東京芸術劇場「狂人なおもて往生をとぐ ~昔、僕達は愛した~」

10.妄想の、あまりに過激であること~清水邦夫「狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕たちは愛した~」観劇記(野呂瑠美子)

冒頭ト書き―
 「ありふれた椅子や調度品をしつらえてもいいのだが、この際思い切って省略し、床に程よい<穴>三つだけというのはどうだろう。ついでに左右二つの出入口も<穴>。出入り口は便宜上名称があった方がいいので、左の穴の方をキ穴、右の方をク穴と呼ぼうか」
と、実にリアルでない抽象的な舞台の指定に、最初から???の観客としては、次の解釈は素晴らしく合点がいく。

 「これは主人公出(いずる)の妄想なんですよ。だから、穴三つというのは、右の耳の穴がキ、左の耳の穴がク、そして直結した鼻と口が一つの穴だと考えると、これは出(いずる)の頭部と考えられる。キとクの穴で<聞く>でしょう」「顔は上を向いて眠っている状態なんです」
と公演に先立って行われた、清水邦夫プレセミナーの講師井上理恵氏の言である。

 「初演では実際に舞台上に穴が作られて、出演者はそこから出入りしてました」と。1969年、清水邦夫が安部公房の紹介で、初めて俳優座に書き下ろしたこの作品を俳優座劇場で初演したときのことである。当時、安部真知がデザインした舞台美術は<実に奇抜だった>と、直接観劇した扇田昭彦氏の劇評にある。<舞台をおおうのは毛足の長い純白の絨毯だけで、そこに造花が何本か挿してある。壁もドアもなく、絨毯には穴がいくつかあけられ、登場人物はそこから出入りする。つまり、生活感を完全に排除した抽象的な装置。この空白感の漂う装置は、家族の解体を描くこの劇にふさわしかった>と。

 今回の芸劇の舞台も非常にシンプルな抽象舞台。白い床に三角形のステージ、下手奥には等身大の大きな振り子時計、天井からは大きな丸いペンダントライトが下がり、ピンクや赤や黄色に変化する。上手には大きな箱があり、周辺には造花。なぜかその前に靴が3足置かれていて、総じて、シンプルでクールな舞台装置。初演当時の舞台同様、生活感は全くなく、どちらかと言えば、無機的な不思議な空間と言える。清水のト書き通りの穴はどこにもなく(舞台の構造からか、演出家の意図か)、大きな振り子時計の中から、あるいは下手奥から、あるいは上手にしつらえられた待機所からそれぞれ登場する。

 「狂人」と呼ばれる出(いずる)という男の錯乱の再現ドラマであるので、原作では鳴り響く目覚まし時計を抱えながら登場する出(いずる)が、穴ならぬ振り子時計の中から出てくると、狂気の世界が舞台上に広がる、という演出。後半、振り子時計が横倒しになっているのは、その時点では狂気はすべて出尽くした、という意味合いではなかったか。

 錯乱の再現ドラマではあるが、リアルな時間では、
  第1幕 夕闇が濃い、夜。
  第2幕 別の夜。
  第3幕第1場 15分後、もはや深夜。
  第3幕第2場 次の朝。
のたった3日間のドラマである、が、中味は複雑で、実にややこしい。

 出(いずる)の頭がおかしくなった原因は、デモっている時に警官の棍棒で頭を殴られた、ということが、弟敬二の「大学なんて糞くらえ。ポリ公の棍棒で頭を殴られて狂うなんて真っ平だ」というセリフからわかる。この戯曲が書かれた1969年という時代は、闘争のピークとしての東大安田講堂攻防戦があった年で、学生運動が激しさを増していたころだ。

 頭を殴られておかしくなるという設定は、1975年に清水邦夫が書き下ろした「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」の将門にも適用されていて、この将門は、戦闘中に頭を打ったか殴られたかして、自分が将門を殺そうとしている人間だと思いこむ、という、これもまた、実にややこしい話にしあがっている。劇中「パトカーに追いかけられても掴まらないぞ」とか「こうなったらゲバルトを持って阻止するぞ」「とりわけポリ公には内緒に。奴等はすぐに写真を取りたがる。すぐに逮捕すればいいものを、写真をエロ写真のようにさんざん楽しんでから、僕を逮捕にくるんだ…」というようなセリフも飛び出し、上から落ちてくる墓石やら、機動隊の棍棒やら、内ゲバの棍棒や投石で頭をやられることが多かった時代を色濃く投影している。

 伝説的に語り継がれている蜷川幸雄が演出家としてデビューした、清水の「真情あふるる軽薄さ」(68)も全共闘運動などの反体制運動にかかわる若者の真情を前面に押し出し、果てには機動隊によって粉砕されてしまうという、あの時代の動乱と狂気が背景となっているが、こういった時代を色濃く反映した一連の作品を、果して50年を経た現代の観客はどう見るのだろうか、果して理解できるのだろうか、という疑問をまず持ってしまう。

 この戯曲が一筋縄にはいかないところは、精神を病んだ若者が見る妄想の世界に家族が付き合い、一緒に「ごっこ遊び」をするということにある。振り子時計の扉の中から出てきた出(いずる・福士誠司)は彼の妄想の描くまま、自分たちの家庭を《売春宿》と見たて、家族もその妄想につきあう、という話である。自分は母親のはな(鷲尾真知子)という娼婦のヒモで、姉(原作では妹)の愛子(緒川たまき)は若い娼婦。父親の善一郎(中嶋しゅう)と弟の敬二(葉山奨之)は客、という役割を分担して、それぞれが演じているというシュールで荒唐無稽ともいえる話である。

 おまけに、この家族は<売春宿>のそれぞれの役割を演じながら、新しく登場した敬二の婚約者・めぐみ(門脇麦)を加えて、あえてまた「家族」を演じようとし始める。言ってみれば「二重のごっこ遊び」をしようとしているという、よくもまあ、清水邦夫はこういうややこしいスジを作り出したことよ、とあきれるほどの厄介な話でもある。

 「家族が行う『ごっこ遊び』はそのまま『ハムレット』の劇中劇に重なり、一家の過去を掘り起こします。古典と呼ばれる偉大な作品同様、『狂人なおもて往生をとぐ』も、いかに家族関係が曖昧で脆弱なものかを描いています。この家族を家につなぎ留めているのは、家族の絆よりも、隠蔽のためだと言えるでしょう。過去が明るみに出ないために、家族ごっこを続けているのです」

と、演出の熊林弘高が言っているように、この隠蔽しなければならない過去の事実というのが、父親が「紅茶にストリキニーネを入れて、家族心中を図ったこと」というのだ。敬二の婚約者・めぐみが、しきりに大学教授というあこがれの存在の家族になれる無邪気な喜びを語るシーンがあるように、俗世間ではまだ、権威と社会的ステータスのある存在として認識されていた「大学教授」という職業も、学生運動の渦中では、学生から団交され糾弾され、つるしあげられる、ある意味、権威など吹っ飛んでしまった時代を反映して、この父親も実にしょぼくれたイメージで舞台に存在する。着物を着流して、帯をだらしなく、無造作にだらりとたれて、いつも酒ばかり飲んでいる父親を、中嶋しゅうが疲れ切った顔と,生気のない動作でうまく演じていた。

 本来権威の最たる存在で、家庭の中でも権威を持つべき父親である善一郎が、道徳教育の復活に反対し、大学内外で孤立してしまった、挙句に教科書編集員をおろされて、あまりのストレスに電車の中で痴漢行為を働いた、というテイタラク。それだけでも父親として大学教授としての権威は失墜しているのに、そのために、紅茶にストリキニーネを入れて家族心中を計る、ということをやってのけた。幸い、その時点で塾に行っていたという弟の帰宅で、未遂に終わり、家族全員ことなきを得た、というのが事実だというのだ。今となっては、長男の狂気に「治療、社会復帰訓練。リハビリテーション」と弁解しながら、弱弱しく長男の「ごっこ遊び」に従うしかない、権威とはほど遠い父親になり下がっている。

 敬二:このおやじときたら、専門外のことは全然無知なんだ。呆れかえるほど無知。親父の専門を聞いて驚くな。教育行政学。わかる? 教育行政学。つまりさ、いかに教育するかのシステムを研究してるってわけ。

 というようなことを子供に言われる存在と化している。

 主人公の狂気が描く妄想の世界には、あの時代の若者の心情が投影されていて、<活気があった>と扇田氏の劇評にある。機動隊との闘いをくぐりぬけ、催涙弾や噴煙立ち上る中をくぐりぬけてきたあまりに愚直な世代の憤りや叫びが、舞台の背景に確かにあったと思う。初演では原田芳雄あたりが立ち上らせることができた狂気である。現代のイケメン俳優の福司誠治がいかに頑張って狂乱してみせても、それは単なる演技でしかなく、残念ながら、肉体から醸しださせるようなニオイを舞台に立ち上らせるリアルさはない、と思えたのが、今回の舞台であった。それが50年という歳月のなせる技だ。

 二重のごっこ遊びの結果、どうなったか、父親のひょっとしたら、家族再生の糸口が見つかるのではないかという淡い期待は雲散霧消、出と姉の愛子は近親相姦の関係となり、弟敬二は、「背骨のないタコの再生産にしかならない」という理由で、呆れて家を出て行った婚約者の首を絞めて、殺してくる、という、少なくとも一人正気を維持していた弟までが狂気の世界に入り、狂ってしまった子供3人が手に手を取って狼狽する両親を置き去りにして、<朝の光りあふるる窓>から、家を出て行ってしまう、という結末を迎える。<ひどく若やいだ笑い声を後に残して…>。

 残された両親は、<ママのささやかで、いじらしい秩序への潔癖性>と父親の言う日常的な秩序の中に落ち着きを見いだそうとしているが、このグロテスクで不条理な結末。原作では舞台上の<穴>がめりめりと壊れるとあるが、今回の舞台では、上からつるされたペンダントライトが大きく揺れ、ピンク色に点滅して、狂気の世界は幕を閉じる。

 「革命幻想」や「国家、親や家」などといったあらゆる権力・権威からの解放・解体を目指して、熱く闘っていた時代を、現代の若い演出家がどうとらえて舞台上に立ち上げるか、芸術劇場の目論見はそこにあったと思うのだが、熊林弘高氏はそれほどそういう問題に頓着することなく、あまり熱くもならずに、ある家族の「ごっこ遊び」を原作どおりに、クールに、そして、スタイリッシュに描いた、といえるのではないか。初演の俳優座公演と違う点は、そこにある。
(2015年2月13日19:00の回観劇)

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