中井浩之ひとり芝居「猫の事務所」「オツベルと象」

◎これもまた「本道」なのだ
 堀切和雅

中途半端な郊外で

 演劇をやりたい若者は、まあ若者でなくてもいいのだが、とりあえず東京や京阪神や名古屋やせいぜい北九州など、大きめの都市に出て来るほかに、選択肢はあまりない。地方では、機能している常設の劇場空間もまずないし、演劇仲間も集まりにくいし、なによりも、演劇が成り立つ根拠そのものである、まとまった観客層がない。いや、後ほど述べるようにそれは実は存在しうるのだが、未だ潜在的なものに押しとどめられてしまっている。
 もちろん、弘前劇場など、地方を基盤に演劇を成立させて行こうという努力はなされてきたし、いまもされている。
 ただ、演劇界全体のあり方の問題として、地方で舞台を成立させるための組織的努力は、片隅に追いやられてきた。

 もちろん、地方でも、しっとりとしたまとまりがあり、美味いものもあれば愉しいこともある地域もそこここにある。そんなところでは、観光文化も根付きうるし、外から人が集まってきてくれるかも知れないし、何かイベントとかキャンペーンと併せれば、まだしも集客してたまさかの「演劇空間」を成立させる余地はあるかも知れない。

 しかし、さきほど触れたような大都市周辺の、中途半端な郊外となると、ほんとにろくなものがない。娯楽の場所も装置も通勤対象である都市に依存しているし、端的に言って、渋い居酒屋がなかったりもする。勤め人は、多くは都市部で呑んで、いわゆる「ベッドタウン」に帰ってくるのが基本だから。

「郊外という問題」はいろいろな形で提起されているが、ここでは、商店街が死んでいて、生活のための移動はしばしばクルマに頼り、巨大ショッピングセンターやモール、アウトレット、チェーンのファミレスやコンビニと、パチンコ屋やサラ金のATMばかりが目立つ、個性のつくりようもない立地、を考えてみる。
 そんなところで、芝居を打てるのだろうか?

地元にこだわる芝居、というこころざし

 知人から、その人の地元である「そんなところ」で、芝居をやっている若いひとがいる、と紹介をいただいて、その郊外での公演を、見に行くことにした。若いひとと言っても、よく聞くと、未だ何も憂いなきほどには若くないようだが、事前にいただいたパンフレットの写真は若々しい。中井浩之さん。「ひとり語り芝居」を基本にしていて、幾つかのレパートリーを持って、どんな集まりにも、ギャラは応相談で、行って演じるそうだ。注文に応じて、観客の地元の民話などの劇化、すなわちセミ・オーダーメイド演劇もやるという。

 ひとり芝居は、もちろん演劇の最小単位。劇団活動をしていた頃の僕も、「どこにでも持って行けるものがあるといいな」という思いから、一度や二度は考えた。僕は役者ではないので、作家・演出家としてだが、ひとり芝居用の台本は、書こうと思えば書けなくちゃいけない、と「いつか」の課題としてきた。何しろ、1980年代に「小劇場」を勝手に始めて、「小」とは言ってもその頃は良かったボーナス(会社員との「二足のわらじ」だったのだ)を全部注ぎ込んで、けっこう大がかりな装置もつくって演劇をやっていた僕も、「これはいつかは終わる」と思っていたから。

 とにもかくにも演劇を継続させうる限界点としての、小規模集中化、ひとり芝居。中井さんは役者として、それをどんなふうに実現しているのだろう。観てみたい。

「猫の事務所」公演から
【写真は、「猫の事務所」から。撮影:阿部純 提供:中井浩之 禁無断転載】

 会場は、その地元駅近くの専門店街ビル、たぶん全国誰でも知っているであろう巨大流通チェーン、「イオン」内の、多目的スペース。演劇向きであるわけではなく、地域での絵画や写真などの作品発表会等にも使える、グレーのカーペットの、フラットな空間。当日行ってみると、学校の教室3つか4つ分くらいの空間の中央奥寄りに、段差がつくられて(演劇の世界では「平台3-4段を積んで」という格好になるのだが、舞台用の規格品ではなかった)、向き合ってパイプ椅子が100近くか、並べてある。照明装置も当然舞台用ではなく、どちらかというと展示スペースなどでよく使われている、白塗りのもの。「黒くて暗い」小劇場空間的な怪しさ、場合によってはそこで上演される芝居にとってアドバンテージになる、「何かが起こりそうな感じ」は、ざんねんながら何もない。

 演目第1の「猫の事務所」は猫5匹と、最後に「獅子」が現れる物語のはずだから、「どうやって、独りでやるのだろう?」と考えていたが、「舞台」上には机が5台置かれ、それぞれに猫の肖像画が置かれてある。舞台袖は、ほんらい展示用のパネルであるらしい、これも黒くはないパネルで、つくられている。

 観客は、どちらかというと年配者が多い。女性が多かったような感じもある。これは、ふだん「地域に関わる」ということができている層と、重なる、と思った。

 さて、展示スペース向きの照明がふじゅうぶんながらも絞られ、舞台が始まった。役者の中井浩之さんは、作業用めいたダボダボの、でも実際に街で見ることはあまりないような、つまり童話的「こことは別の場所」「どこでもない場所」を想起させないでもないカーキ色のオーバーオールを着て、まずは語り始める。

 演出経験者のいやなところなのだが、すぐに役者をチェックし始めるというか、評点を試みそうになる。役者の存在を「感じて」みる前に。それは、経験者には分かると思うが、自分の感性の価値を、防御しようとする、特権者を装った実は怯懦な姿勢だ。一観客として感じとろうとする、その自分の感受性が不安なものだから、中途半端なプロ意識で、目前にせっかくただいま現在起ころうとしていることをことさらに対象化して、評価の枠に閉じこめようとする。これは、肩書のない「自分そのもの」への自信のなさの顕れなのだが、だから演劇の観客に徹する人はそんなこと知らなくてもいいのだが、天才ならざる演劇人、実演家にはついてまわる心理なので、一応紹介はしておく。

 そういう心理でいうと、中井さんは、プロの役者としては「サシスセソ」の滑舌に多少苦労したことがあるのだろう、と気づいてしまう。これはよくあることだし、観客の多くは気がつきもしない程度。でもとにかくそこには、弱点を克服しようとした「あと」が残っている。左右対称に近い顔をした人は男でも女でも美しく見えると言うが、左右対称の顔の人は実はほとんどいないわけで、そういう、「まったく左右対称」ではない感じが、その「あと」からは響く、ということだろうか。梨園の人や、テレビ等で有名な俳優に時折見られる、浮世離れした完全性(に、見えるもの)を持つ人が、しばしばスターになるのだが、メディア・スターが「よい役者」とは、もちろん限らない。いずれにしろ、中井浩之さんは、メディア・スターのつるつるした空気ではなく、「あと」「くせ」をどこかに残した雰囲気を醸している。

 と言っても、世の中の水準で言えば中井さんはそうごろごろとはいない好男子で、しかも、後からも言うが、そんな発音の不得意部分をこえた、役者としての「良い声」を持っている、とやがて僕は気づくことになる。

舞台の危なさ、を引き受ける

 「猫の事務所」の5匹の登場猫を、彼は机から机へ、飛ぶように移りながらひとりで演じるのだった。その中に、地の文の、語りも入る。机には椅子もセットしてあるので、飛びわたるその空間は隙細く、見ていてひやひやする。これもプロめいた演劇人的な気づきで、観客としては余計なものなのだろう。机の上に骨董風の地球儀が置いてあったりするのだが、役者が動くときそれが倒れそうに揺れるのを見ると、「自分が舞台監督、あるいは演出家だったら、あれを強力な両面テープで固定せよと、即座に指示する」などと、現役時代の感覚にすぐ戻ってしまう。

 聞いていないからほんとうのところは分からないが、僕は、役者であり企画者である中井さんが、あえて地球儀を固定しなかったのかも知れない、とも考えた。だって、それは4回ある舞台の、その最終回だったのだから。初日に危なっかしいことが分かったら、そういうのを「ガムテで留める」というのが普通の対応だ。何しろ舞台は「事件」が起こる場所ではあっても、「事故」は大小を問わず、できれば願い下げなのだから。

 ただの勘違いかも知れないが、僕は中井さんが、自分の身体の「キレ」への自恃から、あえてガムテで留めなかったのかも、と愉しく想像してみた。ひとりで、観客の前に、その観客にとってはおそらく一度きりの演目で、立つ役者には、そのぐらい一見不合理なこだわりとか、勢いづけ、あるいは逆転した験担ぎというのが、なんらかの形であるのかな、と思う。

 とにかく、この役者は、身体訓練が、しっかりできている。パンフレットを読むと、中井さんは、それこそ、18歳で演劇のために「上京」、青年座研究所を修了したとのことだが、そこでの基礎訓練に、良いメソッドがあったのかも知れない。

 ということをわざわざ言うのは、逆に、倣う人もなくいきなり「小劇場」を始めた僕には、「新劇」に対する偏見があるように思うから、なのだ。それは、バブル時代に青春を過ごした僕の世代が、ひと廻り上の団塊世代にしばしば偏見を持つのと、いくらか似たことなのかも知れない。ただ、この偏見は観念的なのみでは一応なくて、例えば僕はいまもいろいろな学生や生徒に、「表現」という領域で教えることがあるのだが、そこの学生や生徒が、卒業して、あるいは在学中に、演劇の専門学校等での授業を体験した話を聞くと、僕たちの世代でそれまでの演劇や演劇訓練の伝統から切れた者からすると、ずいぶんとまあ「伝統的」な、はっきり言えば「型に嵌った」指導が、演劇の学校の多くではなされているようなのだ。

 教えているのは、ほぼ例外なく「新劇」出身の演出家なりで、「小劇場」世代は職業的・専業的実態をあまり持たなかった以上、演劇の教員として採用されるのは、新劇という、せめて制度に似たところをもつ分野からの出身者がどうも多いようなのだが、僕の授業も受けた学生・生徒から聞いてみる限りでは、そこでの教え方は、とにかくも仮想された「これが本道」という権威に基づくものであり、必ずしも、個々の、不完全で不揃いなところもたくさんある学生・生徒の、可能性を引きだすようにはできていないようだ。むしろ、形に実らない可能性は抑圧して、発声の問題や滑舌の欠点や所作のぎこちなさやそれを支える基礎的体力の不足を指摘して、「役者に向かない」それぞれの歪みのある身体を潰し、比較的欠点の少ないという意味での、「見やすい役者」を選別しているに過ぎない、と思うことさえある。

俳優は、何を見せるのか

 これは、ともかくもそこに集まった身体と声を、みっともなかろうがどうしようが動員するしかなかった、われわれ「小劇場」出身者とは異なる定規で、役者を定義していこうとすることだと思う。少しでも「見よい」こと。人よりは、「ととのって」いること。スター候補。

 中井さんのようにハンサムな男優は、僕の劇団にはいなかった。そして、中井さんは、新劇劇団で訓練を受け、高い水準の所作と発声を身につけている。その結果として、俳優として生きていこうか、という意図と能力が生まれ、ここでこうして、彼の場合はあえて盛り場でもない地域に拠点を求めつつ、俳優という職掌を、自分と観客のものとしようとしている。そこで次に問われてくるのは、つくりあげた俳優的身体と声で、「何を見せるのか」という原初的な問題。

 そこで大きいのは、もちろん演目だ。宮澤賢治は、深刻で普遍的な問題を語るとき、それが深刻で普遍的であるからこそ「童話」という形を借りた人であるように思う。そのせいで子どもにも大人にも、いろいろなレベルで観相をもたらし、かつ素材の手触りのおかしみも併せ持つ作品が多く、さまざまな人々から成る、演劇ファンのみの集団というわけではない地元コミュニティに語りかけるのには、まずは捕捉力のある投げ網でありうると思う。ただ、広めの網を投げても、その目の粗さをどうするかは問題で、目が詰みすぎて「水」(ドラマ)の通りがよくない演出もあれば、流れのいい代わりに小さな宝石のような魚が逃げ通ってしまう演出もあるだろう。もちろん演出の、おそらくは以前に、演者がどういう目の詰み方で作品をとらえているか、ということは問われる。

 今回の舞台について僕の結論を言うと、演者がどこまで作品を咀嚼しているか-自分が作品をどれだけ咀嚼しているかと同様-それはすぐには分からなかった。そして、分からなかったことが、演者の達成なのだと思う。つまり、すくなくとも、見透かしきれるものではなかったのだから。

 「猫の事務所」でも俊敏な動きと落ち着いた語りを観ながら気がついたのは、「この役者は、演技を少し抑えている」ということ。余力を残している感じがするのだ。これは実はとても重要なことだと思う。すくなくとも、ある時期まではやたらめったらに頑張ることの多かった(頑張らせることしか僕にはできなかった)、僕の小劇団の、正式の訓練を受けていない役者の演技とは、タイプが違う。

 安心して観ていられるままに、演目の1は終わり、15分の休憩となる。ホールの一方には、地元の人たち(おそらく主婦)が手がけているらしいフェア・トレードや気に入った小物の輸入品のショップが仮設されており、今回の演目となった、宮澤賢治の、珍しい版の本などの展示もある。役者にとっても観客にとっても必要な休みに、こうした、コミュニティに根ざした小さな「お店」(発信装置)が用意されているのは、良い知恵だ。経済原理だけでは、そんなお店は成立しない。それを現出させるかたときの磁場が、この小さな演劇イベントを中心に、つくられたのだといえる。

演じきらない

 第2部の「オツベルと象」では、牛飼いが物語を語るという形式だが、中井さんは、小さな、どこの国のものだかも分からない鼓を叩きながら、語った。これもまた素敵なアイディアで、舞台上に必要な人数はひとりも増えないのに、語りに、語りのほんらい持つ音楽的感興と、リズムが加わる。

「オツベルと象」から
【写真は、「オツベルと象」から。撮影:阿部純 提供:中井浩之 禁無断転載】

 牛飼いである中井さんは、象になったり、オツベルになったりする。映画俳優などが、よく「別人の人生を生きるような快感」を語ったりすることがあるが、独り芝居をするこの役者は、別「人」どころか、象の命までも生きるのだ。そして象にも、オツベルにも、それぞれの生きてきた歴史に関わる、「あと」があり、身体的な、または発声の「くせ」がある。それらを再現するには役者は、自分自身の生の、「あと」や、その結果の「くせ」について解っている必要があるが、もしかしたら、天性の、天才的な役者の中には、「あと」「くせ」を自分自身はもたずに、さまざまなキャラクターの「あと」「くせ」を演ずることのできる者が、少しはいるのかも知れない。

 いずれにせよ役者は、別の命を演ずるために、まず自分の心身を「素(す)」の状態になるべく近く、ストレッチする必要がある。そうして拵えた素の心身に、各自の感受性にしたがって、別人の心身の歴史性を、含ませていくのだ。今回の「オツベルと象」にあっては、きよらかな心の象徴である「象」でさえ、ある種の「ゆがみ」を生きているのかも知れず、そんなことは宮澤賢治は分かっていたと思う。オツベルが悪役で象が善の象徴と考えるだけでは、おそらく、この「童話」を舞台化するには不充分だ。

 そうして、鼓のリズムの中で、牛飼いであり、象であり、オツベルにもなるこの役者は、終盤、98%くらいの力を出したように見えた。そうでこそ、感銘した。残の2%は、「地球儀を倒さない」ための余力でもあるが、もしどんなハプニングや舞台事故の可能性もなくても、プロの役者は、余地を残しておくべきなのかも知れない。重要なことだが、その2%は、他の命を演ずることへの、根源的な恥じらいの分、と解釈することもできる。

地域の生活のための演劇

 役者がよかった、というのはもう言ったので、この試みのよさについて、ひと言。
 演劇芸術が公共性(準公共性)を持つとして、それらがナマの人間によって演じられなければならない以上、芸術団体、芸術行為には「所得不足」が生じる。大都市部にしか劇場が常設されないのも、そのためだ。しかし、準公共財である以上、それに接し、浴する機会は、地方・都心を問わず、国民になるべく等しく用意されなければならない、というのが本筋である。近年、「劇場法」(仮称)の提起がなされ、いままでのハコモノとしての多目的ホールではなく、地域に根付いて地域の文化価値を振興する「劇場」が各地に必要なのではないか、という議論がなされるようになった。それを僕は、米屋尚子さんというアーツ・マネジメントを研究してきたひとの『演劇は仕事になるのか』(彩流社、2011年10月中ごろ発行予定)という著作の編集を手伝う中で知ったのだが、今回の「猫の事務所」「オツベルと象」の公演は、「所得不足」のなか、地域の公共的価値のため、ひとりの役者を中心とした、人々の蛮勇というべき努力によって、先駆的に成立したものだと思う。その時の主宰者は演出家でもよいし、劇作家でもよいのだが、今回は、一人の役者が、自分にまつわる全資源を投入して、実行した。だから、この小さな公演(そして全国の、同様の試み)のことは、簡単に忘れてはならないし、そこにどう持続性をもたらすかは、わたしたちの生活の問題として、大切に考えるべきことなのだろうと思う。もし、演劇の多面的な力を信じるならば。

 ここからは蛇足。

 この舞台が行われたのは、東京都心から1時間か1時間半の、「千葉ニュータウン」というところで、実はいまの僕の地元でもある。

 娯楽施設としてはいわゆるシネコンがあるが、単館上映のような珍しい映画のかかる場所はない。ライブハウスなどもない。外食を楽しむのにも、東京のようにきりなく選択肢がある、というわけには行かず、気がつくと一巡してしまっていて、味と値段のあらかじめ分かっているものを食べることになるような、平凡な郊外地。
 ただ、家族持ちが中心の街だから子どもはいるので、子どもたちのためにも良い「地元」をつくろうという気風はあり、都会よりは、地縁による人のつながりはあるようだ。1980年前後に街開きが行われたが、当初の計画人口は34万人。だが経済が思ったようには膨らまなかったので、ほかの「ニュータウン」同様計画倒れになった部分もあり、実人口は10万人程度らしい。そうすると開発当時の勢いに比して地価や入居競争率が下がるので、むかしの、成長期の、現役バリバリの勤め人、専業主婦家庭というのと違ってきて、居住者にバリエーションが出てくる。

 高齢化があるのはもちろんだが、子育て世代に、年齢差が大きくあるのに驚いた。うちのように晩婚・高齢出産の親もいれば、びっくりするほど若い「ヤンママ」の群れもある。

 一概には言えないが、そこには、どちらがいいとかわるいとかではなく、単なる年齢差ではなく、人生と時代との行き遭い方にもよる、文化的な基盤や層の差がある。言ったように、もくろみよりも家賃が低下している地帯なので、かつて高収入であった職種や企業の人が、日本の産業の主役が変わったり、子どもが複数になって家計負担が大きくなったこともあって避難してきている一方、もともと賃金に頭打ちがあったガテン系とか理美容、医療、介護など技術専門職の若夫婦もそこへ隣り合っている。

 ある時期高収入だったが時代が変わったり年齢的・家庭的に東京の狭い賃貸に住むことが叶わなくなった、文筆や芸術関係の人(私のような)もまたここに避難してきており、住んでみると、けっこういろいろなタイプの住人がいるのが分からなって来た。

 「右肩上がり」が終わった以上、地方が中央を追っていけばやがてどこも同じく「発展」する、という考えは世界的にも破綻したし、一生同じ仕事を続けることはむしろありえない、と言われるほどに産業の盛衰・交替も速くなったし、もちろん開発・発展の方向性は単一ではありえない、とみんな気がついた。政治の場からも「地域主権」ということが言われているし、3.11を見れば、エネルギーも素人には触れない「高度」技術による大規模発電デバイス(装置)から、地域で管理できる分散型へ変化せざるを得なくなったと思う。都市への人と資源の集中はもはや合理的ではないことに誰もが気づき、「能率」の観念も再検討されるはず。その時、文化は全国どこででも、街でも村でも中途半端な郊外ででも、自生的に育たなければならない。

 中井さんがその全身に帯びた「どこへでも持って行ける演劇」は、これからの時代への有力なデバイスのひとつだ。



【筆者略歴】
 堀切和雅(ほりきり・かずまさ)
 1960年生まれ。学生の時にはバンド「スーパースランプ」結成。岩波書店入社の年以来、劇団「月夜果実店」主宰。青山学院女子短期大学教員(領域:表現)を経て、エッセイスト。著書に『「30代後半」という病気』(築地書館)、『娘よ、ゆっくり大きくなりなさい-ミトコンドリア病の子と生きる』(集英社)、『なぜ友は死に 俺は生きたのか-戦中派たちが歩んだ戦後』(新潮社)など。

【上演記録】
中井浩之 ひとり語り芝居 『猫の事務所』『オツベルと象

イオンホール(千葉ニュータウンイオンモール内)(2011年7月29日-30日)

原作 宮澤賢治
演出 中井浩之
出演 中井浩之
劇中画 菊池道子
制作 森のピエロ
チケット料金
前売り 大人1000円/中学生以下 500円
当日 大人1200円/中学生以下 700円


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください