連載「芸術創造環境はいま-小劇場の現場から」第13回

||| 要は市の直営

-この企画でいつも尋ねているのですが、アリオスの年間予算はどれぐらいですか。

大石時雄さん大石 年間の運営費は約4億円です。行政用語でいう「真水」の金額です。施設の貸し館使用料と事業チケット収入、文化庁や財団法人地域創造の助成などが1億3000万円ぐらい。ここは市直営なので、チケット収入や施設利用料などは市の予算になりますが、実質的な運営費は約5億3000万円と言っていいと思います。

-同規模の公共施設と比べてどうでしょう。

大石 私の前任の(岐阜県)可児市文化創造センターの予算はほぼ同じ5億3000万円でしたが、スタッフはアリオスより10人少ないし、ホール・劇場も二つ少なかったかな。いわきアリオスは現在、市職員が館長を含めて10人、嘱託は私を筆頭に34人、合計44人になります。

-大石さんの肩書は「支配人」となっていますが、どういう担務、どんな仕事なんでしょう。

大石 現場の統括ですね。当初、市が検討していたアリオスの運営形態は三つありました。一つは、市の直営です。二つ目が財団法人を対象にした指定管理者制度、三つ目は市が全額出資する民間会社への委託でした。最後の第三セクター方式は、成功したためしがないので止めましょう、と言いました。残る選択肢は財団か直営かでしたが、私は財団をいくつも体験してきたけれど、あまりメリットはないと思っていて、直営を薦めました。施行されたばかりの「指定管理者制度」を回避したかったこともありましたし。そして結局、市の直営になりました。指定管理者制度は契約期間が3年か5年で、まだ結論が見えていない第1期の時期なので、それらの結果が出てから再検討してもいいのでないかという判断でした。
 もう一つ、課題というか問題があります。学校の子供たちにクラシック音楽を届けようとすると、教育委員会がうんと言わないと実現しません。財団法人が指定管理者団体になっているホールや劇場の場合、その財団が基礎自治体の100%出資で、しかも市の職員が少なからず出向していても、教育委員会から見ると外部組織なんです。ですから財団が学校にアーティストを派遣しようとすると、ハードルが高い。これまで働いてきた施設でこういう体験はいっぱいしてきました。このハードルを低くするには、彼らの仲間になるのが一番いい。同じ市の組織の一員だと部署が違うだけなのですごくやりやすい。
 あまり口外したくないけれども、組織問題は複雑です。財団や公共施設には館長がいて、最高責任者ですよね。でも出向してきた市の職員にとって、目が向くのは市の上司、本庁の組織なんです。肝心のお金と人事を握っているのは館長ではなくて、市側だと分かっているわけですよ。そのヒエラルキーの仕組みによって、いろんな問題や不具合が起きてくる。ぼくは体験的に、そのヒエラルキーは一本化した方がいいと思って市の直営を薦めました。
 ホールを建設するとき、市役所には開設準備室が出来て、優秀な室長、有能なスタッフが集まります。室長以下、経緯も課題も熟知しているわけだし、市民団体とも話し合いを重ねてきてネットワーク、信頼関係を築いています。室長は施設の顔なんですよね。そういうさまざまな事情もあって、ぼくは直営を主張し、オープンの時は室長が館長になるのがいいと進言しました。
 市役所の幹部の中には、大石さんのような専門家が館長になったらいいではないかと言ってくださる方もおられたようです。当時はここへ来るつもりはありませんでしたが、ぼくはそうではなくて、館長は市職員、芸術分野に詳しい人も必要だから、副館長・支配人に専門職を置く。その下に経営総務、施設管理、企画制作と並べば組織のヒエラルキーが一本化できて、運営がスムーズになるだろうと述べました。これはとっても重要な問題だと思います。

-私も会社にいて、各組織の利害調整で苦労した時期があります。何かを実現したいと思っていない場合はほとんど見えませんが、どうにかして実現したいと強く願うほど、組織問題は大きくクローズアップされてきます。避けて通れないですね。

大石 そうなんですよ。施設の運営がうまくいくには、館長と副館長・支配人の意思疎通がきちんと出来ていることが前提条件です。そうでなければいくら一本化してもちぐはぐになりますから。幸い、ぼくはここに来ると決まる前も後も、当時の室長、後の館長とはとても友好的な関係を築いてもらいました。あと制作のプロデューサーが自主事業を実施するとき、市職員が必ず担当に付いて、契約、経理などの処理をしてもらうようにしました。専門職だけで処理しない、連係プレーで担当するという考えでやってきました。これは施設の理念にも沿っていましたしね。

-制作面はチーフプロデューサーに任せているんですか。

大石 アリオスはクラシック音楽を主体にしようと考えてきたので、チーフプロデューサーは、第一生命ホールやカザルスホールで活躍していたクラシック畑の児玉真が担当しています。私はどちらかというと演劇畑ですから、演劇系の企画は判断できますが、クラシックは明るくないので別にチーフを置くべきだと考えました。現場のプロデューサーがやりたくても、自治体の施設で、公的な資金を使うからには自分の願望だけで動かれては困ります。公的活動の趣旨にかなうかどうか、チーフプロデューサーと私の2人が見ていたら、そこはきちんと担保されるのではないかと思います。

-文化庁でも分野ごとに予算の割合が出てきます。舞台芸術施設のアリオスは音楽、演劇など分野ごとの割合はどうなっていますか。

大石 予算、金額の分野別配分はしていません。指針は二つです。クラシック音楽本来の力と演劇本来の力は別だから、それぞれ有効に使えればいい。分かりやすく言うと、小中学校には基本的にクラシック音楽を考えます。学校教育のなかで、クラシック音楽、クラシックのアーティストは受け入れやすい。演劇は人と人をつなぐ力が大きいので、市民と一緒になって過ごせるような形で進めるべきだと考えました。
 私が世田谷パブリックシアターで働いていたとき、劇場監督の佐藤信さんは事業予算の3割は子供たちのために使いたいと話していたので、具体的に数字としては出していませんが、それは念頭にあります。
 音楽と演劇の本来のパワーを発揮する事業、それに子供のための事業、この二つが柱です。

||| 3年目の成果

-グランドオープンは2008年です。それから3年たって手応えというか、早すぎるかもしれませんが、現段階の成果と課題は見えてきてますか。

大石 この施設の延べ入館者数は、レストランを含めて年間約70万人、いわき市の人口の2倍になります。これはそう悪い数字ではありません。特にレストランはよく利用されていますね。通常、こういう文化施設のレストランは経営状態があまりよくありません。なぜかというと、施設に来たお客さんに利用してもらえばいい、つまりおこぼれで経営しよう、シャワー効果に期待しようとしているんですが、ぼくはそうではなくて、それぞれが集客に努力して初めて相乗効果が出るんだから、レストランも積極的に宣伝してメニュー面でも努力してほしいと口をすっぱくして言ってきました。お店もものすごく努力して、おかげで開店当初からお客さんがひっきりなしです。全国の文化施設内のレストランで、毎月の売り上げは5本の指に入るトップクラスではないでしょうか。キッズルームを市民に開放したことや、公園に来た人の憩いの場として施設を利用できるようにするなど、施設コンセプトの効果が利用者数に表れたと思っています。基本コンセプトは正解だったと確信していますし、これからの公共文化施設運営の成功モデルになるのではないかと思います。
 事業面では、学校へのアウトリーチを重点的に進めたので、学校との信頼関係を作れたのではないでしょうか。保護者の方々は一般市民ですし、市はもちろん市議会の方々にも理解をいただけるよう努力しています。

ー公共文化施設は市や議会から予算削減の対象に見られがちですが。

大石 多くの自治体で、施設の館長や副館長が議会の委員会に出ることはまずないと思いますが、私は館長と一緒に出ます。求められれば説明しますし、意見も言います。理解が深まって、いまアリオスの活動に反対している会派、議員さんは皆無だと思います。それだけでなく、劇場にいただけでは知りえない問題、例えば健康保険の問題など、いま市政で課題になっていることが議論されるわけですから、その渦中にいることを肌で知るわけです。公共施設に関係ないと見えても、いわき市の問題であることは間違いありません。市が抱えている課題を知ることは、結局私たちの活動にも回りまわって返ってくるんです。
 最初にこの施設の運営を直営にした、決断したことが、高い評価とプラスの成果を生み出せしていると考えています。

-制度だけで成果が生み出せるわけではないので、制度と政策と、それを担う人たちの力がかみ合わさって、大きな成果がもたらされたのでしょうね。(>>

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