鹿目由紀「不惑と窓枠の行方」

◎女性の心理を重層的にあぶり出す 「不惑」と「窓枠」を使って
鳩羽風子(新聞記者、演劇評論)

「劇王」チラシ1、上演時間20分の制約の下で

劇作家に与えられた上演時間はたったの20分。その制約の下で一体、どこまで表現できるのか? そんな興味を持って足を運んだのが、愛知県の長久手町文化の家で開かれた「劇王Ⅴ」というイベント。日本劇作家協会東海支部が毎年、プロデュースしており、今回で5回目を数える。

全国から参戦した新人戯曲賞受賞者らが、「上演時間20分、役者3名以内、数分で舞台転換可能」という条件の下に短編演劇を上演。観客とゲスト審査員の投票によって優勝者「劇王」が決まるという仕組みになっている。

今回取り上げるのは、「第5代劇王」となった鹿目(かのめ)由紀の作品「不惑と窓枠の行方」だ。防衛のため出場した先代劇王を含め、計11人の作品から見事、初タイトルを手にした。

2、視覚化された四つの人格

芝居の様子を説明すると、舞台には大きな白い窓枠が四つ釣り下げられており、女を四方から取り囲んでいる。女は冒頭、いきなりまくし立てる。「あなたは基本的には強いですが、弱い部分も持っています」「あなたは好きになると一途なタイプですが、時々目移りしてしまうことがあります」-。こういった具合に、だれでも思い当たる事柄を、自分だけに当てはまると思いこませる文章を延々と続ける。心理学用語の「バーナム効果」を呼ぶ文章だ。

登場人物の女は、その効果のからくりを承知している。それでも、「こんなバーナム効果のおかげで、今日も私は生きています」と独白する。その理由は「占いや心理ゲームから私は私という女の価値を再認識する」から。

そこへ男が登場する。男は「明るいけど、実は暗いでしょ」などと、バーナム効果のせりふを次々と繰り出しては口説き、それに対して女も「分かる?」を繰り返し、二人は次第に意気投合していく。

似たような対話が、四つの窓枠ごとに場所を移動しながら四回繰り返される。男のせりふやテンションはほぼ同じ。だが、女はその都度違う。正面の窓枠での女がオーソドックスな性格だとすると、上手の窓枠では引っ込み思案、下手の窓枠の女は「セックスしたい」の一点張り、そして後方の窓枠の女は沈黙ばかりを返す。こうして一巡したところで、迫ったり去ったりする男を相手に、女は四方の窓枠を揺らしながらめぐり、逡巡する。結局、男は去り、揺れる女と窓枠が取り残される-というあらすじだ。

四つの窓枠を目にして反射的に連想したのが「ジョハリの窓」である。「バーナム効果」と同様、心理学用語。自分と知人の両方が分かっている「オモテの自分」、自分は知らないが知人は知っている「盲点の自分」、自分は知っているが知人は知らない「ウラの自分」、そして自分も相手も知らない「未知の自分」の四つのパーソナリティーに分けて考える見方だ。(近藤卓編著『パーソナリティと心理学-コミュニケーションを深めるために-』大修館書店、大村政男監修『3日でわかる心理学』ダイヤモンド社参照)

後日、「劇王V」のサイトに掲載されたインタビューからも、作者自身が劇構造に用いたのは確かなようだ。

「ジョハリの窓」を舞台装置に使う。そこまでなら思いつく人も多いかもしれない。発想がずばぬけていると舌を巻いたのは、タイトルに「不惑」を盛り込んだところだ。

「ジョハリの窓」ごとにズレながら反復される対話によって、女の心理構造が重層的に描き出される。台本には、女の年齢は規定されていない。でも、揺れる女心と揺れる窓枠を観ているうちに、タイトルの「不惑」、つまり40歳を前後に戸惑っている女の象徴なのではないかと感じた。そう考えると、「不惑と窓枠の行方」のタイトルは一見、言葉遊びのようで、実に深い意味をはらんでくる。

3、惑わずにはいられないアラフォーの女

一体、女は何に惑うのか? 男性はすぐには思いつかないかもしれない。でも、私のように、30代シングルで子どものいない女性ならピンとくる。

40歳を前後にしたアラウンド・フォーティー、つまり「アラフォー」世代の女の逡巡とは、ずばり出産である。 40歳は出産適齢期のボーダーライン。子供を産むのか、産まないのか。タイムリミットに脅えながら、女たちは最終決断を迫られる。

男女雇用機会均等法が導入されてたのが1986年。女性がバリバリ仕事をするのがありふれた風景となり、おひとりさまでいても肩身の狭い思いはしなくて済む時代だ。若さを謳歌した20代をすぎ、30代半ばを超えると、女の脳裏には「40歳」のボーダーラインがくっきりと引かれる。今のままでよいのか? ほかの生き方もあるのではないか? たいていの欲望はいくつになってもかなえられるが、出産だけはそうはいかない。だから40歳を前後に戸惑うのだ。

30、40代女性は、その母親世代よりも選択肢を多く持つ。だが、ライフモデルがない。枠のない自由の中で、ひたすら悩み、迷う。だったらいっそのこと、ご神託のようなものによって枠に当てはめてほしいと思うこともある。「自由からの逃走」のように。劇中の女も、占いに依存して私は私を保ち続けると語っている。「不惑」と「窓枠」を巧みに結びつけ、アラフォーの女の心理を、象徴的にあぶり出した。

劇構造だけではなく、演技もかなりの完成度。男と女の掛け合いは、居酒屋などでいかにもありそうでおかしい。それでいて、同じような会話を重ねながら、四つの人格を、饒舌と沈黙、間を駆使して、演じ分けていた。枠に腰をかける、枠をまたぐ、飛び越えるという動きで、二人の関係性を巧みに暗示していた。

男に何を言われても「セックスしたい」「セックスしたいの!」と連発する場面なども軽妙な面白さ。せりふの中にも、内面の吐露と、相手に発した言葉が混在して、いかにも演劇ならではの空間を醸し出していた。

劇王を決める「決勝巴戦」の投票では、観客票は58票で、トップの59票よりも1票少なかった。審査員の票で逆転して劇王に決まったのだが、30、40代女性の支持はかなり高かったのではないだろうか。その一人である私自身、「ああ、分かる分かる、その気持ち。これは私の芝居だ!」と内心、叫びながら観ていた。余談だが、この4月からTBS系でドラマ「Around 40」の放映が始まった。やはりアラフォー女性の戸惑いは、今の時代ならではのテーマなのだと思う。

この芝居の作・演出を担当した鹿目は、名古屋を拠点とする「劇団あおきりみかん」を主宰している。地元では観客動員ナンバーワンの呼び声高く、昨年11月の公演では、裁判員制度を念頭に書いたと思われる自作の「漂流裁判」を上演。現代の社会意識を取り込み、疑似裁判所を題材にした着想力に、とんでもない劇作家だと思った。その一方で、劇団として喜劇を志向するためか、シリアスで貫けばいいところを、とってつけたように笑いの場面を盛り込んでいる点にもの足りなさも感じた部分もあった。

それが今回、上演時間20分という制約の中で、女性の心理を端的に描ききった手腕は、うれしい発見だった。逆に20分だからこそ、余分な要素をそぎ落とした結果、テーマの骨格がより鮮明に表現できたのかもしれない。

もし2時間ぐらいに膨らましたら、どうなるのだろう? 心理構造を描くだけではなくて、男と女の物語も盛り込まれたら、今という時代を射貫く作品になる可能性を秘めているのでは? 興味と刺激と共感の尽きない舞台だった。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第90号、2008年4月16日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
鳩羽風子(はとば・ふうこ)
横浜出身。日本女子大学人間社会学部文化学科卒。新聞記者の傍ら、劇評を「シアターアーツ」に発表している。AICT(国際演劇評論家協会)日本センター会員。

【上演記録】
不惑と窓枠の行方』(劇王V
作・演出:鹿目由紀
上演:長久手町文化の家 風のホール(2008年2月2日-3日)

出演:
女 手嶋仁美(劇団あおきりみかん)
男 山中崇敬(劇団あおきりみかん)

プロデュース:日本劇作家協会東海支部
入場券:1公演券 一般1,500円 フレンズ1,200円 3公演通し券3,000円
主催:愛知県長久手町

【「劇王」メモ】
挑戦者:中澤日菜子、瀬辺千尋、渡山博崇、久川徳明、平塚直隆、下西啓正、嶽本あゆ美、鹿目由紀、徳留久佳、矢野新美
決勝巴戦進出者:平塚直隆、鹿目由紀、柴幸男(第4代劇王)
ゲスト審査員:鐘下辰男、鴻上尚史、深津篤史、安住恭子


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください