「無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部」(作・演出:ルネ・ポレシュ)

◎演劇が先か、映画が先か。
 新野守広

「無防備映画都市」公演チラシ
「無防備映画都市」公演チラシ

 ルネ・ポレシュの舞台をはじめて見たときの印象は、今でも鮮やかに思い出すことができる。それは2002年5月のベルリンだった。会場はプラーターという小学校の体育館ほどの大きさの古いホールで、旧東ドイツ時代はダンスホールとして使われており、そのせいか建物全体は東ドイツ時代を思わせ、かなり傷んでいた。このホールはフォルクスビューネ劇場の付属施設で、その前年にポレシュはホールのアート・ディレクターに就任したところだった。ここで『餌食としての都市』、『マイホーム・イン・ホテル』、『SEX』の三部作が上演された。どの舞台もまず俳優たちが激しい資本主義批判を機関銃のように喋り出す。俳優たちがひとしきり語ると、ダンスをまじえたショータイムになる(ポレシュはこれをクリップと呼んでいた)。議論とショータイムがセットになり、何回も繰り返される。作品によっては俳優たちが語る内容はとんでもない方向に脱線する。映画や小説、テレビ番組、現代思想を自在に引用しながら語って語って語り止まない俳優たちは、いつの間にかクスリ中毒のソープオペラの話に熱中し、それを聞いている観客全員が唖然としつつ笑いこけることもあった。さまざまなジャンルからの引用と社会批判が切れ目なく続く独特の台本は、ポレシュが稽古中に俳優の意見も取り入れながら作ったという。語りが滞らないようにプロンプターが俳優を助けていたことも印象に残った。ポレシュの舞台では裏方も観客の前に登場する。

 当時のヨーロッパでは、新自由主義政策が生み出した非人間的な社会環境を批判する新しい表現が求められていた。それに加えて、イスラム移民社会を抱えるヨーロッパ諸国にニューヨーク9.11のテロの衝撃が走った直後でもあった。社会批判を言説として提示するポレシュの演劇は、このような時代を背景に新しい演劇の誕生を告げていた。舞台を引っ張る俳優たちの力量には圧倒される思いだった。

 ポレシュは2006年に来日し、TPTの企画で自作『皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だと』を、日本人俳優とともに森下のベニサン・ピットで舞台化した。彼の場合、主役は俳優であり、演出家は俳優が生き生きとした姿を見せるために存在しているにすぎない。あらかじめ劇作家が書いた戯曲の言葉をたよりに登場人物を造型するやり方をポレシュは否定する。ポレシュはよく次のような喩えを使う――シェイクスピアの『ハムレット』では、ハムレット役の俳優が登場すると、観客は自動的に彼をハムレットとみなす。この自動過程を宙づりにしたい。人前に立って演ずることの意義と魅力を戯曲に書かれている役柄を演じるのとは異なるやり方で見せたい。このようなポレシュのたくらみは、池田有希子、木内みどり、中川安奈、長谷川博己の4名の俳優と、カメラ担当の河内崇、プロンプター担当の熊林弘高の活躍で実現した。一方、観客の受け取り方は分かれた。新劇に慣れ親しんだ観客は否定的な評価を下す傾向が強く、70年代からの小劇場世代は演出意図はわかるが成果には懐疑的という態度が多く、最近の小劇場世代はおおむね舞台そのものを楽しんでいたと感じた。このような賛否両論の反応は、俳優と演出家の努力をけっして否定することにはつながらない。むしろ作り手と参加したアーティスト、そして企画側の果敢な姿勢を示すものであり、全体として公演は成功したという印象を持った。

 そして今年、2011年秋のフェスティバル/トーキョーは、ポレシュ作・演出の『無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部』(原題:Cinecittà Aperta-Ruhr Trilogy,Part 2)を招聘した。10年前のポレシュの舞台でも映画やテレビ番組からの引用が目立ったが、今回はこの傾向がさらに強い。そもそも『無防備映画都市(Cinecittà Aperta)』というタイトル自体が、イタリアの映画監督ロッセリーニが1945年に制作・公開した『無防備都市(Roma città aperta:「ローマ、開かれた街」)』からとられている。この映画をはじめ、フェリーニの『道』、『甘い生活』、『8 1/2』やヴィスコンティの『白夜』や『山猫』など、ネオレアリズモ時代のイタリア映画の多くは、戦前ムッソリーニ政権下に設立されたローマ近郊の映画撮影所チネチッタ(Cinecittà:「映画の町」)で撮影された。今回のポレシュ公演のタイトルは、このチネチッタという撮影所名も含んでいる。これだけ映画尽くしのタイトルを付けたからには、演劇を通して映画を考察する一種のメタシアターになると予想された。

「無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部」公演の会場写真
【写真は、「無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部」公演の会場。撮影=片岡陽太©
提供=フェスティバル/トーキョー 禁無断転載】

 会場は東京メトロ有楽町線豊洲駅の南側に広がる埋め立て地。観客スペースにはテントが張られ、飲み物のスタンドもあり、どこか昔懐かしいサーカスの雰囲気だ。台風の影響で二日間順延したが、豊洲運河沿いの空き地を利用した夜間の野外公演は、再開発で高層マンションが立ち並ぶ豊洲と晴海の夜景が絶妙の借景となり、開放感に満ちている。ドイツ国内で出た劇評を参考にすると、公演会場を撮影所チネチッタに見立て、ロッセリーニがベルリン・ロケ敢行後の1948年に公開した『ドイツ零年』のリメイクを行う設定であるという。1948年といえばベルリンは敗戦直後であり、戦中空爆と地上戦で廃墟と化した町並みはそのままだった。また映画撮影所という設定からは、撮影進行中の人間関係を描いたフランソワ・トリュフォー監督の『アメリカの夜』や、井上ひさし作のこまつ座公演『キネマの天地』を連想した観客もいただろう。

 ナショナリズムの問題も興味深い。『ドイツ零年』はイタリア映画である(イタリア人俳優がドイツ人を演じるので、台詞はイタリア語)。ドイツ再統一直後のベルリンでロケを行ったゴダールの『新ドイツ零年』(1991制作)も、ドイツ語の台詞もあるとは言え、基本的にフランス映画である。そのためドイツ人の手で『ドイツ零年』をリメイクするというポレシュの設定には、明らかにドイツ・ナショナリズムと向かい合う姿勢が意図されている。ところでドイツのナショナリズムと向かい合う演劇的試みには、1995年に演出家クリストフ・マルターラーがハンブルクで初演した『ゼロ時(Die Stunde Null)』という大傑作がある。マルターラーは再統一後のナショナリズムに熱狂するドイツ人の生真面目な情熱をパロディー化した。終戦記念日の演説を行うために合宿トレーニングに励む政治家たちが、演説の練習するうちにエロ話に脱線したり、合宿所のベッドから弾き飛ばされたりして、観客は爆笑したのだった。ではポレシュはどういう切り口から「ドイツ」問題を取り上げるのだろう。

 開演すると、ドイツ車と日本のパトカーのカー・チェイスに驚かされる。遠くに建てられた映画セット風の家屋に俳優が上ったり、遠くから観客のいるテントまでのかなりの距離を俳優たちが全力で駆けて来たり、キャンピング・カーやマイクロバスを走らせ、俳優がスタントマンよろしく走行中の自家用車の屋根の上で回転したりという風に、広い埋め立て地の空き地の特性を十二分に使った力動的な舞台は、B級アクション映画にささげられたオマージュとして爽快だった。

「無防備映画都市」公演の写真
「無防備映画都市」公演の写真
【写真はいずれも「無防備映画都市」公演から 撮影=片岡陽太©
提供=フェスティバル/トーキョー 禁無断転載】

 映画撮影はカットごとに撮影を行い、後日編集してはじめて全体のつながりが生まれる。映画の終わりのシーンと最初のシーンを一日のうちに撮影することも稀ではない。スタニスラフスキーがめざした登場人物と物語全体をたばねる超目標は、徹底したアンチ・ヒストリーの撮影現場からは立ち上がるすべもない。その撮影現場を舞台に選んだポレシュのやり方は、登場人物相互の人間関係が物語の主題となる『アメリカの夜』や『キネマの天地』とはまったく異なる。これらの映画や舞台が映画撮影所で行われる人間たちの物語を描き、スタニスラフスキーの俳優術で演技できるのに対して、ポレシュは映画撮影そのものを描いている。たとえばポレシュは役柄としての登場人物を複数の俳優に振り、撮影行為の物語化を意図的に避ける。ライナー=マリーア・フェラーリという人物がいて、彼が『ドイツ零年』のリメイクを行っているようなのだが、この役柄を女優が演じたり男優が演じたりするため、最初はだれがなにを撮影しようとしているのかよくわからない。このように一見混乱と見える演出は、映画撮影自体を舞台化しようとするポレシュと俳優たちの果敢な挑戦と言えるだろう。

 映像の使い方も興味深い。キャンピング・カーの室内を『ドイツ零年』の家族の住居に見立てて俳優たちが父の死の場面を演じ、それをカメラ担当が撮影して客席向かって右手の屋外スクリーンに映し出す。俳優たち全員がキャンピング・カーに入ってしまうので、客席からはスクリーンを見る以外に、俳優たちがなにを演じているのかわからない。このやり方は『皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だと』のときにも見られた。映画を模倣する演劇をカメラが時々刻々スクリーンに投影するという重層的な魅力が誕生する瞬間である。

 総じて非常に刺激的な仕掛けではあるが、デメリットも認めなければならないだろう。というのもこの映像を見て『ドイツ零年』を思い出せる観客は限られているからだ。この点をさらに言えば、異なる文化圏では引用のデメリットが目立つことは避けられない。字幕に目をこらしていると、『ドイツ零年』以外にも、いくつもの映画やテレビ番組を引用しているようだ。ライヒ・ラニツキーという名物文芸評論家も話のネタになっている。これらの引用元をすべて知っている必要はないとはいえ、舞台の会話から取り残される感覚を抱いた東京の観客は少なくなかったのではないだろうか。未知のネタを使って俳優たちが語り合っている時間が長く感じられたとしても、それは観客のせいではない。知らない話題に延々と付きあわされるような、気まずい気持ちを抱いた観客は少なくなかったのではないだろうか。

 「ドイツ」問題に対する演出家の姿勢も不明なままだった。たしかに『ドイツ零年』のリメイクを制作する者の歴史的主体を問う台詞はあるが、ドイツ・ナショナリズムをどのように批判したいのかわからない。このように問うことは無意味だと切り返されるのかもしれないが、どこか割り切れない思いが残った。

 すでに10年前に初めてポレシュを見たときにも、休みなく語り続ける俳優たちの語りの奔流に台詞の意味がかき消される印象があったことは事実である。しかし同時に、個々の台詞が聞き取れるかどうかにかかわらず、資本主義社会への激しい批判と非人間的な資本主義自体をパロディー化する強烈な精神とは痛切に伝わってきた。社会の保守化に抗する挑戦的な姿勢に共感を覚えたのである。たとえ言葉はそれほどわからなくても、この舞台なら支持できると観客を納得させるたしかな手ごたえがあった。もちろん今回の招聘公演でも、走り続け、しゃべり続け、語り続ける俳優たちの超人的な技量には大きな感動を覚えた。全体の構成もポレシュ独特のものであり、スタッフ・ワークを含めて世界中のどの演出家も作ることのできない独自の演劇であることは間違いない。けれどもこの体験はかけがえのないと多くの観客に思わせたかどうか。映画と演劇が模倣しあう遊戯空間は、決定的な瞬間の一歩手前でカーテンコールを迎えたのではなかったか。






【筆者略歴】
 新野守広(にいの・もりひろ)
 1958年神奈川県生まれ。東京大学文学部卒。立教大学教授。現代ドイツ演劇専攻。「シアターアーツ」編集委員。主な著書「演劇都市ベルリン」、主な訳書「ポストドラマ演劇」「火の顔」「餌食としての都市」「崩れたバランス」「最後の炎」など。

【上演記録、リンク】
無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部
豊洲公園西側横 野外特設会場(2011年9月21日-25日、21日と22日は雨天順延)
一般 5,000円/学生 3,000円

作・演出:ルネ・ポレシュ
■出演
インガ・ブッシュ、クリスティーネ・グロース、カトリン・シュトリーベック、マルティン・ラーベレンツ、トリスタン・ピュッター
■スタッフ
舞台美術:ベルト・ノイマン
衣裳:二ーナ・フォン・メホー
カメラ:ウーテ・シャル、アンドレアス・ダイネルト
照明デザイン:トルステン・ケーニッチ
ドラマトゥルク:エンネ・キニョネス
技術監督:シーモン・ベーリンガー
舞台監督:フランク・マイスナー
演出部:シェーレン・エルツェ、フロリアン・クリングナー、ツツェロ・ヘンリケ=マルケス
照明:ベアトリース・ソンマー=ウィッケラート、ダヴィッド・ウィンター
音響:クリストファー・フォン・ナテゥージウス、ウイリアム・ミンケ、アンナ・クレムザー
映像:イェンス・クルッル、ハーゲン・シュルツ
衣裳管理:ヤナ・コネツキ
プロンプター:ティーナ・プフッル
演出助手:アンネグレート・シュレーゲル
制作:ヤナ・べスカウ
製作:フォルクスビューネ、ベルリン
共同製作:リングロックシュッペン、ミュールハイム、ロッテルダム市立劇場、ヨーロッパ文化都市RUHR 2010

■日本公演クレジット
字幕・翻訳:萩原ヴァレントヴィッツ健
特別協力:ドイツ連邦共和国大使館、東京ドイツ文化センター
協力:公益財団法人江東区文化コミュニティ財団、アーバンドック ららぽーと豊洲
主催:フェスティバル/トーキョー


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