DULL-COLORED POP「ベツレヘム精神病院」

「ベツレヘム精神病院」公演チラシ以前の「新劇」で言えば開幕を告げるベル。オルタネイテイブ演劇でいえば携帯は~、場内の飲食は~などと開幕前に言うお決まりの諸注意。これぐらいキライなものはない。とくに「新劇」の芸術至上や教養主義に背を向けたはずの後者の場合、劇場への配慮かも知れないけど、そんなことぐちゃぐちゃ言ってないで、もし迷惑な人がいたら周りの客がシーッとその人を睨むぐらいの芝居すりゃいいのにと内心いつも思ってた。ところが谷賢一作・演出の「ベツレヘム精神病院」。まあいちおう、制作のひとが前に出て何かそんなことも言っていたようだけど、そんなことお構いなしに、同時進行で白衣の医者が舞台を横切り職員が出てきて芝居はどんどん始まっていく。お、すっごくいいセンス!と初っぱなから期待が膨らんだ。

実際、この期待は最後まで裏切られることがなかった。凡才なら退屈になりかねない多場面の台詞劇なのに、あっ、あっといってる間にベッドや椅子や机が滑り込んだり引っ込んだり、後ろにさっと降りてきた2枚の黒幕が、ときに上に巻き上げられて医務室になったりライトひとつで鉄格子の隔離室に変わったり。シーン、シーンのつなげ方が映画のように速い。いや、談話室や病室のシーンの進行中に後方にライトが入り、すでに次の場面が待機していたりもするから、映画より速いときさえあったと言わなければならない。ストーリーも、まるで予想よりいつも半歩先に進んで読者を軽く裏切っていく小説みたいに快く進んでいくから、患者の耳にしか聞こえない可愛い、しかし歪んだ童謡や短い暗転をつなぐ音楽の緩急と相俟って、さらに快適な速度、リズムで進行していく。こういった、舞台の制約をそれでなければ味わえない魅力へと逆転できるセンスは、何年演出やったから身につくといったものではないと思う。天性にちがいない。

また作の、複眼というのかな、人間をつねに一方からだけでなく他方からも見ようとするその目線がとても素敵だ。金持ちの父親を憎み偽狂人を選んだ青年と、見ること聞くことを拒み続ける女性患者。会社の補償や保険を勘定に入れて休養かたがた入院している青年と、拒食症の女性患者。そもそも主筋がこの二つのカップルの、愛し方が精神的か肉体的かでも、最後に愛が成就するか破綻するかでもまったく異なるその対照を描くことにあるのだが、それだけでなく、医者にも看護士にも青年の父親にもすべての人間に、必ずそれまで見えていたのとはちがう一面をちらりと表わす場面が設定されているのだ。たとえば、青年には強欲で妻に対して非情としか思えなかった父親が、実は妻―青年の母親―とどんなに辛い関係を耐えてきたかを語る、といった具合にである。

観客が現に進行形で見ていってる精神病院を、まったく違う観察から書いた記事を披露して客席からの笑いを誘う雑誌記者が時々出てくるのもまた、作者のこの素敵な複眼から生まれたにちがいない。世間の精神病院を見る目は!などと押しつけがましくしないところがもう一つ、谷賢一のセンスと言いたい。分かる人だけ私はどうだったかしら?とそっと振りかえればそれで十分なのだ。

偽狂人の青年が、父を知り、母と同じ隔離室を体験して、正常に戻ることを決意。病院の庭に向日葵を植え、その一面の花が今まで見ることを頑なに拒んできた女性の目にはっきりと映った!―というところで舞台は終わる。その終わり方が突然という感じがしたのはおそらく、二人の変わらなければならない必然が十分に描かれていなかったせいだろうと思う。

けれども今の私は、そんなことイイジャンという気分である。以前、新宿梁山泊が“物語の復権”を謳っていたが、演劇界の趨勢がそう流れてこなかったことは見たとおりである。物語とストーリーはちがう、というのは私の意見だが、それも今はイイジャン、という気分でいうと、人間を個として把握するという方法がもしまた現代に蘇ったら、それもこんなにロマンティックな人間たちとして蘇ったら! ひょっとしたら現代の現実主義者どもももう少しまともな「人間」になれるかも知れないではないか。

俳優がどの人もみんな小劇場演劇には滅多に見られない上手さだったことをいい文脈で書けなかったのは残念。が、またの機会もあろう。次作が待ち遠しい。(2007.3.17所見 )

【筆者紹介】
西村博子(にしむら・ひろこ)
NPO ARC(同時代演劇の研究と創造を結ぶアクティビティ)理事長。小劇場タイニイアリス代表取締役兼アリスフェスティバル・プロデューサー。大阪南船場にアリス零番舘-ISTもオープン(2004.10)。日本近代演劇史研究会(日本演劇学会分科)代表。早稲田大学文学博士。著書は『実存への旅立ち-三好十郎のドラマトゥルギー』、『蚕娘の繊絲-日本近代劇のドラマトゥルギー』I, II など-とは、実は世を忍ぶ仮の姿。その実体は自称「美少年探検隊長」。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/na/nishimura-hiroko/

【上演記録】
DULL-COLORED POP「ベツレヘム精神病院」
作・演出=谷賢一
新宿タイニイアリス(2007年3月16日-18日、 6回公演)

【出演】
岩藤一成
加賀美秀明(青春事情)
清水那保
富所浩一
猫道(猫道一家)
ハマカワフミエ(劇団活劇工房)
堀奈津美
和知龍範(fool-fish)

【スタッフ】
舞台監督=甲賀亮
照明=松本大介、河上賢一
音響=長谷川ふな蔵、若井大輔
演出助手=上金由佳
舞台美術=鮫島あゆ
宣伝美術=堀奈津美(写真)、鮫島あゆ(編集)
ロンドン=新井宏美
制作=大藤多香子、神谷愛美、黒澤ナホ、林安由美、片山響子

【関連情報】
・谷賢一インタビュー(第4回公演「ベツレヘム精神病院」(3月16日-18日)「ポップでゆるゆるした、とっても暗いハッピーエンド」

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