連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第4回

||| アーティストと〈場所〉を繋ぎたい

-今までの話を聞いていて、ここは公演のための稽古場や環境を提供していると一言でいっても、たくさんの事業をして前に出ていると思います。その全体的なコンセプトというか戦略はあるのですか。

加藤 まず、発表施設ではないというのが大きなポイントとしてあります。そうすると、どこで公演をするかといったら、せっかく横浜という街にいるのだから、街そのものを劇場ととらえて、街がどのように見えるかということを一番に考えます。

-先ほどから言われていますが、急な坂スタジオというのはSTスポットや野毛シャーレなどと非常に密接に連携している。それは、小劇場同士が連携して活発な動きを見せているように外からは見えます。

加藤 そうですね。横浜市自体には劇場がいくつかあるのですが、今まで横の繋がりがなかった。もちろん、劇場同士ということで難しいのかもしれないですが、だったら私たちのようなところが間に入って、アーティストと場所を繋ごうと意識的にしています。

-加藤さんの年齢で、それだけいろいろなことに主導権をもってできているのは珍しいと思いますが、それができる条件とはなんでしょうか。

加藤 何でしょうか(笑)。たまたまといえばたまたまですが、STスポットにしても急な坂スタジオにしても、スタッフが同年代ばかりですから、年功序列ではないというのが、大きいと思います。あと横浜市としても、やりたいならやってくれてもかまわないといった感じがあります。だから、内部には上から何か言う人はいないです。演劇界にはいるのかもしれませんが…。あと、私の年齢がわからないというのもけっこう重要で、館長とかディレクターとか長がついていても、いくつかわからない(笑)。日本人の悪いところだと思いますが「長」がついていると偉い人だと思ってしまう。若いはずがない、と思うんですね。だから、ちゃんとこういうことは言った方がいいと思いますが、今私は30歳ですが、ディレクターだし、館長になったのは24歳でした。こういうことが普通に言えるような環境というものが、演劇界にあってしかるべきだと思う。そういう風通しのいい場所が劇場や文化施設なんじゃないかと思います。

-ただ、その風通しのよさということでいえば、STスポットなどの劇場規模の公演の場合、若手が多くなることはわかりますが、稽古場施設について考えると、演劇業界全体から見ると若い人が格段に優遇されている、と思う中堅世代より上の人たちはいるのではないでしょうか。

加藤 確かにいいなと思う人はいるみたいですね。ただ、急な坂を公募で利用してくださるカンパニーの世代はさまざまですし、それこそ有名な中堅以上のカンパニーさんもいます。スタジオのお客様としては、レジデントもそれ以外もケアは変わりません。

-では、今後のヴィジョンみたいなものはありますか。岡田利規さんや中野成樹さんはまだ若手と呼ばれる世代ですが、さらに下の世代も出てきています。

加藤 世代に対するこだわりはあまりないのですが、できれば若い世代を大事にしたいと思っています。これから先は、岡田さんや中野さんがかかった10年間をもっと短く乗り越えなくてはいけない状況になっていると思います。そのサポートをしたい。現状、今の若い人たちが一番経験していないことは、自分で自分のやる場所をきちんと決めないまま、公演だけを重ねていっているようにみえることです。自分が作った作品はどれくらいの空間で観客に見せるのがベストなのか。
 今、試しにやっているのが、彼らが実験できるように、2週間こもって作品を1本作ってもらうという企画です。作品が何となくできてきたら、お客さんを入れてショーイングをして、終演後にディスカッションをするというものです。そういうことを繰り返していくと、自分が何を思ってこの作品を作っていて、どんな場所で人に見てもらうのがいいか、追求できるようになるし、言葉に落とし込む訓練にもなる。舞台の上に作品をあげることだけが、ゴールではないという意識はもたないといけない。
 そこで、劇場ではない場所でこれはできると思ったら野外でやることもできるし、やはり劇場で上演するものだと思った時には、自分に一番フィットする劇場や劇場そのものの使い方にも慎重になると思う。そういうサポートこそ、稽古場がすべきだと思ってます。

-それは岡田利規さんが『三月の5日間』で売れた時でも、空間の感覚は維持していたことにも通じるものですね。

加藤 岡田さんは自分の作っている作品が、どれくらいのスペースで見てもらうのがいいのか、非常に考えていると思います。

-演出家というものは、その空間を演出する、構築するというのが仕事ですからね。少し前ですと採算性もよくなるから、劇場を大きくして観客をたくさん入れるということが成功の証みたいになってしまっていましたよね。

||| 劇場法(仮称)の多面性も見据えながら

-最後に、劇場法と芸術監督というものについて、どうお考えでしょうか?

加藤 うちは公共劇場ではないし、劇場法に距離はあるかな、という気がしています。でも、そもそもそこに距離ができていることがナンセンスだとも思うんです。芸術監督がいて、創造型の劇場でものが生まれる瞬間があるというのは、劇場だけが担う仕事ではないと思うからです。同じ考え方であれば、急な坂スタジオも劇場であって、それくらい受け入れる幅があれば法律としておもしろいものになるのではないでしょうか。
 あと、アーティスティックな責任をとる人がいることはとてもいいことだと思うのですが、ただ、どのような人がなるのが適任なのかは、よく考えないといけない。何でもかんでも芸術監督がいればいいのかというと、そういうわけにはいかない。おそらく、芸術監督が1人で地方の劇場に行っても残念なことしか起こらないのではないかと思う。演劇というのはチームで作るものだから、芸術監督のブレーンになる人をもっと育てた方がいいと思う。プロデューサーだったり、制作者であったり、技術のスタッフがいて、そこの連携がとれて、なおかつ場所を運営する能力があってはじめて、劇場は動くものだから、そこをよく考えないといけない。いいことと悪いことは、どうしても両面があると思うんです。みんなが納得するものというのは難しいでしょう。
 ただ、そのことについて話そうとする人がたくさんいるのは、とても重要だと思う。特に演出家がプロフェッショナルとして、自分の職業について、作品以外の場所で話す機会が環境として増えてきている。私は、演出家や俳優が、プロとして自分のやっていることを言える環境があればいいと思って、この仕事をしています。舞台芸術は特に、プロなのかアマなのか、つねにあやふやで誰がそれを決めているのかと思う。だから、その時に法律というものがルールとしてあって、演出家や俳優というものを職業として明確に見させることがあればいいと思います。

-ちょっと前には芸術監督よりもプロデューサーを、というような話もありましたが、チームで改革していかないと上手く機能しないということですね。

加藤 プロデューサー1人もよくないと思うんです。そのプロデューサーがいなくなったらできなくなることはかなりある気がしていて、そうならないためにもプロデューサーは常に集団で情報とスキルをシェアしないといけないと思う。もちろん、その人自身の人脈であったり、その人にしかできないことであったり、それはすごく重要なことだと思いますが、このままでは全体が底上げされない。もうちょっといろいろなところで、グループとして人が流動的に働けて、公共、民間問わず劇場同士がリンクするようになると、アーティストも仕事がしやすくなるのではないかと思います。

-今日は長時間ありがとうございました。

(10月2日、急な坂スタジオにて。聞き手 高橋宏幸、水牛健太郎、宮武葉子)
(初出:マガジン・ワンダーランド第215号、2010年11月10日発行。購読は登録ページから)

【略歴】
 加藤弓奈(かとう・ゆみな)
 1980年生まれ。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。2003年4月、大学卒業と同時にSTスポットに就職。2005年、館長に就任。2006年、急な坂スタジオ立ち上げに参加。2010年4月、急な坂スタジオ・ ディレクターに就任。

急な坂スタジオ〒220-0032 横浜市西区老松町26-1 旧老松会館 tel 045-250-5388

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