イディオ・サヴァン「黒縁のアテ」

「黒縁のアテ」公演のチラシイディオ・サヴァン第2回公演「黒縁のアテ」は今年1月末に新宿タイニイアリス劇場で開かれました。だいぶ時間が経ってしまいましたが、小劇場レビュー新聞「Cut In」第58号に掲載された公演評を再掲します。
当日、劇場の前で主宰者がビデオ片手に呼び込みをしている姿を見かけてまずあれっと思いました。なにか仕掛けがあるらしいと思って地下の劇場にはいると、入り口の映像が正面のスクリーンいっぱいに映し出されているではありませんか。新宿2丁目の夜の街-。その漂流感は、手ぶれの激しい映像にぴったりです。外と内、地上と地下がデジタル回路でつながったまま芝居は始まります。中身は、演劇に関する演劇であり、しかも内と外が入れ子状になり、終わりがそのまままた始まりになるという複雑怪奇な円環構造になっていました。その環からはみ出したしっぽをめくってみたのが以下の文章です。

◎終幕によって幾重にも反転する劇世界 「演劇を問う演劇」の戦略的遡行
北嶋孝(マガジン・ワンダーランド)

謎を仕掛けた舞台が最後に用意したのは、物静かな「場内注意」という逆転の決め技だった。終幕がそのまま開幕直前に接続する! この仕掛けによって芝居は幾重にも反転し、公演中に感じた見通しの悪さがかなりかなり晴れたことは間違いない。

この荒技はミステリのように大胆なトリックや謎解きで驚かせることが目的ではなく、モチーフとした「演劇」自体の解き明かしから導き出されていることは明らかだった。今回の「黒縁のアテ」公演は、テキストをふんだんに使ったメタ演劇、演劇のありようを問う演劇を目指していた。演劇とは、芝居とは何か。役者とは、演技とは何か…。ストーリーをたどるのではなく、物語が切断された場所から立ち上がる問いに身をさらす、試行錯誤そのものを舞台に載せる試みだったと言えるだろう。生硬なせりふが発せられる傍らで、コーヒーを飲みつつ交わされる日常の会話。そこで「芝居」と「いま」がかみ合わないまま映し出されている。

「黒縁のアテ」公演
【写真は、idiot savant 第2回公演「黒縁のアテ」から。 提供=劇団idiot savant】

舞台は「解決」を志してはいない。迷路となることを回避せず、とりあえずは回帰と反復の回路を二重三重に準備したように見える。旅路の果てが、再び出発点となる「開演前」。芝居が終わった途端、輪廻的回帰のとば口に立ち戻ることによって、ぼくらはメタ演劇の回路にもう一度投げ込まれ、「演劇」「芝居」「俳優」などのありようを再び三たび問われるのである。

それだけではない。芝居の「始まり」を告げることは、同時に芝居がまだ始まっていないことを確認することでもある。劇中のせりふを借りると「虚構と現実をさすらっている」段階。どちらとも判然としがたいぼくらの位置関係を否応なく意識させるのである。「さすらい」をぼくらが引き受けるとしたら、舞台だって「さすらい」に堪え続けているだろう。絶えず開始前に引き戻される緊張。その自覚が舞台を持続させているのかもしれないのである。

この公演の終幕は、単に開演前に戻るだけではないはずだ。反転の仕掛けにはさらに奥があるように思える。「開演前」とは単発の現公演だけを指しているだけではなく、これまで重ねてきた公演の始発に回帰することを強く示唆しているのではないだろうか。少なくとも劇団の始点=旗揚げにまで遡ること、初発の参照項を指し示していると受け取るべきだろう。

ではその旗揚げ公演(「馴れ合う観客」)はどんな舞台だったのか-。記録映像でみたかぎりで言うと、舞台はうめきやあえぎ、叫びや足踏みなどの多様なノイズに満ちみちていた。たった1台のスタンド照明だけで闇と光の絡み合いが奥行き深く描かれる。舞台に映し出される映像はどこか寂れた風景であり、映像の焦点は定まらず輪郭がおぼろに揺れている。充満するノイズと客席をも包む闇は、挑発を挟んで確かにポスト物語の情景を醸し出しているかにみえる。明瞭な映像、「虚構と現実」「天国と地獄」などの二項対立を持ち出す今公演のテキスト世界とは趣を異にする舞台だった。

もし今回の公演が前回公演の前に置かれる戦略的遡行ともいうべき顕現形態だったとすれば、前回の光と闇のうごめきは、idiot savant のとりあえずのスタイルだと言えるのではないだろうか。さらに踏み込むと、劇団の真骨頂はテキストの指示する対象や試行錯誤の構築性というよりは、ことばの響きが帯びる叙情であり、劇中で「私はあの街を疑った」と何度も言い切る鋭敏な直感にあるのではないだろうか。またその叙情的な響きは両公演で奏でられた音楽に宿り、多用されるクラッシュノイズの音響にも通底している。
「メタ演劇」の回路を通って、その叙情と鋭い直感が巧まざるユーモア感覚をまといつつ身体表現の出口を探しているとしたら、ぼくらはまた喜ばしい未知の光景と出会うことになるかもしれないのである。
(初出:小劇場レビュー新聞「Cut In」第58号)

【上演記録】
劇団idiot savant 第2回公演「黒縁のアテ」
新宿タイニイアリス(2007年1月25日-28日)
Alice Festival 2006(アリスフェスティバル)参加作品
作・演出 _ 恒十絲

出演 _ 朱尾尚生 大野悠生 藤田健彦(顛覆劇場) 仁田原 早苗(Playing unit 4989) 渡辺磨乃 村山 晴之助 掛札高志 久松靖子 竹中香子 松田 咲 さだもりひろこ

舞台美術 _ 池原哲男(池原一級建築士事務所)
舞台監督 _ 晴酔晴(NextLanguageFactory ‘NLF’)
照明デザイン _ 柳田 充(Lighting Terrace LEPUS)
音響 _ 筧 良太(SoundCube)
映像編集 _ のの
宣伝デザイン _ 日野有紀
照明操作 _ 長尾裕介(Lighting Terrace LEPUS)
衣装 _ 范仁徳
WEB _ 舟津何哉
演出助手 _ R・フレッド
制作 _ 高崎 都
制作補 _ 湯本綾子 佐名木 仁
協力 _ 小林英雄 佐藤浩二(メインストリート)
チケット _ 前売・当日共に3,000円

【参考資料】
・恒十絲、仁田原早苗、朱尾尚生インタビュー「演技演劇の水面をイメージ 重量感を意識した台本も」(アリスインタビュー2007)
・恒十絲、朱尾尚生インタビュー「未熟は困るが未完成でありたい 映像 音楽 パフォーマンスが織りなす舞台」(アリスインタビュー2006)

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