勅使川原三郎公演 「サブロ・フラグメンツ」

◎光のストライプに未来を託す
 田中伸子

勅使川原三郎ダンス公演「サブロ・フラグメンツ」チラシ ゴールデンウィーク中に川崎市アートセンター、アルテリオ小劇場で開催された勅使川原三郎ダンス公演「サブロ・フラグメンツ」は何とも贅沢、豊かで濃密な時間を提供してくれるアート体験であった。

 過去、四半世紀に渡り日本、さらには世界のコンテンポラリーダンス界を牽引し続けてきた勅使川原三郎による最新作「サブロ・フラグメンツ」。1988年に横浜、旧三菱倉庫で同名作品を発表しているので、再演ということにはなるのであろうが、その点に関して、本人は当日配布のパンフレットの冒頭でこのように語っている。

 「この小さな公演の内容を変更しようと考えたのは3月11日以降です。ダンス作品は、長年興味をもっている題材や日々にどのように生きているかという実感が、仲間と共に全力で行う稽古によって形になるものです。… 身体が出会う一日は「過去」からの関わりを自覚する。(抜粋)」

 つまり、ベースとなるものは既にあったものの、3月11日を機に作品が大きく様変わりしたというのだ。

 一瞬にして被災地のみならず、日本の将来に関する青写真への大幅修正を促した東日本大震災。かつてない事態に直面しているわれわれ日本人=観客へ、ダンスという身体表現を介して届けられるものとは何なのか、さらにこれからの一歩を踏み出すための指針となるような何かをダンスで呈示出来ないだろうか。そんなクリエイター勅使川原の胸中に湧いた新たな創造の火種から再出発し、今回の「今」への思いを配した断片(フラグメンツ)から成るダンスプログラムへと一新されたのであろうということは想像に難くない。

 ちなみに3月の地震発生当日、勅使川原自身はスイスのジュネーブで「オブセッション」を上演していた(昨春、渋谷のBunkamuraでも上演された)。

 近年、海外、主にヨーロッパでのツアーが活動スケジュールの核をなしている勅使川原。このところ行われた日本国内での勅使川原三郎の舞台と言えば、09年新宿新国立劇場での「鏡と音楽-Mirror and Music」、 昨年春、渋谷シアターコクーン、そして兵庫県立芸術文化センターで上演されたカンパニーソリスト佐東利穂子とのダンスデュオ「オブセッション Obsession」(初演は09年5月フランス、サンブリュー)、そして日本最大級の演劇祭フェスティバル/トーキョーのプログラムとして昨秋、池袋の東京芸術劇場で新作披露され絶賛を博した「SKINNERS-揮発するものへ捧げる」と、中/大劇場での大掛かりな作品が続いていた。

勅使川原三郎新作ダンス公演から
【写真は、勅使川原三郎「サブロ・フラグメンツ」公演から。
撮影=須藤崇規 提供=川崎市アートセンター】

 そこにあって今回の川崎のアルテリオ「小劇場」での公演。オペラグラスを用いるまでもなく、ダンサーの指先の緊張から細かい顔の表情、眉間の皺までもが見てとれる今回の上演形態は、今や世界演劇祭で引く手あまたである勅使川原のダンス、さらには彼と彼が率いるカンパニーKARASが一同に介したパフォーマンスを間近に目撃することの出来る、かなり貴重で贅沢な公演と言えるだろう。実際、照明を落とした暗がりでのパフォーマンスでは舞台との間で視界を遮るものがなく、小劇場のコンパクトな空間の中で90分間、勅使川原ワールドにすっかりと専心することが出来た。

 さらに言えば、1週間におよぶ(ダンス興行としては)ロングラン、こちらもダンスファンにとっては願ってもない贅沢な特別企画と言えるのではないだろうか。

 そんな企画もさることながら、その「贅沢」さ、は実際に作品を目にした瞬間からさらに実感することができる。

 潔いほどに何もない、黒い壁面のみの小劇場の空間に荘厳で清雅な「バッハ無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」が流れ出すと、薄暗がりの中に全身黒の衣装で勅使川原三郎が現れる。何か思い起こしているかのようにしばらく佇んだ後、暗がりの中へ消えていく。

 その後、再び浮かび上がった勅使川原は彼のお家芸とも言える切れ味のよい高速旋回、弛みのない小刻みなステップ、手足の流れるようなうねり、さらには身体全体のウェーブを繰り返す。その不規則でありながら淀みのない連続の動きは、あくまでもしなやかでフレキシブル。しかしながら、一方では、シャープな強靭さも併せ持っている。彼が舞台で描き出すイメージは、ある時は空を群れで移動する鳥の一群の飛行のようであり、そしてある時は海中を泳ぎ回る魚の群れのようにも見えて、そのスケールの大きさからは太古の地球の営みを想起させる。

 勅使川原の圧巻のソロに続いて登場するのが、96年以降勅使川原作品のミューズとして不可欠な存在となっている佐東利穂子。彼女は勅使川原の片腕として振り付け・演出助手を担当する傍ら、09年11月に今回の先駆けともなった川崎市アートセンター、アルテリオ小劇場での勅使川原演出による初のソロプログラム「SHE-彼女-」においては圧巻の存在感を示している。彼女=佐東利穂子の身体表現を読み解き、それ自体を作品化したこのソロパフォーマンスで佐東は多くのコンテンポラリーダンスファンを驚かせ、さらにはこの上なく魅了した。

 そんな彼女が踊り出した舞台上では、勅使川原から流れを引き継いだ佐東の旋回がますます一段と加速していた。長い手足が柳の枝のようにしなったかと思うと、さらなる高みへと伸びきりながら超高速旋回で空をきる。その鋭角的でキレのよい動きは春の訪れを告げる燕の飛翔のようだ。絶頂期にいるダンサーの自信に裏付けされた動きに眼を奪われる。

 次に、KARASの若手メンバー、鰐川枝里、加見理一、高木花文、山本奈々の面々が現れ、彼らの特権で強みでもある若さを前面におし出した、躍動感溢れるパフォーマンスを披露。有り余るパワーも若さゆえ、と言わんばかりに前出の二人の円熟したパフォーマンスとはひと味違ったエネルギーを外方へと放出させた舞台を展開する。

 その後、三者-勅使川原、佐東、若手4人-が代わる代わる登場しバッハの音楽にあわせ生命の息吹を、徐々にボルテージを上げながら演じ、高揚を表現し、足を踏みならし、高みへと上っていく。

 やがて、その高まりがピークに達したかと思うと、ダンサーの身体は激しく痙攣、そして弛緩し、ゆっくりとした覚醒を迎えた後に、やがて停止する。それまで激しく活動していた佐東の身体がステージの暗闇の中で事切れた。驚くほどの速さで宙を舞っていた彼女の白い手が投げ出され、動きを止めた背後には若手ダンサーたちも列になって倒れている。

 そしてクライマックスの最終章。そんな死が闇を覆い尽くした場面に一本の光が走る。その後黒い背景に点灯し始めた複数の光の線は、音をはじいて息を吹き返した弦楽器の弦のように希望の光を照らし始める。

 シンプルながら強いメッセージを放つ光のストライプ。その輝きに明日を託し、未来を見据える若手の背中を最後に、静かに幕を閉じる。

勅使川原三郎公演から
【写真は、勅使川原三郎「サブロ・フラグメンツ」公演から。撮影=須藤崇規 提供=川崎市アートセンター】

 いにしえの時を思い、我らが辿った日々-戦後復興と発展、バブル景気の隆盛、その後の停滞と衰退の道のり-を振り返る中で、ついに起こってしまった震災からの再生(Revitalization)の道を長期的視野の下、冷静に見極める。そんな一連のストーリーが織り込まれたプログラムとして鑑賞したのだが、受け止め方は千差万別であってしかるべし。復興支援が千差万別であるように、今回のこのダンスから観客それぞれが思い思いの国の将来を想像出来れば、それでアートの役割を十分に果たしているのだと思う。

 そんな作品全体に関する印象とは別に、作品の中に組み込まれたメッセージとして、無形文化財=ダンスの後世へと続く継承を奨励するような表現方法があった点にも強く心を動かされた。

 と言うのは、勅使川原、佐東、若手ダンサーたち各世代がそれぞれに各々のアドヴァンテージを活かした身体表現で「今」の断片を紡ぎ、常に変わり続けるという運命を背負ったライブパフォーマンスというアートの神髄を表してくれていたと感じるからだ。
(初出:マガジン・ワンダーランド第242号、2011年5月25日発行。無料購読は登録ページから)

【筆者略歴】
 田中伸子(たなかのぶこ)
 1961年8月東京生まれ。City University (London) Arts Management 修士課程修了。中央大学文学部独文科卒。演劇批評・ライター、2001年より英字新聞The Japan Times にて演劇担当ライターとして演劇・ダンス記事を執筆。他に劇場プログラム、演劇雑誌などの執筆も手がける。観劇ブログ「芝居漬け」更新中。

【上演記録】
勅使川原三郎新作ダンス公演「サブロ・フラグメンツ
川崎市アートセンター アルテリオ小劇場(2011年5月1日-8日)
(映像上映 4月30日、5月5日)

振付・美術・照明・衣装:勅使川原三郎
出演:勅使川原三郎、佐東利穂子
   鰐川枝里、加見理一、高木花文、山本奈々
照明技術:清水裕樹(ハロ)
音響技術:三森啓弘(サウンドマン)
舞台監督:小林裕二

料金:一般 4,500円 ユース(27歳以下) 3,000円 高校生以下 2,000円(全席指定・税込)

主催:川崎市アートセンター/川崎・しんゆり芸術祭2011実行委員会
企画・制作:NPO法人アートネットワーク・ジャパン/KARAS
後援:「しんゆり・芸術のまちづくり」フォー


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