元祖演劇乃素いき座「阿房列車」

◎もろもろを飲み込んだ時間が流れる 向かいに座って旅した気分
小畑明日香(慶応大)

「阿房列車」公演チラシ1991年から毎年1回上演している舞台、である。今年で17年目になる。
目的に向かって走る汽車の、ある車両に乗り合わせた老夫婦と若い女のやりとりを描いた三一致の3人芝居、ただし老夫婦の配役は毎年同じで若い女の役だけが交代している。

場転なし、音響なし、大事件なし。
白い布のかかった台一つを座席に見立てただけの空間で1時間25分。役者の目で見ると恐ろしい現場である。

話は、薄いクリーム色の着物を着た老婦人が、白い厚手の布を膝の上に敷いてみかんを食べるところから始まる。晴れ着も着たことの無い身には、一人、戦慄する場面だった。

白い筋を綺麗に剥いてはみかんをほおばる森下眞理さんの、指の仕草に目がいく。
電車の中でみかんを食べているおばさんはよくいる。
眞理さん演じる老夫婦の妻も、車内なのに家にいるかのようにみかんを食べる。
乗り合わせた若い女にやたらみかんを勧めるのもきわめてリアル、である。
細い指でみかんの房を摘む様がそうした、脚本上のリアルさを「日常劇」にしている。
動きが美しい役者には何人もお会いしましたが仕草が美しい役者は初めてでした。

電車の同じ座席のならびに3人、というのは極端に動きが制限される状況だが、
平田オリザ脚本は特急列車内にあるトイレや売店を上手く使って、夫と若い女、妻と若い女、の場面を間に挟みこんでいる。
今更言うことではないかもしれないが基本をきっちり守って脚本を書ける作家は少ない。
勉強になるなあ、と思いながら舞台上の会話を聞く。

若い女、が気になる。
とつぜん相席した女に対して老夫婦の夫はやたら上機嫌に喋りまくるが、女のほうは相槌を打つのがへたで、2人の会話はちっともかみ合わない。
抑揚や声の強弱の少ない、大きすぎる声で喋る女が気になる。
自己嫌悪に近い苛立ちを覚える、と言った方が正しい。
おまえ空気読めよ!、と客席で地団駄ふんでいる私は3人の中で若い女に一番年齢が近く、
舞台上の青年団の役者さんの演技は自分を戯画化されているようで、妻と女、あるいは老夫婦の会話になるとほっとした。
毎年見て、自分の見方が変わっていくかどうかも確認したい、とそのとき思った。

妻と2人でいて、聞き役から話し役に転じると、少し女の性格が見えてくる。
「今の話どうでした? 長いですか?」と何度も確認しながら鶏と卵の話をする彼女は、打ち上げの席でのある役者さんに言わせると
「多分ね、すごく話すのが下手な女の子だと思うのよ。」
同じトーンの大きな声が、聞き役のときはどんくさい印象だったのにここでは懸命な感じに見える。
長々と話を聞くのは好きじゃないのかもな、そういえば少し迷惑そうだった、などと思って、やっぱり自分の戯画として女を見ていた。

若い女は途中で一度、アイスクリームの売り子になって夫婦の前に現れる。
全く別の人間として、のはずだが夫婦は「あれ、さっきの子じゃないか」「どうしたんでしょう」と2人で騒ぐ。
そのあと平然と戻ってくる女とも「さっきアイスクリーム売ってたよね?」「いいえ?」と会話しているが、この一連の場面はあまりつかめなかった。売り子の衣装も白い大きな箱をかぶった形で、不思議。
こんな遊びをしても劇が崩れない点はすごいと思った。
もーちょっと年を食ったらわかるのかもしれない。

妻は夫をいさめるようにも、女に嫉妬して見えるときもある。
もし若い夫婦だったら、夫が「妬いてるのか」と言ってしまうだろうな、という瞬間がある。
生臭い色気などなくても聞かせる雰囲気があるのがいい女なのかもしれない。
スーツに帽子が似合う夫のほうは妻に背中をかいてもらったり体温計をもらったり、
冷凍シュウマイを温めて食べたら中が凍っていたのでしばらく噛んで吐き出したが「やっぱり後で少し後悔したね」という話をしている。
妻は妻で「そうですよ、噛んで、飲み込んで、ワンセットなんだから」と応える。
推し量れないもろもろのことを飲み込んでしまった時間を感じた。
これを29歳で書いた平田オリザもすげぇ。敬称略。

列車はだんだん駅に近づく。
若い女は途中で下車する。
電車の向かい側に座って、老夫婦達と旅をした気分だった。
ご馳走様でした。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第70号、2007年11月28日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
小畑明日香(おばた・あすか)
1987年横浜市生。慶大文学部在学中、国文学専攻。売文屋、役者。『中学校創作脚本集 (2)』(晩成書房)に脚本収録。2007年10月Uフィールド+テアトルフォンテ主催『孤独な老婦人に気をつけて-砂漠・愛・国境-』(マテイ・ヴィスニユック作)に出演。wonderland執筆メンバー。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/obata-asuka/

【上演記録】
元祖演劇乃素いき座 第28回公演「阿房列車
こまばアゴラ劇場(2007年11月15日-18日)
原作・内田百閒
脚本・平田オリザ
演出・土井道肇

出演:
夫……土井道肇
妻……森下眞理
女……福士史麻(青年団)

スタッフ:
照明……竹廣零二
制作……森下眞理
受付……木崎友紀子 能島瑞穂 石橋亜希子
協力……安田まり子 秋山健一 渡部春奈

前売¥2,800
当日¥3,000
●全席自由・日時指定

企画制作  元祖演劇乃素いき座/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
主催  (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場


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