三条会「S高原から」

◎恋愛、「いざ、生きめやも。」
杵渕里果

三条会「S高原から」公演チラシ高校の、教室にあるような生徒用の机が、十卓ほど、スズナリの狭い舞台に並んでいた。
学生服の男優四人と、セーラー服ではないが黒ワンピース、喪服の女優が入場し、着席する。
と、この教室の先生なのか、カジュアルな服装の、ひときわ背の高い男優が来て、平田オリザ『S高原』、冒頭のト書きを読み始める。
彼は、「上手」「下手」を、舞台の前と奥、つまり教室の前後の出入り口にふりわけた。先生が合図を送ると、学生服の男優たちはノートを開き、滑らかなセリフを朗読の身振りで、演じ始めた。

『S高原』は、平田オリザの91年の戯曲。舞台設定は、高原のサナトリウムの面会室だ。『魔の山』『風立ちぬ』の文学作品を参照している。夏休み時期の療養所。男性の入院患者三人に、都会から恋人や友達が面会しにくる。その会話から、彼らの病状が深刻さが、ぼんやり浮かび上がる物語だ。
リアリズムの戯曲なので、患者役の衣装はパジャマ姿、ジャージ。室内の椅子は長椅子と、指定してある。
これを教室・学生服で、というのが、今回の三条会、関美能留の演出である。
三条会は97年旗揚げした、千葉市が拠点の劇団だ。01年、関は利賀演出家コンクールで最優秀演出家賞を受賞。そのときのテキスト、武田泰淳『ひかりごけ』は、この授業風景のような朗読劇で仕掛けていたという。

学校の教室。それは不思議な空間だ。
教室ではたくさんの生徒が教科書を開き、ときに音読もする。だが「生徒」とは「教化」される途上の未熟な身分なので、教科書の内容を正しく汲み取れたのか、どの程度把握できたのか、常に疑われている。生徒は、たとえ教科書を音読できても、その内容を読みとる知性は、信じてもらえない。
教室での読み手・生徒とは、読む権威からの落ちこぼれだ。教室で「教科書」を開くと、試験に出る箇所をさがし、明日の不安を思い出し、放課後の用事を数え、あらぬことを連想し、テキストに耽溺するよりは白昼夢に覆われるのが、教室かもしれない。
三条会の教室風景の再現は、この、教科書から白昼夢がわきでるような、戯れた読み方を思い出させる。

『S高原』を読み進む教室に、白衣の看護士が登場する。セリフを続ける男子学生の回りを、楽しそうにくるくる歩く。
手には、小さい鎌。どうも、誰かを切りたがっている。生徒たちは、あわてて机の下にもぐる。隠れた机に、看護士は鎌を突き立てる。
どうも、<死神>らしい。
もう一人、男の看護士もいる。彼の白衣は、天使の羽が付いている。<死の天使>かもしれない。
看護士ふたりの上に、院長もいる。彼はセリフの合間、笛だのラッパだのを吹いてみせる、という演出。<大天使>だろうか。
戯曲『S高原』には、もともと看護士二人と院長先生の役があり、そのセリフを、<死神><天使><大天使>の風体で分担している。

・・・・・

だいぶ前のことだ。
平田オリザ演出、青年団『S高原』を観ながら、患者たちがどういう病気で療養しているのか、わからなくなった覚えがある。
どうも、結核ではないようだ。「人にうつる病気でもないですからね」と院長がいう。症状はというと、

「元気よすぎんだよ、ここの人たち…そいで、ころっと死んじゃうの」
「元気そうにしてるけど、けっこう、ときどきしんどそうなんですよね」
「検査だ検査だってはしゃいでたら、そのまま、死んじゃったんだって」
「この人とがもうちょっと、死にそうな感じなら、付き添いで看病とかするんですけど」

元気だ元気だと、繰り返す。だから俳優が気だるい身振りをしていても、元気そうにみえてしまう。
もちろん、だれも、咳込まない。ほかの入院患者の咳や血痰の噂さえ、一切ない。伝染性でもなく、元気に見え、それでいて「ころっと」急に死ぬ病気らしい。なんの病気だろう。
サナトリウムも、不思議な仕組みである。
「基本的にここは療養所ですから、退院は本人の自由意志です」と院長。でも「退院するのはね、慎重にしないと。東京戻って、すぐ悪くなったんじゃ困るでしょ」、と引き止める。
「ここでは寝れば寝るほど誉められるんだ」、と患者は言う。面会室でうとうとする患者もいるが、さして咎められない。
何をやっても突然「ころっと」死ぬというが、でも病状は、予測不可能でもないらしい。「知らないと思うよ。宣告契約してないはずだから」。余命についての「宣告契約」制度があるのだ。
矛盾の多い病気だ。
患者たちは、小説『風立ちぬ』を話題にする。
「ここ来てすぐに、読んだんだよ、なんか参考になるかと思って…全然、参考にならなかった」
青年団『S高原』は、リアルな演劇のようでいて、病気療養の参考にはなるまい―。

三条会の舞台は、戯曲『S高原』がはらむ不思議さに、いまいちどつきあうのにちょうどよかった。
なにしろ看護士や医師が、<死神>や<大天使>だ。「S高原」が、「天国」にみえる。
でも、<死神>が鎌をふるのは、患者ではない。面会人のほうなのだ。
ある面会人は、男性患者と婚約していた。彼女は、彼の療養生活を待ちきれず、別れを告げにきていた。患者を残して面会室の出口にきたとき、彼女は<死神>の鎌で、床に倒れ、動かなくなる。
別の面会人は、やはり婚約者である患者を退院させ、親に会わせるつもりでいた。彼女も帰り際、やはり<死神>に遭ってしまう。
面会人を倒すたび、<死神>看護士は、院長と親指を立て、笑みを交わす。
天国か地獄か、死の国「S高原」。
「S高原」なる場所が、あやしいのではないか、と思えてくる。患者たちは<死神>や<大天使>に捕らえただけで、実は病気ではないのではないか。
「元気よすぎんだよ、ここの人たち…そいで、ころっと死んじゃうの」
考えてみれば、誰でもそうだ。
病気であろうとなかろうと、誰がいつ死ぬか、わからない。元気な面会人が、先に「ころっと」死神にやられても、おかしくはない。あした交通事故で死んだかもしれない。
たとえば占い師に、いくぶん少なめな寿命を予測されただけで、落ち込む人がいるように、「S高原」の患者は、医者・<大天使>に、命の持つ不安さを、つきつけられただけかもしれない。
死の可能性に急に気がつき、不安にとりつかれて、療養生活が必要になったのが、「S高原」の患者かもしれない。
「S高原」の患者の恋愛は、つぎつぎ壊れていく。
「一般論としてですけど、例えば婚約とかしててね、あと一年で死ぬっていうの判ってて結婚しちゃって、何か詐欺ですよね」
患者たちは、「離れていると、なかなか難しいんじゃないか」とブツブツ話しこむ。
しかし、「離れている」からというより、「死ぬっていうの判っ」たので、「難し」くなったようにみえる。「婚約とかして」た恋愛ならとくに、「死ぬ」可能性が見えたとたん、将来の目算がたたなくなり、「難し」くなるだろう。
ところが皮肉なことに、面会人のほうが先に<死神>に遭ってしまうのだ。
今回、三条会は、病気の不安さではなく、命に本来ある不安さを、みせてくれた。

ところで、鎌の餌食にならない者もいる。
「風立ちぬ兄妹」。患者たちにそう噂される、療養中の妹と、その看病を五年も続けている兄だ。
この兄は、セリフが少ない。舞台である面会室には、妹の居場所を尋ねに現れるくらいで、出番が殆どない。
しかし、ある面会人が目撃してしまう。
「すげえんだよ…風立ちぬ兄妹」
「抱き合ってんの…もうちょっとでキスしそうな感じ」
三条会では、最初にト書きを読んだ教員風の男が、この兄を演じた。
彼は、登場するや、すぐ女生徒の席の前に立ち、ト書きを読みおわると、腰をこごめ、女生徒と顔をよせあい、二人、ニコニコ、ひたすら見つめあいはじめた。
セリフがまわってくる中盤まで、彼らは顔を近寄せる姿勢で、ただ微笑みを交わし、うれしそうにしていた。
いかにも、恋をしている風情。
ほかの患者と面会人が、つぎつぎ恋を終わりに向かわせているのをよそに、「風立ちぬ兄妹」は燃え上がっている。
そういえば、妹は病身だ。性行為は難しいだろう。彼女は、相手が兄でなくとも、兄のように愛するほかない。
また兄妹では、「婚約とか」しようがない。所謂”ふたりの将来”といった、着実な計画はたてようもない。死の可能性が、恋路を邪魔するより、行き場のなさを煽りそうだ。
そんな条件のなか、彼らは長年、静かに、ニコニコ見つめ合ってきたのかもしれない。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」
堀辰雄、「めやも」の意味を、患者たちは、さかんに議論する。
文法と文脈をてらすと、「いざ、生きまい」、「いざ生きよう」、解釈がつけられない奇妙な文章だという。それでいながら『風立ちぬ』の名文句として人口に膾炙した、特殊なセンテンスだ。
三条会。ラストシーンでは、「風立ちぬ兄妹」が抱擁し、口づける。
その姿に向かって、ほかのキャスト全員が手にした花を差し向け、高原のお花畑のようなイメージをつくる。
「風立ちぬ兄妹」の恋愛は、特殊な高山植物のような、「S高原」にしか育たない愛情なのかもしれない。
戯曲どおりなら隠し味程度の、あるいは基調低音といった地味な出番の「風立ちぬ兄妹」なのだが、今回、たっぷり見物できた。
(初出:マガジン・ワンダーランド第177号、2010年2月10日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

この兄妹を演じたのは、榊原毅と大川潤子。ふたりとも、三条会の看板俳優。セリフは少なくともさすがの存在感で、上演中、この兄妹について繰り返し考えさせる『S高原』となった。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
思えば「風立ちぬ兄妹」、世間の法則に外れた恋だ。
文法狂いの、解釈しようのない、もどかしく気負った雰囲気の文章と、彼らは、よく似ている。

【筆者略歴】
杵渕里果(きねふち・りか)
1974年生れ。テレアポ。都内の演劇フリーぺーパー『テオロス』で劇評を始める。『シアターアーツ』も投稿あり。好きな劇団:少年王者舘、三条会、東京ミルクホール。好きな俳優:伊藤弘子、坂井香奈美(流山児事務所)、稲荷卓央(唐組)。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kinefuchi-rika/

【上演記録】
三条会『S高原から』
下北沢ザ・スズナリ(1月17日-18日)
作:平田オリザ
演出:関美能留

出演:大川潤子、榊原毅、立崎真紀子、橋口久男、中村岳人、渡部友一郎、江戸川卍丸(劇団上田)、桜内結う、山田裕子(第七劇場)、浅倉洋介(風琴工房)、大倉マヤ、小田さやか(Ort-d.d)、工藤真之介、近藤佑子、鈴木智香子(青年団)、永栄正顕
チケット料金:前売3,300円、当日3,500円、学生2,500円

スタッフ
舞台美術:石原敬
照明:岩城保
宣伝美術:京(kyo.designworks)
制作:久我晴子

助成:芸術文化基金、財団法人セゾン文化財団
主催:三条会


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください