reset-N「繭」

◎皮膚を剥がされるような痛々しさに
田口アヤコ(演出家、劇作家、女優)

「繭」公演チラシ客席がまだざわざわするなか、
シアタートラムの客席両端の通路を通って
白シャツ、黒ズボンの俳優たちが登場するところから
舞台ははじまる。

暗転。

記者が殴られる。全ての持ち物が盗まれる、危険地帯。
そこにぼんやりと目的なく立っている女がひとりいる。
女は状況説明を始める。
ここは
どこか? 事件直後の、皇居近くである。日本。東京。

皇居中心に、航空機が1台突っ込む、という自爆テロが起ったらしい。
護衛の者が身を挺し、
「A」一人だけ、彼女が、皇居のなかでひとりだけ生き残ったらしい。

孤独な女帝、ロイヤルブルーの衣裳に身を包んだ「A」の座る舞台中央のエリアは
正方形、てらてらと光る、
黒い鏡張りの床である。

事件後すぐに「A」は記者会見をする。
用意された原稿には書かれていなかったことが、「A」のくちから出る。
国民は「A」は狂ったらしい、と噂し始める。

「A」は 精神科医と話す
「A」は じぶんは「正常」であると主張する
「A」は 精神科医の弟子タチバナと話す
「A」は 話したいこと、ではなく、話すべきこと、をくちから出そうとする

タチバナ:わたしの目を見ながら、嘘を50個、言ってください。

A:わたしは、犬を飼っています。
わたしは、猫のアレルギーがあります。
わたしは、歌が上手です。
…わたしは、疲れてなんかない。わたしは、自由です。この国が大きらいです。この国が大好きです。世界はどんどんよくなってると思います。生まれ変わったらまたわたしになりたいです。さびしくなんかないです。かなしくなんかないです。わたしはひとりじゃありません。みんな、あいしてます。本当にあいしてます。わたしはくるってません。わたしはまだだいじょうぶです。革命を待ち望んでいません。いつまでもこの国で暮らすことができたらそれが幸せです。結婚したいです。元気な子供をたくさんつくりたいです。

テロ
に対して、
戦争が、
始まったらしい。
日本国内に漂う「自粛」の雰囲気に対して、
浮かれた調子の海賊放送ラジオが真実を突く。
皇居の門の護衛をする男二人の会話。
記者は、皇居周辺にて、たびたびまた最初の「女」と出会う。
女がする、皇居で飼われる蚕の話。5万匹の蚕。

女:たくさんたくさん桑たべて、
なんかせまくなったなーとおもったら、べりべりべりべりっって脱皮して、
またたくさんたくさんたくさんたべて
またせまくなったなーとおもってべりべりべりって脱皮して、
またたべてたべてたべて、
べりべりべりっ
で、たべてたべてたべてたべて、こんどは、
メタモルフォーゼ。
脳も、内臓も、ぜんぶ溶けて、

出てきたら1週間くらいで死んじゃうの。

どんな気持ちなんだろう?????

記者は「A」と1対1の会見をする。
「A」は記者にすべての質問を許し、答える。
会見を、記者は記事にするだろう。
しかし誰も、「A」を理解することは出来ないだろう。

「女」は「A」にちいさいときからつきまとってきた存在、
あなたのようになりたかった、と「A」は言う。
わたしのなまえを呼んで、「A」は言う。
「女」は
あ の かたちのくち、
い の かたちのくち、
こ の かたちのくち、を
繰り返し、繰り返し、繰り返し、「A」にかけるが、
「A」にはその声は聞えない。

遠くで、
とはいえおもったよりは東京にほど近い場所で、
原子力発電所が事故を起こしたらしい。
その事故は、予想外に大きな規模だったらしい。
この都市は、全員が避難できるには、大きすぎるらしい。

白シャツ、黒ズボン、そして眼鏡をかけ足袋を履いた俳優たちは
ひとりずつ眼鏡を外し、消えていく、

「A」ひとり残り、光が残り、

終幕
ほど近い近未来の、

東京。

すべてのモチーフは過去に起ったことやさまざまなメディアで記述され終わったことで、新規のものはなにもない、その多数の要素の驚くべきバランスの組み合わせによって劇は構成されている。皇居では本当に5万匹の蚕が飼われているらしい。

「A」とはもちろん、日々メディアの話題に上っている、小学校進学間近の彼女の成長した姿である。俳優の演じるその姿は、彼女の母親が「病気」と言われながらも努力しながらときおり国民の前にあらわす姿のようでもあり、彼女のおおらかな父親にも似ており、彼女の美しい祖母のようでもあり、また彼女の不幸な曾祖父、前の時代昭和の天皇のようでもある。
そんなわたしにとって遠い世界に住んでいるはずの彼女の物語が、なぜわたしの、わたしたちの物語となり得るのか。

わたしが一番つよくおもったのは、現代の女性はすべて、「頑張って」いるということである。努力しない女にはなぜ努力しないのか、の理由が必要となる。美しくなければいけない、清潔でなければいけない、痩せていなければいけない、働いていなければいけない、よい娘や妻や母親でなければいけない、正直でなければいけない、愛されていなければいけない、
「人間の弱さを描いてゆきたい」というreset-Nという劇団の理念と、物語内の「A」の存在の絶対的な弱さが「女であること」の弱さともつながり、皮膚を剥がされるような痛々しさをもった悲劇作品としてわたしのなかにのこった。

「何か大きなもの、繭のようなものに守られているかのように錯覚しつづけている
(安全な)日本という国の脆さを表すと同時に、
シアタートラムという(安全な)劇場を壊す、という意味もあるんです」と
劇作家/演出家、夏井孝裕氏がアフタートークにて語っていた、
舞台上方にいつか落ちてきそうに吊られた、巨大でゆがんだ平行四辺体の舞台装置は、
何も仕込んでいない、生の状態の劇場シアタートラムの
舞台中央奥にひそやかに存在する真っ赤な扉が、
熱か放射能かなにかで変形し、くずれおちてくるさまを模したものであったが、
わたしには腐敗した巨大な生肉の塊のようにみえた。
血の色のように。流れ出た胎盤のように。

頑張れあたし、ということばと
もーがんばれないよあたし、ということばを
1日100回ずつ繰り返す、
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第82号、2008年2月20日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
田口アヤコ(たぐちあやこ)
岩手県盛岡市出身、1975年11月生まれ。東京大学美学藝術学専修課程卒。演劇ユニットCOLLOL主宰。演出家/劇作家/女優。劇団山の手事情社・劇団指輪ホテル・ストアハウスカンパニー等での俳優活動を経て、自身の劇作・演出を開始。おさんぽ演劇「ポタライブ」の劇作を劇作家岸井大輔氏とともに進行中。blog『田口アヤコ 毎日のこまごましたものたち
次回公演はCOLLOLリーディングシリーズ recall:2 vol.3 エウリピデス作『メデイア』(2008年4月4日-5日、門仲天井ホール)

【上演記録】
reset-N ver.22.0『
シアタートラム(2008年1月23日-27日)
作・演出:夏井孝裕
出演:
長谷川有希子/久保田芳之/鶴牧万里/原田紀行/平原テツ/綾田將一/丸子聡美
藤谷みき/奥瀬繁(幻の劇団見て見て)/山前麻緒(劇団夜想会)/平家和典/伊藤そうあ
スタッフ:
舞台監督 桑原淳
美術協力 青木拓也
照明協力 伊藤孝(ART CORE design)・富山貴之
音  響 荒木まや
衣  裳 さとうみちよ(Gazaa)・小松代暁子
演出助手 荒井理恵(活劇工房)
制作協力 beyond・藤田晶久(pallet-bullet)
宣伝写真 山本尚明
宣伝美術 quiet design productions
ウェブ  笹香和
主  催 reset-N
提  携 世田谷パブリックシアター
助  成 芸術文化振興基金助成事業・東京都芸術文化発信事業・豊島区文化芸術創造支援事業(にしすがも創造舎)
協  力 ステージオフィス・株式会社コスモサイエンス・秋山汰駒・浅香実津夫(MODeL T)
チケット
○一般前売り/3,000円・当日 3,500円
○SePT倶楽部優待/2,700円
○世田谷区民割引/2,800円
○学生割引/2,500円(劇団のみ取り扱い)
グランドデザイン massigla lab.


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