ピエール・リガル「プ・レ・ス」(第1回)

◎「寛容のオルギア」があぶり出したのは コンテンポラリー・ダンスは今
 堤広志

●まずはヤン・ファーブル『寛容のオルギア』評判記

 「今どきのコンテンポラリー・ダンスはどうなっているの?!」。最近こうした質問をよく受ける。実は本稿も同様の執筆依頼による。そのため、本題であるビエール・リガル振付・出演『プ・レ・ス』(※1)の舞台評に入る前に、その前提となっている「今どきのコンテンポラリー・ダンス」をわかりやすく把握できるような例示と概説に大半を割くことにした。また長話になるが、お付き合い願いたい。

 例えば、初夏に来日したヤン・ファーブルの『寛容のオルギア』(2009年6/26-28@彩の国さいたま芸術劇場)についても、いろいろな人からよく意見や感想を求められる。話題の公演に接して感想等を言い合うことはダンス関係者の間ではよくあることなので、私も批評家仲間(演劇も含む)に聞いてみたりする。すると評価が真っ二つに分かれていて、かなり面白いことになっている。

 整理をすると、大きく2つの傾向に大別できるように思う。まず、演劇を専門とする評論家には得てして好評のようである。グローバル経済に依存して生きざるを得ない現代人の無自覚な暴力性を、モンティ・パイソン風の毒の効いた笑いで痛烈に批判していくさまは圧巻だし、ラスト近くにはその風刺の矛先を観客や劇場制度、さらには自分たち自身へも向けていく。テーマが明確であり、趣向も凝っている。ストレートに理解がしやすく、構成にも破綻がない。だから、定められた目標に向かって徹底したパフォーマンスを展開していく出演者たちの演技は、賞賛に値するものと映るだろう。

 ところが、舞踊評論家の多くからはあまり芳しい評判は聞かない。おそらく、はじめから理に落ちてしまうところがつまらないのだろうし、そこにアーティスト独自の身体観やダンス的ムーヴメントを見いだすことができないため、「ダンス」としては評価がしにくいのだろう。また、消費文化を謳歌する現代人の姿を戯画化したキャラクターに扮して、出演者たちが政治的または性的な役割を過剰に演じ通してみせることは、単なる代理表象としか受け取られないのかもしれない。

 この作品に限らず、コンテンポラリーダンスを熱心に観ている舞踊評論家には、役という代理表象を演じること自体が前時代的な表現と受け止められ、同時代(=コンテンポラリー)な表現としては共感できないとする感性が強く働くようである。クラシック・バレエからモダン・ダンス、ポストモダン・ダンスを経て、コンテンポラリー・ダンスへと発展してきたダンスの系譜は、西洋絵画の進展と同様に、表象から手法、あるいはコンセプトへと展開してきた。芸術進化の最前線では、感情移入の対象としての代理表象など、とても古臭い表現様式であり、ものの見方であると一蹴されてしまうのである。

 ましてや、虚構の物語を何度も再現して演じるために、伝統的で効果的なメソッドをトレーニングし習得していくことなど、もはや時代遅れでしかないと言わんばかりである。大仰なジェスチャーやパントマイム的な動きなどの物語的要素が一瞬でも発見されれば、その舞台全体が「演劇的でつまらないもの」との批判にさらされることになる。コンテンポラリー・ダンスの批評家は代理表象の臭いが感じ取られた時点で、それを作者の主観的な美意識や問題提議の一方的な強要と感じ、独自の自由な解釈や思考が制約を受けることを恐れる。そして即座に(おそらく無意識的に)、検討する余地のない作品として烙印を押し、批評の俎上から排除してしまう。

 コンテンポラリー・ダンスの世界においては、おそらくはこうした理由から、極力物語性のない作品が尊ばれ、とかく「リアル」であることが要求され、いきおいヘタうま的なダンスとか、その場限りの即興パフォーマンスとか、一発芸的な「ネタ」が無条件に賞揚されがちになる。ノー・テクニックもしくはアンチ・テクニックな取り組み、あるいはサイト・スペシフィックなロケーションが評価されるのも、こうした流れの中にある。

 舞踊評論家の中でもバレエを専門とする人ならば、代理表象も演技も表現として評価できよう。というより、そうしたフィクショナルなドラマ的要素を評価できなければ、バレエは単なる容姿や技術の品評会になってしまう。あるいは特定のスターダンサーへの憧憬や観客個人のフェティシズムを満足させるだけの饗宴でしかなくなってしまう。それゆえ評論も自ずとダンサーへの讃辞を書き連ねたものとなるだろう。

 だが、たとえ代理表象に肯定的なバレエの評論家であったとしても、今回のファーブルの舞台は評価し難いものかもしれない。マスターベーションを競い合う露骨な性描写を冒頭から展開するような過激でお下劣なパフォーマンスは、ファンタジックで耽美的なロマンスを尊ぶ多くのバレエ評論家からすれば、品性の問題からとても受け入れ難いに違いない。

●アーティストの本質を見極めるということ

 ともあれ、上記2つの傾向とは別に、さらに突っ込んだ見方もある。それは、ファーブルの舞台には期待を持って接するけれども、結果として納得がいかないというものである。これはつまり総論賛成・各論反対のような立場だ。ファーブルの才能を高く評価し、モンティ・パイソンも好きだけれども、それゆえに期待を裏切られた、あるいは物足りないという、かなりこだわりの強い人のそれである。例えば、冒頭のマスターベーションの訓練シーンも、どうせやるのなら本当に“事”を致さねば意味がないだろうという意見がある。

 これには一理ある。というのも、ファーブルの舞台ではそうしたことを実践することの方が、むしろ「自然」と考えられるからだ。ファーブルが2005年にアヴィニヨン演劇祭のアソシエート・アーティストとして招かれた際には、実際にマスターベーションや放尿をして見せる「挑発的」なパフォーマンスで物議を醸したという(※2)。ただし、それは決して露悪的なセンセーショナリズムでも奇を衒った売名行為でもなく、アーティスト自身が表現すべきテーマや衝動を見定めた上で、必要に駆られて敢行する表現なのだろう。そして、出演者たちもそんなファーブルの美学を理解した上で「本番」の行為に臨んでいるのだと思う。それゆえにファーブルは表現の極北で矢面に立ち、果敢に闘うパフォーマーのことを「美の戦士」と呼ぶのである。

 そもそもはファーブルは、自然や身体に対する執着が尋常ではないアーティストである。1958年ベルギーのアントワープ生まれた彼は、20歳を過ぎた時に初めて自分の曾祖父が『ファーブル昆虫記』を書いた自然学者ジャン・アンリ・ファーブルであると知る。そして、昆虫記に出てくる「青の時間」という言葉にいたく感動した。それは「夜の動物たちが静まり、昼の動物たちが目をさます、その間の静寂――青の時間」という一節で、夜行性の動物が眠りにつき、昼間に活動する動物が目覚める、生と死の交錯する崇高な薄明の一瞬を指す。ちなみに、ミクニヤナイハラ・プロジェクト『青ノ鳥』も、この「青の時間」やヤン・ファーブルの表現に少なからずインスパイアされた作品のようである。

 アーティスト活動の最初期、70年代末にファーブルは自宅前にテントを張って住み込むパフォーマンスを実行している(※3)。ミミズや昆虫を捕まえては「フランケンシュタイン博士みたいな研究」をし、自分の嗅覚が敏感になったと感じて以来、身体を深く考察するようになる。81年の『Bicアート・ルーム』では、ギャラリーで三日三晩を過ごすパフォーマンスを敢行。「72時間監獄にいるようだった」と語っているが、そこまでして表現したいものが彼の中にはあったのだろう。Bicボールペンによる青色の描線で、ただひたすら紙面や壁面を埋め尽くしていった。このドローイングは後に「青の時間」シリーズとして彼の代名詞にもなっていくが、それを始めたのも「紙の上を歩く昆虫の足跡をなぞったことがきっかけだっだ」という。

 その後も、タマムシとかカナブンとかコガネムシといった無数の甲虫の屍骸を素材としたドレスや彫刻、インスタレーションなどを発表している。何の予備知識もなければ、それらは単にキモイ作品にしか思われないかもしれない。だが、彼が「自然」を素材・題材として「身体」を探求するアーティストであり、人間を昆虫や動物と等価に捉えているのだと知れば、とても理解はしやすいはずだ。硬い甲殻の内側に体液を循環させている昆虫と同様に、人間の皮膚の下にも血液や体液が流れている。排泄水や分泌液が体外に放出されるのも、至って「自然」な現象と考えているのではないだろうか。だから舞台では、そうした自然現象をあらためて再提示しているに過ぎないとも考えられる。

 こうして見ると、「本番」の行為をする・しないといった差異に、表現上の真実味や説得力を見いだそうとすることは、至極真っ当な見方だと思われる。それはアーティスト本来の才能や作品の企図を十分に理解した上での批判といえるからである。しかし、「公序良俗」を尊ぶ日本の興行界(特に公共ホール)において、そうした「本番」をそのまま上演することは現実的に考えても極めて難しい問題だろう。また、実際にそれを望む観客も少数派なのではないかと思われる(ちょうど2005年のアヴィニヨンがそうであったように)。

 なお、これは私の憶測に過ぎないのだが、それだからこそファーブルは『寛容のオルギア』では、あえて「本番」的なパフォーマンスは封じ手として、逆にパロディ・コントのような創作に取り組んだのではないだろうか。つまり、前作で「本番」を実践することへの批判や非難があまりにも激しかったために、その問題の本質を解明してみせることをテーマとしたのではないだろうか。アートを品良く消費しようとするスノッブな観客たちへ向けて、楽屋オチ的なネタも含めてギャグにまぶして徹底的に叩きのめそうとした、いわばアヴィニヨンの報復戦であり、極めて知的かつ巧妙に仕組まれたバックラッシュ(反動・反発)だったとは言えないだろうか。もしそうだとするならば、私はそこにファーブルのアーティストとしての荒ぶる魂を感じざるを得ないのである。

♯♯註
※1)ビエール・リガル振付・出演『プ・レ・ス』は、2009年6月13-14日静岡芸術劇場で公演。
http://www.spac.or.jp/09_spring/
※2)2003年の開催が中止となったフランスのアヴィニョン演劇祭は、04年から毎年違ったアソシエート・アーティストを起用する新しいスタイルとなった。04年の第58回にはドイツのトーマス・オスターマイアーが、05年の第59回にはベルギーのヤン・ファーブルが迎えられ、「創造と発見のフェスティバル」として意欲的なプログラムを実施して「新生アヴィニョン」をアピールした。05年のファーブル作品は、『涙の歴史』 (7/8-13@法王庁宮殿中庭) 、『わたしは血』 (7/15-17@法王庁宮殿中庭)、『喪失の皇帝』『盗作の王』(7/25-27@アヴィニョン市立劇場)といった新旧のパフォーマンスに加え、展覧会も企画されるなど、会期中の3週間いつでもファーブル作品が見られる状況となった。しかし、一方ではコンテンポラリーダンスではなくもっと古典劇や現代演劇が見たいという観客の不満も強くあり、ファーブルの「挑発的」な表現を非難する、いわゆる「アヴィニョン論争」が巻き起こった。
※3)この段落の「」書きの部分は、トークショー「talk・talk・talk/NINAGAWA『千の目(まなざし)』」でゲストに招かれたヤン・ファーブル自身のコメントによる(2006年6/29@彩の国さいたま芸術劇場・小ホール)。なお、ファーブルの初期のアート活動については、『JAN FABRE ヤン・ファーブルとの対話』(二瓶優子訳/1994年ペヨトル工房刊)を参照として執筆した拙稿「ヤン・ファーブル『わたしは血』」(「TOKION」No.56:2007年2月号)から抜粋している。
(初出:マガジン・ワンダーランド第150号[まぐまぐ! melma!]、2009年7月29日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
 堤広志(つつみ・ひろし)
 1966年川崎市生まれ。文化学院文学科演劇コース卒。編集者/演劇・舞踊ジャーナリスト。美術誌「art vision」、「演劇ぶっく」「せりふの時代」編集を経て、現在パフォーミングアーツマガジン「Bacchus」編集発行人。編書は「空飛ぶ雲の上団五郎一座『アチャラカ再誕生』」(論創社)、「現代ドイツのパフォーミングアーツ」(三元社)。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tsutsumi-hiroshi/

【上演記録】
▽「プ・レ・ス」(Shizuoka春の芸術祭2009)
静岡芸術劇場(2009年6月13日-14日)
振付・出演:ピエール・リガル(カンパニー・デルニエール・ミニュート)
音楽:ニール・ボルデュール
上演時間:60分

製作:カンパニー・デルニエール・ミニュート、ゲイト・シアター(ロンドン)
共同製作:ランコントル・アンテルナシヨナル・ドゥ・セーヌ=サン=ドゥニ、テアトル・ガロンヌ(トゥールーズ)
助成:DRACミディ=ピレネー、トゥールーズ市、オート=ガロンヌ県議会、キュルチュールフランス=トゥールーズ市助成協定
協賛:キュルチュールフランス、フランス大使館、エールフランス航空、
協力:東京日仏学院

▽ヤン・ファーブル『寛容のオルギア Orgy of Tolerance』(2009年1月初演)
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール(2009年6月26日-28日)
演出・振付・舞台美術: ヤン・ファーブル
出演:ダンサー、ミュージシャン、俳優10名(予定)
料金:S席7,000円(メンバーズ6,300円)A席5,000円(4,500円)学生A席(3,000円)


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