三条会「ひかりごけ」

◎歴史と作品の「分からなさ」を引き受ける 7年間の進化から浮かぶ表現
 志賀亮史(「百景社」主宰)

 5月3、4日栃木県那須町で行われた「なぱふぇす2008」で三条会「ひかりごけ」を観た。三条会が「ひかりごけ」を上演するのは、この「なぱふぇす2008」で10回目である。そして私が「ひかりごけ」を観るのも10回目。実を言うと、私は運のよいことに10回すべてのバージョンを観ているのである。ただまあ、正確に言うと海外公演(中国、韓国、台湾)はさすがに現地では観ていない。稽古場で観させてもらったのではあるが。

 しかし、今回の「なぱふぇす」での公演は、過去10回の中でも一番よい舞台だったように感じる。三条会の主宰・演出家の関美能留が利賀のコンクールで最優秀演出家賞を受賞したのが2001年なので、7年近くたっているのにも関わらずまだ進化しているというのは驚くべきことではないだろうか。作品ができた当初は勢いでみせられるかもしれない。しかし、7年という月日がたって色あせないどころか進化をみせるということは、関美能留と三条会がこの7年という月日を闘いつづけてきた証のように思える。また三条会にとって「ひかりごけ」という作品は、他の作品でやってきたことの集積がわかりやすく出る作品なのではないか。もちろん「ひかりごけ」でやってきたことが最新作には生きているが、同様に最新作で新しい冒険をしたことが次の「ひかりごけ」では如実に出るのである。だから、三条会の「ひかりごけ」は過去10回振り返ってもその都度少しずつ変化してきていたし、おそらく集団の節目節目に「ひかりごけ」という作品があったのではないかと思う。そういう意味で、「ひかりごけ」は三条会にとって鏡のような存在なのかもしれない。

 劇作家のいない劇団において、こういう作品を持てるというのは日本では稀なことではないだろうか。そしてまさに、劇団がレパートリーを持つことの意味とはこういうことにあるのだということに気づかされるのである。しかし、なぜこのようなことが可能なのか?それは関美能留という演出家のものの見方に隠されているように思われる。そしてそのような関の考え方は、「ひかりごけ」という作品と切り離せない関係にあるように私は思うのである。

 「ひかりごけ」は武田泰淳の作品で、戦時中徴兵され軍属となった漁民たちが、北海道沖で遭難した事件を題材に描かれたものである。遭難し、食べるもののなくなった登場人物、船長、西川、八蔵、五助は人を食って生き延びるか、食わずに死ぬかという極限状況に追い込まれる。結局、船長だけが生き延びることになるのだが、その後、生き延びた船
長は、裁判にかけられることになる-。

 関はこの戯曲に対して、学校という場所を設定し、「ひかりごけ」のストーリーとは別のもうひとつのサブストーリーを用意している。学校の男子生徒たちが、女教師(立崎真紀子)と転校生(大川潤子)に導かれながら、「ひかりごけ」の朗読を始める。そしてやがて、作品の登場人物となって作品世界へ入り込んでしまう。この構成は、初演当初からまったく変化していない、極めてシンプルな仕掛けなのであるが、この仕掛けが非常に利いている。しかし関は決して学校という私たちの分かりやすい世界に武田泰淳の世界を矮小化はしていない。むしろ、泰淳の言葉と自らの用意したサブプロットを注意深く並べ、私たちの分かりやすいとしている日常の持つ別の側面を浮き彫りにしようとするのである。例えば、三条会の「ひかりごけ」において、船長、西川の食べる人肉のかわりに、マクドナルドのハンバーガーを食べるシーンがある。「人肉を食べる」というグロテスクな行為と「マクドナルドのハンバーガーを食べる」を並べたとき、私たちは「マクドナルドのハンバーガー」とはなにかを考えざるを得ない。そして、「マクドナルドのハンバーガー」という今ではポピュラーとなった食べ物のグロテスクな側面に気づかされるのである。こうした関のやり方は、全編において、まるで武田泰淳「ひかりごけ」とはどういう作品なのかをその場で関自身が理解するかのように、もしくは男子生徒たちが理解するかのように繰り広げられていく。

 関のこうしたやり方はなぜ生まれたのか。コンクールに参加したときの演出ノートにそのヒントが隠されている。

残念ながら、戯曲「ひかりごけ」を演出するにあたって、観客の皆様に確かなものを約束することはできない。祖父の時代を取り扱う距離感は、やっぱり分からない。歴史を「ふざけること」や「開き直ること」や「嘘にしてしまうこと」は、演劇的に正しくないと考えている。(中略)
「出来事」から離れずに「歴史」を考えるための、ささやかなレッスンとして、始めてみます。無責任さゆえに、劇にまきこまれて、登場人物と化していく過程を視覚化することで、現代に生きる人間の感受性を検証してみたいと思います。

 戦争を知らない世代がほとんどを占めるようになった日本において、「ひかりごけ」の世界は理解しがたい世界になってしまっていることは事実といえるだろう。実際、人肉食という極限状態を経験することは現在の日本では不可能に近い。関が「やっぱり分からない」というのは、私たち観客にとっても極めてスタンダードな感覚である。しかし、関は「分からない」ことを言い訳にして、「開き直ること」や、自分勝手な解釈をし、歴史を「嘘にしてしまうこと」、また「ふざけること」をよしとしない。ではどうするか?関は「分からない」から「分かろう」とする。今「分からない」時点からはじめ、遠くなってしまったとされる武田泰淳の「ひかりごけ」の世界を真剣に考え、「分かろう」とする。安易に作品世界を解釈することは、確かに戦争という出来事を矮小化する危険がある。また武田泰淳のように、その時代を生きざるを得なかった人間の苦悩それ自体は決して私たちが理解できる質のものではない。なぜならば、それはあくまで武田泰淳個人のものであり、その苦悩を簡単に理解したつもりになることはむしろ武田泰淳を愚弄することにもつながりかねない。そこで関は、「ひかりごけ」を演出する上で、解釈を放棄する。しかし、それは「分からない」ということを放棄し、「開き直る」ことを意味しない。むしろ、「分からない」という実感を頼りに「分かりたい」と思い、今現在の私たちが歴史から学べることとは何かを「検証」しようとしているのである。そして実際、その「検証」の結果、関は「歴史から学べるなにか」に到達している。

 泰淳「ひかりごけ」において、登場人物船長は裁判の中で検事に今の心境を答えるように強制され、「私は我慢しています」と答える。この「我慢」とはなにかは泰淳「ひかりごけ」を理解しようとするとき、必ず議論になる部分である。しかし関の姿勢からこの「我慢」を眺めたとき、それは先に書いた関の歴史や「ひかりごけ」に対する態度と変わりがないことに気づかされる。つまり、もし仮に船長が、自分が人肉を食べたことを後悔したとする。それは、自分が今生きて裁判を受けていること自体を否定することにつながる(なぜなら食べなければ死んでいるからだ)。自分が今生きることを否定するということは、つまり自分が食べた仲間の存在を「嘘にしてしまうこと」につながる。それは結果として、仲間の犠牲を否定することであり、ぎりぎりまで生きたことを無視することにもつながる。ゆえに船長は自分が食べたことを否定し得ない。また、しょうがなかったと「開き直ること」も自分が食べたことを忘れるということだから、船員たちを無視することにつながる。だから船長は決して謝ることはできない。また、仲間の死を忘れることもできない。自分の罪を自覚し、どのような非難にさらされようともその生を「我慢して」全うするより仕方がないのである。そして自分の罪を引き受けて生きようとしたとき、逆に最も自立した人間として存在する(それが物語終幕のキリストのメタファーにつながる)。

 罪を強烈に自覚し、なおかつ過去を引き受けることで自立するというこの船長の姿から、関は現在に生きるわたしたちが、歴史を知らないことから逃げず、なおかつ歴史を嘘にせずに引き受けることはできないかと考えたのではないだろうか。そしてひとつの結論に達しているように思われる。「分からない」から入った関は、逆に「分からない」ということを徹底的に生きることで、歴史を引き受けるというところに到達する。つまり現在の「分からない」という実感を手がかりに「考える身体」を舞台上にそのまま置くという表現を発見するのである。

 実際、三条会「ひかりごけ」2幕のシーンでは船長役の榊原は、屹立し決して動かない。終幕に至るまで考えることをやめない。考え続けることを引き受けた身体は、このとき歴史を考えること、泰淳「ひかりごけ」を考えることによって、そのどちらにも依らず、自立した演劇表現となって私たちの目の前に現れる。「考える身体」は現在進行形である。決して歩みを止めることはない。三条会「ひかりごけ」は、ゆえに決して武田泰淳「ひかりごけ」と同化しない。先に書いたように「鏡のように」対峙し、その結果文学「ひかりごけ」を内包しながらも、自立した演劇作品「ひかりごけ」になっている。だからこそ、三条会「ひかりごけ」は初演から7年を経ても、進化しつづけるのである。

 最後になったが、実を言うとなぱふぇす2008での「ひかりごけ」では過去もっとも大きな改変が加えられている。そのことに触れて終わりにしたい。これまでの「ひかりごけ」は学校を舞台に、原作とのダブルプロットで行われていた。しかし今回の上演では、もうひとつそれをくくる大きな枠組みが付け加えられた。素の三条会がまず舞台上にあって、「ひかりごけ」を上演するというところから演劇が始まるのである。また、終幕西川、八蔵、五助役であった橋口、中村、関は学生服を着替えて元の三条会メンバーとなって、舞台に戻ってくる。その3人を演劇世界に取り残された船長役の榊原が喰らうのである。この改変は、2001年初演時から現在に至る三条会という集団の変化のみならず、社会情勢の変化をも含んだものように感じる。2001年はまだ9・11テロ前の世界である。その後の世界情勢・社会情勢の変化から考えるとこの改変は非常に興味深い。9・11テロ後、私たちの日常においても、環境問題や経済の問題の中で弱肉強食といった風潮を感じるようになっている。2001年に比べ、明らかに泰淳の「ひかりごけ」から感じる印象は変わってきているように思われる。船長役の榊原が日常の三条会を喰らうとき、私たちがもはや「ひかりごけ」の世界とまったく無縁ではいられなくなる可能性を感じさせるのだ。三条会「ひかりごけ」は、ここ7年の歴史すら含みつつ、進化している。

【筆者略歴】
 志賀亮史(しが・あきふみ)
 1979年生まれ。筑波大学第二学群人間学類卒。在学中に百景社を設立、主宰。以後つくば市を活動拠点に活動。百景社作品の構成・演出を担当。舞台芸術財団演劇人会議(JPAF)会員。

【上演記録】
三条会「ひかりごけ」-なぱふぇす2008(Nasu Performing Arts Festival2008)参加
A.C.O.A.アトリエ(栃木県・那須町、5月3日-4日)
原作:武田泰淳「ひかりごけ」
演出:関美能留
出演:大川潤子、榊原毅、立崎真紀子、橋口久男、中村岳人、関美能留


「三条会「ひかりごけ」」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: sanjoukai

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