TPT「エンジェルス・イン・アメリカ」

◎わたしたちの中に、今ではもう不可能になったあの旅が
村井華代(西洋演劇理論研究)

TPT「エンジェルス・イン・アメリカ」公演から
【写真撮影◎島田麻未 ©TPT】

国家的イデオロギーが個人のセクシュアリティを侵し爆発する。天使は聖処女ではなくエイズを発症したゲイ青年を訪れる。預言の書はキッチンの床下に隠されている。
トニー・クシュナーを一躍20世紀アメリカを代表する劇作家に仕立てた『エンジェルス・イン・アメリカ』(第1部:1991、第2部:1992)。人間の生臭い心身を舞台に、実に様々な次元が交錯する姿が描かれている。ユダヤ人同性愛者という十字架を背負ったクシュナーにとって、個人の憐れな肉体が巨大な国家的・宗教的イデオロギーに蝕まれるというのは、しごく具体的で日常的な自覚であるように思える。
近代的制度の中で平和に生きる「普通の」人間なら気づきもしない警告が聞こえるのは多分不幸なことだ。しかし、だからこそ性的・民族的・国家的マイノリティは現代演劇においては預言者を演じうるのであり、またそうなる運命にあるのだろう。

1994年銀座セゾン劇場での第1部初演以来、日本でも既におなじみの作品であり、エミー賞、ゴールデングローブ賞を総ナメにしたTVドラマ版(監督:マイク・ニコルズ、脚本:クシュナー、2003)も日本で放映されDVDも発売されている。戯曲の一般的情報については、それら関連サイトを参照されたい。今回のTPT公演は、2004年ベニサン版の再演である。演出はセゾン以来同じロバート・アラン・アッカーマン、主要キャストも中川安奈から代わった宮光真理子以外同じである。旧版は見逃したので、今回第1部・第2部通しで初見。通しで上演時間7時間、休憩込み9時間という長さが話題だったが、長いと言うなら2時間でも1時間でも冗長な作品は長い。要は作り手の実力と観客の覚悟である。

第1部と第2部は本来隔てられない一つの物語だ。以下に大筋を述べておこう。
第1部〈ミレニアム〉
1980年代半ばのNY。分岐点に立つ二組のカップル。片や控訴裁判所の文書係として働くユダヤ人ルイス(池下重大)とエイズを発症した同棲相手の青年プライアー(斉藤直樹)。ルイスはプライアーの病状悪化に怯え、自責しつつも彼から逃げ出してしまう。片や控訴裁判所の書記官でモルモン教徒のジョー(パク・ソヒ)と情緒不安定で薬物依存の妻ハーパー(宮光)。ジョーは、自分を不正の片棒担ぎとしてワシントンに栄転させようとする強引な有力弁護士ロイ・コーン(山本亨)と、ワシントン行きを嫌がり幻想に逃げ込む妻との板挟みに悩むうち、格下の同僚ルイスの苦しみに触れ、自分の同性愛傾向を発見する。一方、一人きりになったプライアーの支えは、元ドラァグクイーンの黒人ベリーズ(矢内文章)しかいない。ところが、そんな彼の元に両性具有の天使(チョウ・ソンハ)が降臨、猛烈なオルガスムスを与える。この天使を通じてプライアーは預言者としての使命を確信するに至る。
そして隠れた同性愛者であるロイもまたエイズを発症する。激痛に苦しむ彼の目の前に現れたのは、かつて彼自身が不当裁判で死刑に追いやったエセル・ローゼンバーグの霊(松浦佐知子)だった。

「Angels in America」公演
【写真はtpt「Angels in America」公演から。撮影◎島田麻未 ©TPT 禁無断転載】

第2部〈ペレストロイカ〉
ジョーは、妻の元を去り、ルイスと共に暮らし始めている。しかしプライアーを忘れられないルイスは、ジョーに別れを告げ、ジョーもまたハーパーとやり直そうとする。しかし二組の縁がそれで戻るはずもない。プライアーはルイスを追い返し、ジョーもまたハーパーとの復縁を諦めルイスの部屋に戻ろうとしていた。が、ジョーとロイの関係を邪推したルイスは彼をもう受け入れない。
一方、ロイはベリーズが看護士として勤める病院に入院、コネにものを言わせ新薬AZTを大量入手し始めていた。病苦の末、枕元のエセルの見守る中、ついに息絶えるロイ。ベリーズは待っていたとばかりにプライアーのために病室からAZTを持ち出す。
その頃、息子夫婦を案じてソルトレークから出てきたジョーの母ハンナ(松浦)は、目の前で倒れた奇妙な青年プライアーを病院に連れてゆくはめになっていた。その夜、ハンナとプライアーの前に天使が再び訪れる。プライアーは天国への階段を上り、長く不在である神を復帰させ、世界の「変化」を否定する天使たちと向かい合い──彼らの意を拒み、預言書を返す。
翌朝、世界には新しい陽が射している。かつての愛憎と決別した恋人たちは、痛みを抱えながらもそれぞれの新たな人生へと歩いてゆく。

*     *     *

結論から言えば、スタッフと俳優陣の熱意と実力に感嘆させられる上演だった。戯曲の構成や台詞をかなり忠実に再現したTV版と見比べると、TPTオリジナルの解釈や人物造型、そしてベニサンならではの空間の妙味がなお味わえる。長丁場ながら、光と音を効果的に使った演出はよく整理されていて無駄な間延びもなかった。
ただ、やはり第2部後半では余りに場面数が多く、演技自体に間延びはなくとも、全場面を消化するために息切れして求心力を落とした印象がある。台本作りの段階で、もう少し台詞や場面を絞ってもよかったのではないか。再演という事情もあるが、台詞自体は翻訳臭さもなく練りこまれていたので(翻訳:薛珠麗、TPT workshop)、構成の根幹にもう一歩踏み込んでほしかった(ちなみにそうした作業は、ヨーロッパならドラマトゥルクという役職が演出家と相談しながら行なう。今回のような大作では特に、戯曲と演出家と俳優の間に、常に全体の構成を見渡しテクストを整えるドラマトゥルクの介在が望まれる。既に翻訳兼演出補である薛珠麗がその役割を担っていたのかもしれないが、そうであれば権限ある「演劇の」専門職として成立させてほしい)。

それにしても原作の台詞に力があるのは今更だが、それがTPTの俳優たちの身体と声を通したときに、豪快に溌剌と聞こえたことに驚いた。最大の例が、第1部の冒頭、ルイスの祖母の葬儀でユダヤ教のラビがおこなう説教。そして第2部の冒頭、末期ソビエトの老いたるボルシェビキによる演説。いずれも、現在を生きるとは、先人が命を賭した大陸間移動や革命の歴史を、自身の肉体の中に蓄え反復することに他ならぬと説く老人の言葉である。今回の公演では、イントレの頂上に乗った深貝大輔が怒気漲る見事な語りでこれを聞かせている。TV版でラビを演じたのは変装したメリル・ストリープで、ややとぼけた感じの可愛らしいおじいちゃんになっていたが、天から響くような深貝の野太い演説は劇場全体を圧した。

恋人たちの物語とは別に成立するこの語りは、個人の身体を、無数の死者が拓いてきた歴程の通過する「場」として認識させ、人物たちの個人的な悩みを歴史的対話の中に開く役割を持っている。リトアニアから大航海を経てアメリカに移住し、子孫をアメリカに根付かせた女性の死に際し、「おわかりか。あんたがたの中にあの旅はある」と深貝のラビが観客を指して力強く言うとき、そこに座る日本の観客一人ひとりもその例外ではないことが知れるのである(観客が劇の内容にとって他人事ではないと訴えるとき、観客席をスクリーンに映写したり鏡に映したりする定番演出など、子供騙しだとわかる。台詞自体に力があれば)。

また、深貝とは全く性質が違うが、若い俳優陣は特殊なテーマを抱える劇世界をよくぞここまで大らかに演じきったという印象だ。同性愛、薬物依存、エイズ等、現代の日本でもアクチュアルな話題はともかく、ユダヤ、コミュニズム、レッドパージ、モルモン教、黒人差別、肉体を持った天使とのセックス等々、これらの描写はすべてアメリカという国家、それを支えるアメリカナイズされた「神」への左翼的批判に基づいている。抑圧された不適合アメリカ人としての自意識はテネシー・ウィリアムズ的だが、同時に、マッカーシズムの典型ロイ・コーン像や、天使たちの要請を退け世界の変化にイエスと言う主人公プライアーの選択は、大いにブレヒト的なのだ。ところが、この舞台の若い俳優たちはそうした左翼的背景を持った人物を、まるで普段着を着るように、等身大でさらりと演じている。

例えばルイスを演じる池下重大。話し始めるとテーブルにへばりつくような姿勢でまくし立て、欲望を持った相手にはニヤニヤ迫る粘着質な池下ルイスは、惨めさと傲慢さがむき出しの「アキバ系」政治オタクである。黒いジャンパーの背を寒そうに丸めて小刻みに歩く姿も「日本人」以外の何物でもないのだが、この池下の身体を通じてルイスという弱いが憎めないOne of Usの姿が実に明確に立ち上がってくる。或いは、プライアーを演じた斉藤直樹。エイズ発症を冷静に受け止めているかと思うと、オネエ言葉で騒ぎ立てたり、人類の代表として「神を告発する」と決然と言い放つ等、一貫した人物としての描写が困難な役だ。が、斉藤は、そんな障壁を物ともせず、素直にこの人物を自分に引きつけている。その素直な伸びやかさがプライアー自身の性格と重なって、彼を愛すべき人物に仕上げている。常に清潔感を保ちながら細やかに感情の揺らぎを見せたジョーのパク・ソヒにせよ、人物の台詞に非常に説得力があったベリーズの矢内文章にせよ、技巧と自然体がほどよく配合された若い俳優が光り、物語を遠い世界のことに思わせなかった。別枠だが、殆ど裸で金髪を逆立て、野獣のように「わたしわたしわたし」と吼えまくり、最後には黒く病み汚れた姿になる天使を演じたチョウ・ソンハ。この少々マンガ的で悪魔じみた天使像は、彼のギラギラした獰猛さによって支えられたと言ってもよい。

決して言いやすい台詞ではないが、俳優が台詞を自分のものにしている印象が逆を大きく上回ったのは歓迎すべきことだ。ただし、批判的な内容を含んだ異文化の劇が余りにも摩擦なく演じられることには、賛否があるかもしれない(例えば肝心の批判性が見えなくなるのではないか、実際のユダヤ人がこの舞台を見たらどう感じるか、異文化についての十分な理解はなされていたのか等の疑問はたちどころに出て来るであろう)。いつもの「小劇場演劇」特有の演技のクセがのぞくのも気にはなる。

しかしながら、この戯曲自体、全く接点がないかと思われた文化的背景を持つ人々が、病室で、職場のトイレで、幻想の中で、モルモン・ビジターセンターで、出会い、人間として結びついてゆく物語なのである。その姿勢に則って、このアメリカの問題を扱う戯曲が、今日のベニサンにおいて同時代東京の隣人のように親しい物語として上演された意義を受けとめたい。(観劇日:2007.3.28)

【筆者紹介】
村井華代(むらい・はなよ)
1969年生まれ。西洋演劇理論研究。国別によらず「演劇とは何か」の思想を縦横無尽に扱う。現在、日本女子大学、共立女子大学非常勤講師。『現代ドイツのパフォーミングアーツ』(共著、三元社、2006)など。
・wonderland 寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/murai-hanayo/

【上演記録】
tpt「Angels in America」
ベニサン・ピット(2007年3月20日-4月8日)

作/トニー・クシュナー
台本/薛珠麗 tpt workshop
演出/ロバート・アラン・アッカーマン

[キャスト]
ロイ・M・コーン/山本亨
ジョセフ・ポーター・ピット(ジョー)/朴昭熙
ハーパー・アマティ・ピット/宮光真理子
ルイス・アイアンソン/池下重大
ブライアー・ウォルター/斎藤直樹
ハンナ・ポーター・ピット/松浦佐知子
ベリーズ/矢内文章
天使/チョウソンハ 小谷真一 アンソン・ラム
ラビ・イジドール・チェメルヴィッツ/深貝大輔
ミスター・ライアー/矢内文章
公演の男/斎藤直樹
ヘンリー/深貝大輔
エミリー/植野葉子
マーティン・ヘラー/深貝大輔
シスター・エラ・チャプター/植野葉子
プライアー1/朴昭熙
プライアー2/深貝大輔
エスキモー/朴昭熙
サウス・ブロンクスの女/植野葉子
エセル・ローゼンバーグ/松浦佐知子
アレスキー・アンティディルーヴィアノヴィッチ
・プレラプサリアノフ/深貝大輔
モルモン訪問者センター内ジオラマルームの人形
父親/朴昭熙
母親/植野葉子
声/富沢亜古

[スタッフ]
作/トニー・クシュナー
台本/薛珠麗 tpt workshop
演出/ロバート・アラン・アッカーマン
演出補/薛珠麗
美術/ボビー・ヴォヤヴォッツキー
照明/沢田祐二
ヘア&メイクアップ/鎌田直樹
音楽/栗屋顕
音響/高橋巖
舞台監督/赤羽宏郎

[プロダクション・スタッフ]
台本(tpt workshop)/広田敦郎 木内宏昌
美術助手/松岡泉
照明助手/笠原俊幸
音響助手/長野朋美
衣裳スーパーバイザー/松尾佳美
演出部/富川孝 鹿島信往 大津留千博 尾崎弘延
丸山多佳史 深瀬元喜 宇野奈津子 坂田恵
衣裳部/千葉あけみ
照明オペレーター/大内圭司 関口友理
音響オペレーター/赤木康華
大道具/(有)シーコム 桜井俊郎 武田寛
(有)オサフネ製作所 長船浩章
(株)テルミック 崎山雅之
背景美術/(有)美術工房拓人 松本邦彦
小道具/高津映画装飾(株) 烏越きよし
特殊小道具/(有)アトリエ・カオス
照明/(株)沢田オフィス
音響/(有)オフィス新音
衣裳/MOMA WORKSHOP 増田恵美
衣裳製作/砂田悠香理
羽根製作/津田香織
ヘブライ語/母袋夏生
イディッシュ語/佐々木嗣也
宣伝美術/宇野奈津子
Special Thanks to/河内崇 本忠佳子
COORDINATOR/マーチン・ネイラー
ベニサン・ピット支配人/瀬戸雅壽
プログラム編集/大森清史
写真/島田麻未
印刷/プリントネットワーク(株)

【関連情報】
《見てきた》7時間の超大作演劇「エンジェルス・イン・アメリカ」(asahi.com,2007年04月03日)
・「エンジェルス・イン・アメリカ from PIT」(TPT=シアタープロジェクト・東京の製作現場が発信するアーティストの声)
tpt「Angels in America」(2004/1/20-25,2/13-29 ベニサン・ピット)
・PPTP(Post Performance Talk Project)Vol.7「アクチュアルな現代の古典として-『エンジェルス・イン・アメリカ』をめぐって」(2004年2月25日)
パネラー:ロバート・アラン・アッカーマン(演出家)、たほりつこ(アーティスト)、長谷部浩(演劇評論家)、薛珠麗(翻訳家)
「エンジェルス・イン・アメリカ」(amazon.co.jp)


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