サスペンデッズ「夜と森のミュンヒハウゼン」

◎鬱蒼とした森の物語 現実との交錯、衝撃と叙情と
三橋 曉

「夜と森のミュンヒハウゼン」公演チラシまるでゲームの話をするみたいだが、三鷹市芸術文化センターの星のホールと聞くと、ついつい攻略法という言葉を思い浮かべてしまう私。素人目にも、この劇場はそれくらい使い難そうだ。そもそもは、市民のサークルや生涯学習の発表を念頭において設計されたのだろう、ゆったりとした座席と舞台の配置になっているが、しかし小さなお芝居をやるには、その空間が無駄に広過ぎるのだ。

にもかかわらず、このホールは東京圏における注目の公演が次から次へと掛かる。運営スタッフの選球眼の良さには敬服するほかないが、しかし、どこも決まってこの空間をどう制圧するかという厄介な課題に頭を悩ますと聞く。

一方、手ごわいホールをどう使いこなすかは、そのカンパニーの技量を測る物差しにもなるわけで、それぞれが繰り出す創意工夫や苦心のアイデアには、はっとさせられることも少なくない。最近では、このだだっ広さを逆手にとって、イギリスの古典的なミステリにでも登場しそうな大邸宅をパースペクティブに出現させたパラドックス定数の「五人の執事」にいたく感心させられた。客席を追いやり、ホールをほとんど丸ごと舞台にしてしまうという逆転の発想は、見事というほかなかった。

しかし、その驚きもさめやらぬうちに、再び星のホールをここまで使いこなす芝居と出会うことになろうとは。今回が7回目の公演となる早船聡ひきいるサスペンデッズの新作『夜と森のミュンヒハウゼン』である。(以下、ネタバレもあります。ご容赦を)

ロビーから客席扉をくぐり、劇場空間に足を一歩踏み入れた途端に、観客は自分が鬱蒼とした木立の中にいることを発見する。草木を踏み分けるようにして、月明かりの下にも似た薄暗闇の中を、足許を確かめながら彼方に見える客席を目指して歩かされるのだ。

当日配られたパンフによれば、作者の早船聡の中には、そもそも星のホールのイメージとして「森」があったという。そんな劇場の印象を具現化した舞台美術は、作品の物語世界とも見事にシンクロし、観客を日常から一瞬にして別の世界へと連れ去ってしまう。欲ばりであっぱれなこのホールの攻略法といっていいだろう。

そして、物語が始まる。深い深い森の中。そこで動物たちは、人間と同様に日々の営みの中で暮らしている。旅行用のスーツケースを引っぱり、そこに迷い込んできたアユミ(石村みか)は、書店員なのに医者もやっている金田という男(富沢たかし)と出会う。彼女が看護師だということを知り、往診の途中だという金田は、ちょっと強引に同道を求める。怪訝に思いながらも、金田とともに森の奥の一軒家へと向かうアユミ。

そこには、病弱な少女のサキ(高畑こと美)が、彼女を暖かく見守る兄のクロ(佐藤銀平)とともに、ひと目を忍ぶように暮らしていた。しかし、サキはこのところ、兄の優しさには感謝しつつも、森の退屈な毎日に飽き飽きしていた。いつか動物たちの医者になることを夢見る彼女は、現実に医療の現場で働くアユミの中に自分の将来の姿を見つけ、この森を出たいという気持ちを新たにする。そんな折、一軒家を訪ねてきた森の住人のひとり奥田(佐野洋一)が、クロのもとに厄介な相談を持ち込んでくる。

先に書いたように、巧妙な舞台装置により、われわれ観客もまた自らが森の奥深くにいることを意識させられるわけだが、さらには縦長のシルクハットのようなものを被った世話焼きな馬や寂しがり屋の兎などが次々と登場するお話の幕開きに、ちょっと怪訝な思いにとらわれる観客は少なくないだろう。実は、わたしもそのひとりだった。というのも、『夜と森のミュンヒハウゼン』は、これまでわたしが観てきたサスペンデッズ(そして早船聡の)の芝居とは、まったく異なる質感の作品だからだ。

「夜と森のミュンヒハウゼン」公演
【写真は「夜と森のミュンヒハウゼン」公演から 撮影=渡辺大祐 提供=サスペンデッズ 禁無断転載】

サスペンデッズは、円の演劇研修所を卒業した早船聡が、2005年に研修所同期の仲間たちと旗揚げしたカンパニーで、ネットでの評判を聞きつけ、私は最初に2008年6月の新国立劇場の「シリーズ・同時代」の3作品連続公演に足を運んだ。脚本を早船聡が書き下ろし、文学座の松本祐子が演出した『鳥瞰図-ちょうかんず-』は、東京近郊の港町を舞台に、船宿をやっている家族の三世代にわたる一家の歴史をふりかえるひと夏の物語だった。

以降、サスペンデッズとしての同年8月の第5回公演『MOTION & CONTROL』@下北沢OFF・OFFシアター、翌2009年1月の第6回公演『片手の鳴る音』@シアタートラムと観たが、いずれも『鳥瞰図』と同様に、人間関係の愛憎と葛藤を濃密に描きながら、ありがちな日常を見つめる軽妙さと、人情喜劇を思わせる穏やかな温かさがあって、それがサスペンデッズの、そして早船聡のスタイルとして定着しているかに見えた。

しかし、である。(わずか3作しか見ていない身なので、言い切るにはいささか心許ないのだが、)今回の『夜と森のミュンヒハウゼン』の世界は、明らかにこれまでの早船作品とは次元が異なる。リアリズムに対するファンタジーとでもいったらいいだろうか。動物たちが互いに話を交わし、その森の奥では兄と妹がたったふたりで暮らしているというこの現実離れしたシチュエーションをつきつけられたわたしは、戸惑い、すっかり煙に巻かれてしまったのだ。
物語の話を続けると、昔は平和だった森の中で、ここのところ無差別な殺戮が行われていて、犯人はホワイトソックスと呼ばれる狐(伊藤総)であることが判っている。ネットで殺人依頼や不穏なやりとりを交わしたり、「本人のために殺してやった」などとうそぶいたり。ホワイトソックスには同情すべき親からの虐待を受けた不幸な少年時代があったが、彼が兎のバニー(冠野智美)を殺したことで、森の秩序を破壊する彼に我慢できなくなった動物たちは、クロと相談し、ある思い切った計画を実行に移そうとする。

戸惑いが期待感に変わっていくのは、この異次元のファンタジーに、現実の世界が割り込んでいく途中からの重層的な展開だ。病院の小児病棟で働いていたアユミは、あるとき患者の父親に恋をするが、不倫の関係が次第に彼女を蝕み、ついには居場所のなくなった病院をあとにする。この夢と現実が並行するまどろみのような展開の中で、なぜアユミが森に迷いこんだかが説明され、同時に病院の裏に広がる樹海のようなこの森のなかで、かつて残虐な少女誘拐殺人事件があったことが観客に知らされる。そしてまさにその瞬間、積み上げられてきたいくつもの不可解な謎が、一瞬にして解き明かされるのだ。

この瞬間の衝撃は、なんともすさまじい。少女サキの正体が浮かび上がり、彼女もまたアユミと同じく、自らの道を見失い、森をさ迷う者であったことが観客に明かされる。かくして、ふたりの女性はそれぞれに進むべき道を見つけ、手に手をとりあって森を出ていく決心をするが、このエンディングへと至る一瞬ではあるが劇的な展開は感動的で、観る者の心をうたずにはおかない。

鬱蒼とした森は、すなわちわれわれが暮らしている現実のこの世界の喩えであり、罪のない者たちが犠牲になる事件が相次ぐ森の殺伐とした空気は、今まさに朽ちかけようとしているわれわれの現実社会の日常のものであることに観客が気づくのは、さらに幕が降りたあとかもしれない。種明かしが遅すぎるというそしりもあるかもしれないが、謎解きを小出しにしてしまっては、伏線を活かすこともできないだろうし、クライマックスの衝撃も生まれない。そして何より、幕切れの余韻が叙情を生むこともなかったろう。積み上げられた謎が飽和点に達するまで観客を辛抱に付き合わせる粘りの物語づくりが、見事に実を結んでいると思う。

「ミュンヒハウゼン」とは、患者の語る荒唐無稽な物語をさす精神医学の用語らしいが、そのタイトルさながらの深い森を旅した末に、観客はどうしようもない現実の苛酷さを知り、自分またそんな社会に身を置く一員であることを思い起こさざるをえない。しかし、数奇な運命の物語を語りつつも、作者はあくまで未来に希望の灯りをともすことを決して忘れない。深い余韻と心地よい後味をかみ締めながら、観客は劇場をあとにするに違いない。この芝居を観て、つくづくよかったと思いながら。

すでにウェルメイドで、地に足のついた台詞劇には定評のあった早船聡だが、今回の『夜と森のミュンヒハウゼン』におけるファンタスティックな世界への越境によって、新たな扉を見つけたのではないか。その扉の向こう側に、次はどのような世界が待ち受けるのか、早船聡とサスペンデッズからは、またしばらく目が離せない。
(初出:マガジン・ワンダーランド第160号[まぐまぐ!, melma!]、2009年10月7日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
三橋 曉(みつはしあきら)1955年、東京都生まれ。ミステリ・コラムニスト。「本の雑誌」「波」「ミステリマガジン」「このミステリーがすごい」「新刊展望」「週刊現代」他に書評コラムや映画評を執筆中。共著書に「海外ミステリー事典」(新潮社)など。書評ブログ「ミステリ読みのミステリ知らず」更新中。

【上演記録】
サスペンデッズ第7回公演『夜と森のミュンヒハウゼン』(Mitaka”Next”Selection 10th参加作品)
三鷹市芸術文化センター 星のホール(2009年9月11日-20日)

作・演出 早船聡
出演 伊藤総、佐藤銀平、佐野陽一、富沢たかし、冠野智美、高畑こと美、石村みか
チケット 前売2,500円 当日3,000円 全席自由


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