エジンバラ演劇祭2006-6

◎重要な独自技術の獲得と蓄積 既存テクニックの戦略的排除と同時に  中西理(演劇コラムニスト)  DANSE BASEの特徴はコンテンポラリーダンスの拠点というわけではなくて、ダンス全体の拠点だということにもある。もちろ … “エジンバラ演劇祭2006-6” の続きを読む

◎重要な独自技術の獲得と蓄積 既存テクニックの戦略的排除と同時に
 中西理(演劇コラムニスト)

 DANSE BASEの特徴はコンテンポラリーダンスの拠点というわけではなくて、ダンス全体の拠点だということにもある。もちろん、英国系の現代ダンス作品を紹介するというのがこの施設の大きな役割ではあるのだけれど、民族舞踊的な要素の強い海外のカンパニーの作品やヒップホップ、あるいは本来の英国ダンスの中心であるバレエなども一緒に紹介されているのが面白いところだ。

 Iskandar Dance Co はエジプトのカンパニー。その作品「El Saqiyeh」はエジプト舞踊とコンテンポラリーダンスのアマルガムであった。エジプト舞踊は旋回する。それが第一印象。衣装のすそを翻して、3人のダンサーが「これでもか」というぐらいにくるくると回った。パンフのこの作品についての文章を読んでみるとthe Water Mill(水車)をイメージしたものだと書いてあったので、ひょっとするとエジプト舞踊自体が主要な要素として旋回するのではないのかもしれないのだが、とにかく、この作品では特に後半部分ではくるくる回り続ける。見ながら少しKATHY や枇杷系のユン・ミョンヒのやはり旋回するダンスのことも思い浮かべたりしたのだが、この作品を見ていると「旋回するダンス」のルーツはあるんだろうか、あるとすればどこなんだろうかと考えさせられた。

 そこで少しネット検索で調べてみたところ、トルコにスーフィーと呼ばれるイスラム神秘主義にかかわる旋回舞踊が存在するのは有名なようだが、同種の旋回舞踊はどうやらエジプトにも存在する*1ようなのである。ユン・ミョンヒの例を出したが、韓国の伝統舞踊にも同じく旋回の動きがあるようだ。

 一方、「The Sound of Silence (extract)」(SHOW2)はインドのコンテンポラリーダンスカンパニーSamudra による作品である。インド舞踊というと女性のダンサーによる首や両手をくねくねとさせて踊るというイメージがあったのだが、これはいずれも男性ダンサーによるデュオ。男性と女性の差があるのか、それとも地域の差か明確ではないが、格闘技のような動きとコンテンポラリーダンスの動きをミクスチャーさせたような動きのダンスでこれは見ていてなかなか面白かった。「SHOW1」で見たエジプトのダンスとかこのインドのダンスなどが、非西洋の地域の人たちがコンテンポラリーダンスを創作する際の雛形のようになっていた。

 そういうなかで日本のダンスのアプローチだけがよくも悪くも異なっているのが面白いと思っているのだが、逆に言えば例えば本来日本の伝統舞踊となんのつながりもない舞踏も西洋の目から見ると似たようなもの誤解して受け取られているふしさえあり、日本のダンスを海外に紹介することの難しさをあらためて感じた。おかしな話になるが、この人たちはインドの伝統的な衣装をアレンジしたものか、フンドシではないけれど似たような風に見える赤いパンツだけを衣装につけて踊っていて、身体表現サークルを思い出してしまったのだが、身体的なコントロールの技術というようなテクニック的なことをいいだせば民族舞踊出身でそれぞれなんらかの身体訓練によって鍛えられていることが明確に分かる。つまり、身体表現サークルが英国で公演するとすれば向こうの人たちからすればあのフンドシ姿は確実に伝統的なものとのつながりをイメージするので、例えば本来出自自体がまったく違うのに間違って同じ土俵で比べられれば「民族舞踊のようなものを踊るただの踊りの下手な人たち」と見えてしまっても仕方ないかもしれない、ということだ。

 この人たちに話を戻すと彼らの動きはバレエやモダンダンスのような洗練された動きというよりは荒々しさを感じさせるものだ。それでもそこには相当以上の技量があり、独自のテクニックにより、その動きが体現されているということが一目瞭然で分かる。これは技術の存在があいまいであるコンテンポラリーダンスにおいて重要なことではないかと思った。コンテンポラリーダンスにおいてそれがクリシェに陥らないようにするためには既存のテクニックを周到に排除していくという戦略は有効ではあるが、その場合でも既存のテクニックでない独自の技術をその過程において同時に獲得、蓄積していくことも排除と同様に重要である、と考えた。

 「Vinyl Lino」はFreshmessというHipHop グループによる作品であった。HipHop を取り入れたコンテンポラリーダンス(フランス流によるイポップ)ではなくて、これは明らかにHipHop のダンス作品だった。ただ、HipHop によくある超絶技巧を誇示して見せるというものではなくて、まず、最初に男女2人が登場して、床にダンスフロアとなるリノリウムの布(というか板というか)を張りはじめるのだが、ここの部分からもうすでにちゃんと演出が入った作品の一部になっているところなどでも分かるようにはっきりと作品志向であるところが面白いと思った。

 振付も少し太めの女性が現れて、踊りそうに見えないのだけど、これが一度踊りだすと意外と敏捷に動けて激しく踊りまくるとか、たぶんそれほどダンス自体はうまくないのだけれどキュートな感じの女の子とか、それとは対照的な美人系ダンサーとか、それぞれのダンサーの個性を生かしてパフォーマーそれぞれの顔が見えてくるようなのが楽しい。

 ただ、「超絶技巧を誇示して見せるというものではなくて」と書いたが、ここのところはもう少し正確に書けば「見せない」と「見せられない」の中間あたりかもしれない(笑い)。相対的に見ればこのカンパニーのダンサーは単純にHipHop ダンサーとしての技量はそんなに高くないかもしれない。全員がとはいわないが、1人か2人、爆発的な技量を見せられるダンサーがいて、短い時間でもそれを見せられればもう少し上のレベルにいけるのにと惜しくもなった。

 「Beyond Prejudice」はロイヤルバレエの気鋭の若手ダンサー(原文にはrising starとある)Jonathan Watkins の振付デビュー作。DANS EBASEはコンテンポラリーダンスの拠点というだけでなく、スコットランドのダンス全体のセンター的役割を果たす施設なのでこういう作品も出てくる。踊るのはロイヤルのダンサーではないが、これはどう考えてもバレエだな、とまず思う。ポワントの技法こそつかわないが、大劇場のバレエ公演の1演目として舞台に載ってもまったく違和感のない作品で、バレエのショートピースとしてはそこそこよくできているといえなくもないが、まだ振付としてどうこういうレベルにもないとも同時に思う。DANSE BASEがそういう施設だということもあるのではあろうが、英国ではやはりダンスの中心はバレエでコンテンポラリーダンスもバレエとの距離が近い。個人的にはこういう小劇場で現代バレエの作品が上演されるのを見る機会は少ないので、こういう状況は面白いと思った。

 そのほかの作品も落穂ひろい的に簡単に紹介すると「It’s about time」by Karl Jay-Lewin & Co は女性ダンサー2人によるデュオ作品。前半がほぼ「走り・歩く」だけのミニマルな要素によって構成されていて、そこが結構面白く、途中でひょっとしたら全編それで通すのではと期待させる(笑い)のだが、やはりそこまでラジカルな作品というわけではなく、踊ってしまうのであった。ただ、踊るとはいってもいわゆる「踊り」というような感じの動きを見せるわけではないが、それでもゆるやかにひとつの「ポーズ」から別の「ポーズ」に移行していくような「踊り」で、バレエやモダンダンスのテクニックは見せない。と思って経歴を呼んでみるとHis work is influensed by going study ofpost-modern dance と書いてある。この作品を見て正直言ってそんなに面白いという風には思わなかったのだけれど、こういう作品を見てみると最近の日本(特に東京)の踊らないダンスが欧米の人の目には「post-modern dance の一変種」に見えるというのは分からないでもない気がした。主題はよくは分からないが後半に鳥の鳴き声のようなサウンドトラックが入って、それに合わせて恐竜のような仕草をしたり、それがしだいに鳥のような動きに変わっていくようなところは悠久の時間と進化がモチーフなのかもと思わせるところがあった。

 「Unbounded」はMichael Popperという男性のソロダンス。女性のチェリストも舞台上に登場して、彼女の演奏するJodith Rimer(Judith Weir?) という作曲家の「Unlocked」という曲に合わせてステージは進行する。Michael Popper は黒いショートパンツだけの裸体に近い格好で、その裸体を誇示するように踊るのだが、その身体というのが筋肉のつくる細かな線が身体中から浮き出してきていて、まるでギリシャ彫刻か人体標本みたい(上の写真の左下)。ダンスの動きもその肉体美を誇示するようなポーズ(静止)とポーズの間を動きで埋めていくというもの。太ったうえにまったく鍛えていない肉体を持つ身にはどう考えてもナルシスティックな匂いが鼻について「どうしたもんなんだろうな。これは」と困ったものを見せ付けられている感がぬぐえないのだが……もちろん、これも一種の肉体美には違いないので女性の目からみたらまた違うのかもしれないが、私の目には正直気持ち悪いのであった(笑い)。
(続く)

(注)
*1:http://www.geocities.jp/IraqNewsJapan/Japan-Arab/arab_night/03.html

【筆者紹介】
 中西理(なかにし・おさむ)
 1958年愛知県西尾市生まれ。京都大学卒。演劇・舞踊批評。演劇情報誌「jamci」、フリーペーパー「PANPRESS」、AICT関西支部批評誌「ACT」などで演劇・舞踊批評を連載。最近では「悲劇喜劇」2006年8月号に岡田利規(チェルフィッチュ)、三浦大輔(ポツドール)を取り上げた小論を執筆。演劇、ダンス、美術を取り上げるブログ「中西理の大阪日記」を主宰。

【関連情報】
http://www.edinburgh-festivals.com/
http://www.edinburgh-festivals.com/fringe/
http://www.dancebase.co.uk/content.asp?ContentId=1(Dance Base:Scotland’s National Centre for Dance )
 http://www.dancebase.co.uk/content.asp?contentid=51(Performances)

・Iskandar Dance Company:http://www.londondance.co.uk/content.asp?CategoryID=2087
・Freshmess:http://www.scottisharts.org.uk/1/artsinscotland/dance/projects/archive/freshmess.aspx
・Jonathan Watkins:http://www.scottisharts.org.uk/1/artsinscotland/dance/projects/archive/curvefoundation.aspx
・Karl Jay-Lewin and Company:http://www.britishcouncil.org/jp/arts-performance-in-profile-2006-karl-jay-lewin-and-company.htm
・Michael Popper:http://www.ballet.co.uk/magazines/yr_06/sep06/ip_rev_iskander_dance_jay-lewin_michael_popper_curve_foundation_0806.htm

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