連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第11回

||| トレンドからちょっと距離を置いて創作できる場所

-私は、まだ関西の小劇場作品をあまり見ていないのですが、ちょっと見た中では、特徴があるなあと思ったことがあります。ある意味で「失敗が許されている」ということです。

田辺剛さん

田辺 そうですかね(笑)、確かにそうかもしれません。

-東京だと、よくも悪くもチェックされすぎているところがあると思います。

田辺 作るときに緊張するということでしょうか。

-もちろん、比較すればということで、そんなに緊張を強いられる環境だとは思っていませんでしたが、こちらで何本か見てみると、のびのび度が(笑)全然違うなあと思いました。

田辺 そうですねえ。京都という街が、今のトレンドみたいなところからちょっと距離を置いて作れるということがあるかと思います。東京からはもちろん、大阪からもちょっと離れていて、言葉が適切かどうか分かりませんが、創作するときに周りのノイズが少ないところではあります。だから、何を成功とするか・何を失敗とするかもあまり考えずに、とにかく創ることに集中できる。それを見た人の、まだまだだとかいう判断は後からはあっても、良い作品を作っていけば、よほどダメなのを作り続けない限りは、そんなに「叩かれる」ようなことはないと思いますね。

-そこはやっぱりいいところなんだなあと思いました。先ほど、スタンダードとかトレンドとかいうものをいちいち参照する必要がない、というお話がありましたが、本当にそうだなと思います。もちろん、東京でもみんながみんな見ているわけではないと思うのですが、どうしても青年団系など、気になる部分があると思うんですね。演劇をやりたいと思ってる若い人は、ともかくチェルフッチュも見に行こう、五反田団を見に行こう、となって、よくも悪くも影響を受けるところがあると思うんですけれど、京都でも見る機会があればもちろん見るんでしょうけれど、その機会そのものがあまりないわけですから、刷り込みみたいなものは、たぶんあまりないんですよね。

田辺 そうですね。刷り込みされるほどのものはないですね。もちろん、一度や二度はお互いの作品を見るというのはあると思いますが、「あいつはあいつやから」みたいなことで。影響を受けることもあるかもしれませんけど、適度な按配というか、適度な感じは維持されていると思います。それを刺激が足りないと言う人はいるかもしれません。もっと刺激されてビシビシやりたい人はいるかもしれませんね。

-田辺さん自身はどうですか? 演劇を始められて続けてこられた中で、こういうものを見なくては、と思ったりしたことはありますか?

田辺 ありますよ。伊丹市にあるアイホール(AI・HALL)に、この前も、ままごとが来たので見に行きましたが、そういう、気になる・話題になっているような作品はできるだけ見に行くようにしています。京都から大阪に行くのは、ちょっと出かける気分はありますから毎日は行けませんが、別に苦になりません。

-芸術性へのこだわりみたいなものが京都にはあるなあと思います。どこにでもあるんだとは思いますが、例えば東京だと、正面切って「これは芸術をやってるんだ」と感じる人はむしろ少ないと思います。京都でもみんなが「芸術だ!」と言いながらやってるとは思わないんですけれど、結果的には東京に比べれば芸術寄りになってるような気がします。

田辺 それは、僕も中にいる人間なので、どうしてかはよく分からないのですが、作品創作に腰を据えて取り組める環境はあるのかもしれません。それが「前衛」というとちょっと堅苦しいですけど、作品の独自性・独自であることを生み出すことを後押ししている。もちろんお客にさんには来てほしいんですけど、観客のことを、限度を超えて意識せずにすむって言うか。お客のことを意識しない人は誰一人としていないんですけど、ある一定程度ですむというところはあるのかな。
 でも、京都がすべてアート一色になってるわけではない。それから、かつて太田省吾さんのいらした京都造形芸術大学の影響も大きいかと思います。地点の三浦基さんや松田正隆さんも教鞭を取っておられて、授業公演なんかで彼らの手法の芝居がなされて、卒業生が出てくる。もちろんそれへのアンチで生まれてくる作品や、そうした作り手も現れる。
 14~15年前だとエンターテイメント志向の強い劇団が席巻していた時代もあるんです。1996年に鈴江さん(『髪をかきあげる』)、松田さん(『海と日傘』)が岸田戯曲賞を取られて、いわゆる静かな演劇ブームが全国的に起き、京都派なんて言われることもあって、京都でも卓袱台やテーブルを囲む芝居が増えた。その一方で、そうした流れをひっくり返した形でエンターテインメント志向の強いものが人気を集めるということもありました。

-京都での流れ、文脈があるんですね。

田辺 文脈ですね、そうですね、あると思います。

-東京でも、実際にはちゃんとお金を儲けて財政的にもちゃんと回る劇団ってそうはないのですが、できそうな気がするんですよね。幻想というか。ひょっとしたら2000人くらい集めれば何とかなるんじゃないかとか、つい思ってしまう。そんな劇団はほとんどないんですけど、ないことはないので。

田辺 最近はそういう発想で東京へ行く劇団は京都ではあまりないと思います。さすがにそれは幻想だというのがわかったというか。でも役者個人のレベルでは、昔も今もあまり変わりませんね。

-全国的には京都の評価は高いですね。F/T(フェスティバル/トーキョー)でも、京都からの劇団は多いですね。

田辺 マレビトの会とか、地点とか。木ノ下歌舞伎も学生企画で2009年に出たと思います。大阪に比べれば、盛り上がっているように見えるようですが、でも大阪が盛り下がっているというのではなくて。場所をひとつなくした喪失感みたいなものはあるのかもしれません。一方で大阪の土地柄・雰囲気として、誤解を恐れずに言えば、作り手も観客も多いところでは舞台芸術に対してちょっと保守的な傾向を帯びる面があるかと思います。老舗の劇団やずっとやってる先輩がいて、それが再生をくり返している。もちろんそこに多くのお客さんが集まるんだけど、わざわざ演劇とは何かとか、そういうことを問うような作業をしているわけではない。それである程度のサイクルができている。

-まだしっかり考えていないんですが、大阪だと、どうしても課題になるのは、芸能との関わりとかお笑いとの距離のとり方じゃないかと思うんです。吉本(興業)みたいなものがそこにあると、別物だと完全に割り切ることもできなかったりして、気になるところもあるだろうし、割り切ったら割り切ったで、芸術性の高い作品というのでもなければ、ついつい人を笑わせてみたいと思っちゃうようなところがあるんじゃないかと。

田辺 大阪にも、京都のカンパニーと勘違いされるくらいにとんがった作品を作っているカンパニーもあるので、一概には言えませんが、吉本とか松竹(芸能)の存在は、程度の差はあれ、あるんでしょうかね。確かに本当は芸人になりたいんだけど役者をやってるとかいうこともありますし、京都では私は出会ったことがないですけれど。漫才師になりたいということなら、だったら大阪でしょうよ、ということになりますから。

||| アトリエ劇研の果たしてきた役割と使命

-ここ10年、20年の京都の演劇の世界の中で、アトリエ劇研の位置づけは、ある意味でひとつのセンターになっていますね。

田辺 昔から、遠藤さんの時代から、若手が、学生時代にやる分には学内の施設を使うとか、お金をかけずに好きにやれていいんですけど、卒業したあとどうやったら続けられるかというステップのひとつとして、この場所がある。そういう、学生から若手と呼ばれる世代が、継続して創作を発展させられる場所になることがこの劇場の使命だと思っています。
 特に、将来劇場法なんかが施行されて、トップクラスの芝居をやる劇場がいろんな地域に点在するようになったとき、そこに人材を送り出すっていうか。たぶん、学生上がりでいきなりそこにということにはなかなかならないと思うんですね。しばらく、学校を卒業して20代の間にあれこれ試行錯誤をくり返し、研鑽を積む時期、それが許される場所、そういう場所としてこの劇研はあるのかなと思います。

-京都市内の、大学外の小劇場としてはやっぱりはしりの存在ですか。

田辺 ハコ自体はいくつかあるんですけれど、そこにプロデューサーがいるとかディレクターがいるとか、人もいるという意味で、民間劇場ではここがはしりだと思います。

-ほかは純然たる貸し小屋だったんですね。

田辺 もちろんユニークなオーナーがいる劇場などはあるんですけど。(才能ある人を)引っ張ってきたり、それを東京や大阪に紹介するとかいうことまでやるところは、かつては無かったと言っていいと思います。

-全体を見て、流れを作ろうという意識を持ってるっていうことですね。

田辺 今は、アートコンプレックス1928という繁華街にある劇場もありますし、京都造形芸術大ができて、そこが卒業生に実績を積ませるということで後押しをする仕組みがあったりもするので、多極化というか、分散してきていて、劇研でなければということではなくなってきていると思います。

-その分、流れがだんだん太くなっているということですよね。

田辺 そうですね。劇研で一度も上演したことのない京都のカンパニーが、大阪や東京でも芝居を上演するようになるとか。劇研ではやったことがない、アートコンプレックスでしかやってないというカンパニーも珍しくありません。
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