山の手事情社EXTRA企画「ひかりごけ」

 武田泰淳の原作「ひかりごけ」による公演が山の手事情社EXTRA企画として開かれました(4月22日-23日、29日-30日)。原作は戦時中、船団に参加、難破した船乗りたちの話ですが、今回演じたのは山の手事情社の倉品淳子と … “山の手事情社EXTRA企画「ひかりごけ」” の続きを読む

 武田泰淳の原作「ひかりごけ」による公演が山の手事情社EXTRA企画として開かれました(4月22日-23日、29日-30日)。原作は戦時中、船団に参加、難破した船乗りたちの話ですが、今回演じたのは山の手事情社の倉品淳子と一般のワークショップに参加した60歳を超える3人の女性。会場となった東京・目黒の無月(元 ルナ・ディ・ルナ)はバー・レストラン(居酒屋?)で、その大きなテーブル上が舞台というのも興味深い趣向です。

 劇団山の手事情社のwebサイトなどによると、98-99年に埼玉県越谷市で 山の手事情社ワークショップが開かれ、参加した女性と倉品が翌年から稽古。「一年目で戯曲を決め、次の一年でせりふを覚え、さらに次の一年で芝居を作る」というスケジュールで合意し、昨年5月に試演会を開きました。年配の女性3人は今年、正式団員になったそうです(しのぶの演劇レビュー)。今回の公演のあと、5月2日-5日の連休中は韓国・大田(デジョン)市で公演。本格的な活動に入るようです。

 原作はよく知られているので紹介するまでもないでしょう。船が難破、洞窟にたどり着いた4人のうち生き残った船長が裁判に掛けられるという筋書きです。小説家によるルポルタージュ形式の現地報告の後に戯曲が組み込まれ、乗組員が次々に亡くなる出来事と法廷での遣り取りが取り上げられています。戦中の出来事を戦後になって再構成する形式を踏まえ、死体損壊(人肉食)というだけでなく、戦争と天皇問題などが色濃く影を射している作品です。

 「しのぶの演劇レビュー」は冒頭から引き込まれたようです。

高齢の新人劇団員3人の紹介を含む、ほがらかな始まりの挨拶からじわりと幕開け。全身黒装束の4人の女優が長方形のテーブルの上に乗って、静かに動き始めます。山の手事情社の役者さんは演劇のマジックを使って、一瞬で夢の世界へと連れて行ってくれますよね。今回もあっと驚かされてグっと引きこまれました。

「長い人生を生き抜いてきた人間の体、声、そして目はこれほどに雄弁なものなのかと、圧倒され続けた約1時間10分でした。幕開けから中盤まで私は涙が流れっぱなしでした」と述べています。

 「漂白する思考」は「老婆の恍惚」というタイトルで筋書きを簡潔にまとめた上で「目の前15センチのところに老婆の身体と声があったわけで、この異様なまでの近さ。一年目で戯曲を決め、次の一年でせりふをおぼえ、さらに一年かけて芝居を作るという計画の異様な長さ。バー・レストランという異様な空間。それに加えて老婆の身体という非日常的な身体(性)である。たまったもんじゃあない」と締めくくっていました。

 年配の新人女優3人を「老婆」「老女」というイメージに一括したり、「老婆の身体」が「非日常的な身体(性)」とする見方が当日の舞台に即していたかどうかぼくには判断できませんが、「目の前15センチ」で俳優が演じる、つまり舞台とみる側の「距離」が指摘されている点は重要だと思われます。物理的な近さによって微細な表情が見え、したたる汗や飛び散る唾、それに立ち上る臭いまで感じられます。生身の俳優の存在が、心理的にも感覚的にも息苦しくなるほど身近に感じられるというのは、そうたびたびある体験ではありません。ぼくらの視線の先に展開される光景が通常とはかなり違った意味合いを帯びてくるにのではないでしょうか。
 視線が組織される領域を舞台と言えるなら、今回の試みは新しい舞台空間の開拓といえるかもしれません。

 演劇における距離の問題はこれまであまり語られていないように思います。会場が先に決まり、演出はそこから出発するのが通常のやり方でした。寺山修司らの市街劇は劇場の遍在性を示したとしても、距離の問いに答えを出したわけではありません。今回どのような経緯で会場が決まったのか(あるいは決めたのか)分かりませんが、店内のテーブル上で演じる舞台は、洞窟と法廷という原作の設定にかみ合っていたように思われます。

[上演記録]
山の手事情社EXTRA企画「ひかりごけ」
構成・演出=安田雅弘・倉品淳子
原作=武田泰淳

キャスト=倉品淳子・世羅たか子・松田季世子・田口美佐子
製作=劇団山の手事情社 有限会社アップタウンプロダクション UPTOWN Production Ltd.


投稿者: 北嶋孝

ワンダーランド代表

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