A.C.O.A「人間椅子」

◎観客の半分は女なのだぁーっ!
芦沢みどり(戯曲翻訳家)

アトリエセンティオは東武東上線・北池袋駅から歩いて五分、路地の突き当たりの線路際にある。これが比ゆでなくマジで線路のすぐ横なのね。かつて舞踏グループが稽古場にしていた小屋だと聞けばナルホドと思うけど。開場までの数十分、ひっきりなしに通過する夕方のラッシュの車両を、暮れなずむ路地裏で眺めているうちに不安になった・・・こんな場所でまともに芝居が観られるのかなぁ。

ところが中へ入ると、狭いながらも白土の壁に白い床の落ち着いた空間。防音もされていて、思ったほど電車の音も気にならない。やれやれ、これならまぁなんとかなるか。おもに関東地方で演劇活動をしている8つの若手グループが集まって開催された「SENTIVAL!」が7月21日で2ヶ月の会期を終えた。まずは線路際騒音振動込みフェスを敢行した彼らの度胸に熱烈拍手。ここで取り上げるA.C.O.Aは栃木県の那須高原が本拠地のグループで、主宰するのはSCOT出身の鈴木史朗だ。「人間椅子」は江戸川乱歩の同名の怪奇探偵小説を舞台化したもので、フェスティヴァルの演目をいくつか観た中で一番気になる作品だった。それは舞台上の俳優には魅了されたが、彼が原作とどう取り組んだのか疑問も抱くという矛盾した観劇体験だったわけだけれど。

<官吏の妻で売れっ子作家の女性に、ある朝、分厚い手紙が届く。「奥様」という呼びかけで始まるこの手紙の差出人は、世にも醜いと自称する椅子職人。本人曰く腕はいいのに容貌が災いして、これまで女と口をきいたことさえない。こんなわびしい人生もう嫌だと思った彼は、自分を椅子に閉じ込めるというトンデモなことを考え付く。こうして人間椅子になりすましてホテルのラウンジに収まり、そこに腰かけるあまたの女の感触と香りにうつつをぬかしながらコソ泥稼業に勤しんでいたら、ホテルが倒産。椅子は競売にかけられる。買い手は官吏の妻でもある某女性作家で・・・え?!!センセイの椅子になった男は彼女に心底惚れてしまい、一目逢いたくなり・・・>。

これは探偵小説なので種明かしはしてあげない。要するに入れ子になった書簡体の小説なのね。で、鈴木史朗はこれをどう一人芝居にしたか。

「人間椅子」
【写真は「人間椅子」公演から。 提供=A.C.O.A】

黒いスーツに黒の山高帽。うん、原作は昭和初期だからね。この衣裳が良く似合う鈴木は長身の“ちょいファニー美形”。赤い細い指揮棒のようなものを持って、ほとんど何もない舞台中央に立つ。そしてできるだけ自然な感じで、芝居くささを消して原作を語り始めるが、どこかぎこちない。全体の90%くらいは手紙、つまりはモノローグだけれど、導入部は叙述文だ。ひょっとしてこれ、今流行の味も素っ気もないリーディングかいと思っていたら、醜男に変身するあたりから彼は本領を発揮する。

むかし覆面レスラーで初の世界王者になったザ・デストロイヤーってのがいたけど、あいつが着用していたマスク。と言って分からなけりゃ、ひところ銀行強盗が被っていた目出し帽の、鼻と口も開けたヤツだっ!鈴木がこれをほんの少しズラして被ると、顔に歪んだ印象が出る。あとはスズキメソッドで鍛えた身体をフル稼働させて醜い男になる。抜き足、すり足、低い腰。でもスズキ印のあの教えられた通りやっておりやす感はない。メソッドを踏襲しつつかなり自由に、しなやかに、女にモテない男のつらさ、女への切なくも激しい憧憬、はかない妄想などなどを身体表現して行く。ヤマ場は彼が人間椅子になるところだ。それまで舞台を囲むように置かれていた用途不明の、ブリキか鉄製の長持ふう小箱9個(これは急いで数えたので覚えている)を、バン、ババーンと積み上げて椅子の原型を作り、上半身裸になってそれに腰かけ、彼自身が肘掛け椅子になる。演劇活動をしていない時は那須高原で田を耕し山菜を採っているという自然児鈴木の上半身は、もう、ただただ美しい。原作では、椅子の中の男が彼の上に座る女たちへの一方的淫靡的間接愛を語る部分。彼はその難所を、身体の動きを極力抑え、乱歩の言葉に語らせることで切り抜けた。やがて人間椅子は作家宅へ。ここで彼は立ち上がり、なんと客の目を見て言葉を発し始める。すると、男の切ない一途な恋心が否応なしにこちらに伝わって来る。ミケランジェロの「天地創造」のあの指先みたいに、ビビビビビ・・・えっ、えー、ちょっと待った!この椅子職人って、ほんとはズルイやつじゃなかったっけ?

「人間椅子」

「人間椅子」
【写真は「人間椅子」公演から。 提供=A.C.O.A】

『人間椅子』は昭和元年に書かれた乱歩初期の作品で、その頃彼は谷崎潤一郎を愛読していたと文庫の解説にあった。女体の感触+香りフェチ。自分を卑下しながら欲しい女はチャッカリ手に入れる男の図々しさは谷崎の『春琴抄』や『盲目物語』を思い出させる・・・というか『人間椅子』を通して谷崎作品を見ると、そういう要素が拡大増幅されると言った方がいいかもしれない。とにかくあのイヤーな感じ。でも鈴木の舞台からは男のズルさや陰険さはあまり見えて来ない。彼の健康でしなやかな身体が、汚泥をろ過して南アルプス天然水に変えてしまうからだ(那須だから違うだろ!)。そもそも乱歩はコソ泥に成り下がった椅子職人のピュアな恋物語を書いたんだろうか。醜男だと卑下する男がどう醜かったのか、乱歩は具体的に何も書いていない。たぶんそれは、醜さを盾にして己の欲望をどこまでもエスカレートさせてゆく男の不気味さが、この怪奇探偵小説のパン種になっているからだ。だって具体的に書いてしまったら、怖さは膨らんで行かないものね。彼が醜男であるかどうかさえ疑わしいくらいだ。

では鈴木はそこを読みそこなったのか。
それは分からない。もしかしたら意図的だったかもしれないし、解釈の違いってこともある。ただ『ノートルダムのせむし男』と『人間椅子』の椅子職人の恋は同じではないと思うけど、鈴木は乱歩の醜男から純情を引き出して客に手渡そうとした。わたしもそれを受け取ろうとした。でも、何かひっかかるものがあった。

原作に戻ろう。男がどう醜かったのか、ということ以外にも乱歩が書いていないことがある。それは椅子に座った女たちの反応だ。大勢の中の一人くらい、この椅子変じゃない?と思ってもよさそうなものなのに、それがない。人間が一人入ってしまうほどの大きさからだろう、ここは西洋人向けのホテルという設定になっている。だから座るのは欧米の女たちだ。まさか乱歩は西洋の女の反応など恐ろしくて、あるいは見当もつかなくて書けなかったわけではないだろう。「うら若い異国の乙女」が男の膝の上でカラダをどうよじったか、どんなふうに楽しそうに跳ねていたかについては嬉々として書いている。ならば、これは奇想天外な話なのだから、女の反応などという現実的なことを書くと空想の世界が壊れるから書かなかったのか・・・というと、これまたそうでもない。だって乱歩は男の食事や排泄というナマな現実は、読者が疑問を持たない程度にちゃんと書いている。(「ある用途のために大きなゴムの袋を備えつけた」と書かれているところでは吹き出してしまった)。つまり乱歩は男の生理についてはそれなりに考えてやっているのに、女についてはゼロ。要するにこの小説の中で女は、醜男が惚れてしまった作家でさえも、知性や感性を持ち合わせていないカラダという物体なのね。このことは乱歩のみならず椅子職人の女性観でもあるわけで、こんな一方的で身勝手で思い込みの激しい陰湿なヤツ、もともと美形だったとしても金持ちだったとしても、モテるわけないだろうが!

さてと。死んだ作家をひっぱたいても仕方がない。問題は、今上演するとヤバイことになりかねない要素を含んだ作品を、それでも面白いからやってみようという時、どうするかだよね。ゼロ年代の青年である鈴木には、乱歩作品のこの危うさがよーく分かっていたんだと思う(そう願いたい)。だから彼は、泥棒にも三分の道理じゃないけれど、椅子職人にも純粋なところはあったよ、という方向へ持って行ったんだろう。でもそれだと乱歩の毒を薄め、偏見を取り払い、ご都合主義に目をつむることになる。それほど親切にしてやった結果が、言葉と身体の齟齬だったりしたら、こんな馬鹿馬鹿しい話ってないよね。だったら親切にするのはやめて、いっそのこと乱歩の欠陥を逆手に取ってみたらどうなんだろう。彼が気にもしなかった椅子の上の女たちを描いてみるとか。この椅子気持ち悪いわねえと思って連れの男と場所を交換した女がいたかもしれないし、電動マッサージ椅子がわりに利用した女がいたかもしれない。そうすれば乱歩を超えられるし、観客は鈴木史朗が女を演じるのも観ることができるわけで、一挙両得じゃん。うん、それ、ぜひ観てみたい!
(「劇評を書くセミナー」2008春季コース 自由課題作品)
(初出:「マガジン・ワンダーランド」第103号、2008年9月3日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
芦沢みどり(あしざわ・みどり)
1945年9月中国・天津市生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。1982年から主としてイギリス現代劇の戯曲翻訳を始める。主な舞台「リタの教育」(ウィリー・ラッセル)、「マイシスター・イン・ディス・ハウス」(ウェンディー・ケッセルマン)、「ビューティークイーン・オブ・リーナン」および「ロンサム・ウェスト」(マーティン・マクドナー)、「フェイドラの恋」(サラ・ケイン)ほか。2006年から演劇集団・円所属。
・wonderland掲載劇評一覧 :http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/ashizawa-midori/

【上演記録】
A.C.O.A.「共生の彼方へIII-人間椅子」演劇フェスティバルSENTIVAL!参加作品
atelier SENTIO(2008年6月26日-29日)

原作 : 江戸川乱歩
構成・演出・出演 : 鈴木史朗
http://www.acoa.jp/(A.C.O.A.)

「トーク!」開催 27日19:00の回、終演後


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です