23日から、東京・新宿にある紀伊國屋ホールで、文学座が『赤い月』を上演している(来月2日まで)。映画やテレビ・ラジオのドラマにもなった、なかにし礼の小説『赤い月』を、主役の波子を演じる平淑恵が企画し、なかにし自らが今回新たに書き下ろした。初日を観劇したけれども、場面の描写が微妙に不調和で、展開も駆け足、主人公波子の情念が足りない、というのが率直な印象だった。
母であり、女であり、妻ではなかった波子。
「大切なのは自分自身の命を生きつづけるための愛よ。愛あってこその命、命あってこその母なのよ。母として生きるとはそういうことなのよ」
なかにし礼の自伝的小説を舞台化した『赤い月』。なかにし自らが脚本化した。「愛あってこその命」を貫き通した主人公の波子は、なかにしの母がモデルになっている。
昭和20年8月9日。ソ連軍による満州への侵攻が始まった。当地で栄華を極めていた森田酒造は離散を余儀なくされる。森田波子と2人の子は、避難列車で死屍累々の道中を命からがら逃げ落ちた。1946年10月末に引揚船で日本へ帰国するまでの生き地獄が活写される。
戦争とは、国家に裏切られるということなのだろう。国を信じて疑わなかった人々のなれの果ては凄まじく、胸に重くのしかかる。波子に裏切られ続けた夫のやるせなさとも重なって、観劇中は鉛を飲み込んだような心境に陥った。
欲求は満たされても欲望に終わりはない。夫が死の間際に裏切らないよう釘を刺したにもかかわらず、波子は次の愛を欲する。性を生へのエネルギーに変換する波子は情念にあふれていたかのようだった。極限状況における人間の生存本能をそこに視た。
その波子を演じたのは文学座の看板女優のひとり、平淑恵(たいら・よしえ)。正確さと安定感のある演技は記憶に残るけれども、舞台から距離があったせいか、情念の迫力、がもの足りず、もう少し強靱(きょうじん)さがほしかった。その一方で、母と常に対立する長女美咲を演じた尾崎愛の、等身大ではありながらも初々しい姿が今でも目に浮かぶ。
演出では、場面転換が数多く、設定と美術のすり合わせ-場面の描写-に苦渋の跡が窺えた。暗転に入る速度がすばやく、余韻を味わう暇(いとま)がないほど、展開が駆け足に感じられた。舞台右上に大きく現れる日章旗のような旗と、舞台中央に吊される映像用のスクリーンが重なる点も気になった。苦心作というのが全体の印象だ。
(敬称略) 【観劇日:23日(初日)、座席:N列3番】
(山関英人 記者)
《公演情報》
◇文学座 『赤い月』
・作:なかにし礼/演出:鵜山仁
・紀伊國屋ホール(東京・新宿)
・上演時間:約3時間(途中に休憩15分)
・公演期間:2005年8月23日-9月2日
(※)全国各地の公演情報。