貫き不条理に抗って戦おうとした鉄(大橋一輝)も帰らぬ人に…。

 鉄は言った。
「昨日当たり前だと思っていたことが、今日そうではなくなってたり、するじゃないか。」
「なんでか知らないけど鬼は確かにいるんだよ。それでその鬼のせいで、地球は危機にさらされているんだよ。」
「でも(雨が)やんでからだよ。本格的にみんな鬼の存在を疑えなくなってくる。それで、気が付いたらもう地球は手に負えない状態になって、ただただ俺達は過去の行いを悔むんだ。」

 登場人物たちは運命に従い状況に流されて死んでいったが、鉄だけは壮大なことを考えていた。諸悪の根源を断ち、地球を救うために鬼と戦うと言っていた。サッカーボールが人間の頭に見えたり、ゴキブリを鬼の手先・自動車を鬼とみなし攻撃するなど、彼は体ではなく精神に異常をきたしたのかもしれない。しかし、彼だけが未来を見据え、過ちを後悔する前に現状を打開しようとした。これは評価されるべきだろう。
 人は長い物に巻かれ、状況に流されがちだ。しかし、世の中には流されてはいけないこと、考えなければいけないことが多くある。安倍政権が整備を進めているという集団的自衛権の行使容認やTPP問題などもそうだ。政治を政治家や官僚に任せっぱなしでいいのだろうか。アメリカに従ってばかりでいいのだろうか。いいはずはないのだ。

 山本卓卓の舞台は、スクリーンに文字・絵・写真・間取り図などを映し(2次元)それを役者(3次元)と組み合わせて表現することで、2.5次元の世界観と呼ばれている。私は「範宙遊泳」の公演は『うまれてないからまだしねない』が初見だったが、円の中に「老人」と書いた文字で老いた父親を表したり、影絵を映したり、心の中で思っていることを書き示すようなスクリーンを使った演出はおもしろいと思った。これが2.5次元の世界観か! それ以上によかったのは、スローモーションの動きを使った身体表現だ。中腰でのゆっくりとした動作は役者の疲労が大きそうだが、ゆっくり一つ一つていねいに演じることでシーンが際立ち、役者たちの懸命な様子がキラキラと輝いているように感じた。死と向き合う芝居を演じているのに対照的だが、演出の山本とともに若い俳優たちのみなぎるパワーを見せつけられたようだった。

 山本は今回の作品は終末の話だと言っていた。ピカッと光って雨が降ってみんな死んでいくというと原子力爆弾が思い浮かぶ。広島や長崎に原爆が投下された後にも雨が降った。それは原爆炸裂時の泥やほこりなどを含んだ強い放射能を帯びた大粒の黒い雨だった。8月15日に生まれた人、生まれることができなかった人が登場。これも第二次世界大戦を連想させる日付だ。戦争という名の下で行われる殺戮は何の落ち度のない人々をも巻き込み死に追いやる。戦争だけではない。東日本大震災では、当たり前だった日常生活が地震や津波によって失われ、原発事故では目に見えないものに怯える日々。また、地球上の大規模開発は自然破壊を引き起こし、地球を蝕んでいく。エネルギーを過剰に使う社会は化石燃料を食いつぶし原子力に依存することで事故が起こる。韓国の船舶沈没事故での死も人災といえよう。この世で生きている限り、だれにも理不尽な死が訪れる可能性があるのだ。

 東日本大震災のときもそうだったが、今回のセウォル号の事故も、無念の死を遂げた人たちのことを考えると心が痛い。それが夢や希望あふれる子供ならなおさらだ。胸が張り裂けそうになる。彼らから見ると自分はしっかりと生きているのだろうか。今、自分にできること、やるべきことは何だろう。自分で納得して行なえることを考える。それを実行するまでは死ねない。そして、命にかかわるような大切なことは、自分自身で熟考し、流されることは絶対に避けなければならない… 『うまれてないからまだしねない』という意味深なタイトルを思い、いろいろなことを頭の中でかけめぐらせながら劇場を後にした。
(2014年4月26日14:00の回観劇)

〈余談〉
 本筋とは関係ないかもしれませんが、気になった点をひとつ。
 この芝居の中で富士登山の直後受胎した子供が8月15日生まれだといってましたがそれはありえません。お腹に胎児がいる期間はだいたい38週なので8月15日が出産予定日なら受胎は11月半ばくらいでしょうか。2人は頂上を目指すと言っているので登山日は、富士山が山開きしている7月1日から8月末まででしょう。この時期以外は山頂付近の山小屋も閉鎖されていて、登山するには警察署などに登山計画書の提出が必要になるので山登りのエキスパート以外富士登頂は不可能です。
 〜富士山好きのおばちゃんのひとり言〜