穂の国とよはし芸術劇場PLAT

◎舞台芸術を通じた人々の出会いと交流拠点『プラット』のオープン
  矢作勝義

 2013年4月30日開館記念式典、5月1日グランドオープンが目の前に迫ってきている、愛知県豊橋市の「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」(以降プラットと略)について私の個人的な視点から書きたいと思います。
 2012年4月1日から、公益財団法人豊橋市文化振興財団の事業制作チーフとしてプラットの開館準備の業務に携わり始めました。それまでは、1998年4月から2012年3月までの間、東京都世田谷区の世田谷パブリックシアターに勤務していました。

 もともと舞台芸術とは無関係の業界で働きながら大学時代の友人と旗揚げした小劇団で演劇活動をしていたところ、ひょんなきっかけで世田谷パブリックシアターの広報担当として働くことになりました。3年間広報を担当した後、施設利用・管理業務、管理運営業務、制作業務などを担当、制作者としては珍しく1年間技術部にも在籍するということが経験できました。
 また、退職する直前は学芸・教育普及の責任者を務め、幅広い業務に携わってきました。
 特に、開館2年目から10周年記念までの間、世田谷パブリックシアターがある種のスタイルを確立していく経過を、現在東京芸術劇場副館長の高萩宏氏、キラリ☆ふじみ館長の松井憲太郎氏、神奈川芸術劇場館長の眞野純氏などを初めとする、各地の公共劇場で活躍している方々のもと、内側から見ることができたのは貴重な経験だったと思います。

 しかし、劇場としては比較的スタッフの数が多いと思われる世田谷パブリックシアターですら、組織とすれば少人数といってもよい状況で、10年以上も働いているとある種の閉塞感というか、自分自身がマンネリを感じていたことは事実です。
 そんな中で2007年度から始まっていた『パブリックシアターのためのアーツマネージメント講座』において、2008年から3年間に受講生のメンター(助言者・アドバイザー)を担当することで得た経験が、地域の劇場で働くということを選択させるに至ったのだと思います。

 とりあえず10年程度は東京の最前線の公共劇場で働いてはきましたが、この先10年、20年と劇場もしくは舞台芸術という世界で働くためには、その経験だけではなく地域の劇場で働くという経験が必要ではないかとぼんやりと考えていた時に、プラットの開館準備の業務についてお声を掛けていただきました。特に何らかの血縁や地縁などがあるわけでもなく、本当に偶然としか言いようがありませんでした。

 やはり劇場のオープンに立ち会うという経験は何物にも変えがたく、また図らずも世田谷パブリックシアターと同規模の2つの劇場と複数の稽古場施設などを備えている演劇・ダンスを中心とした劇場であり、小さな規模でも作品創造活動を目指すと共に、地元の大学との連携事業などを検討しているなどの計画を伺って、事業の方向性としても自分の経験が生かせると考え、豊橋で働くことを選択しました。
 もともと高萩氏の影響もあり、劇場制作者は働く場所を変えながらキャリアアップを図るものだと思っていたのも、世田谷を辞めるという決断を躊躇せずにできた理由になります。

 さて、豊橋について話を進めたいと思います。まず、大半の方は豊橋市が何処にあるかをご存じないと思いますので、周辺地域の劇場マップをご覧いただきます。

中部東海地区劇場地図
中部東海地区劇場地図

 愛知県の東端、静岡県との県境に存在し、浜松などを含めて東三河地域と呼ばれているエリアです。2時間に1本はひかりが停車する新幹線の駅があり、関東・関西のちょうど中間に位置しています。豊橋市では平成14年から何度か劇場建設の計画が浮かんでは沈みということが繰り返されていたのですが、平成20年からP.F.I.方式(※)での建設計画が一気に進み現在に至ります。
 もともとは、生涯学習施設・図書館・劇場の3つの機能をもつ複合施設の一部として劇場が計画されていたのですが、予算規模の縮小など様々な要因から劇場建設だけが残ったという今時珍しい施設です。約780席の主ホール、266席の小劇場、2つの稽古場、2つの音楽練習室、3つのバンド練習室、2つの会議・展示室が一体となった施設であり、豊橋駅から徒歩3分という立地条件を生かし豊橋市の中心地に新たな人々の交流を生み出すことを期待されています。

穂の国とよはし芸術劇場PLAT1
穂の国とよはし芸術劇場PLAT2
【写真は、劇場外観(上)と主ホール(下)。撮影:永石秀彦 提供: 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 禁無断転載】

 施設デザインは、香山壽夫建築研究所が担当しています。彩の国さいたま芸術劇場、KAAT神奈川芸術劇場、東京芸術劇場のリニューアルなど、様々な劇場のデザインを手掛けてきた経験を生かした施設になっていると思います。3月に入り工事もほぼ完了し、内覧会をいくつか実施していますが、どの方にもとても好評で、明確な方向性を持ってデザインされ豊橋にはなかったタイプの建物だと評判を得ています。
 劇場の役割としては以下のようなことが求められています。
(1)既存の施設では難しかった本格的な舞台芸術作品が上演され、東三河地域の市民に鑑賞機会を提供すること。
(2)個性ある劇場として芸術創造と芸術文化の振興と人材の育成を推進すること。
(3)舞台芸術をきっかけとして豊橋市民を中心とする人々の交流を促進すること。
(4)東三河地域の舞台芸術の創造活動および情報の創造・発信基地となること。
 ちょっと珍しいのは、豊橋市の施設でありながらも、豊橋市域の活動に限定するのではなく、東三河地域というもう一段広いエリアをターゲットにしている点です。

 劇場の運営体制としては、平成22年4月に富山のオーバードホールでプロデューサーをされていた中島晴美さんが芸術文化プロデューサーに就任、平成23年4月には豊橋出身の俳優・平田満氏が芸術文化アドバイザー(実質的な芸術監督)に就任され、豊橋市とともに劇場建設計画の推進とともにオープニング事業プログラムの検討を開始していました。
 大型の公演になればなるほど、スケジュールを決めるタイミングは早く、早ければ2年前ぐらいから決めなければなりません。特にオープン1年目ということで、話題性のあるプログラムを用意するために、私が関わる前に大半のプログラムは決まっていたという状況でした。もちろん、私が関わって以降に決まったものもあります。
 私とともに2012年4月から高瀬洋さんという劇団四季や音楽座などの舞台監督を長年勤めてこられた方が舞台技術チーフとして就任し、劇場の建築現場においては、舞台技術面のアドバイスを行っていました。現在は、開館に向け新しいスタッフと共に舞台設備の習熟トレーニングを連日行っています。
 プラット開設準備事務所にはあと1人財団のプロパー職員がおり、財団広報紙の編集や財団主催事業を担当していました。

 私の役割としては、プログラム面と言うよりは、運営面の準備を担ってきました。主なところを上げると、指定管理提案書の作成、平成25年度事業予算書の作成、各種助成金申請書類の作成、劇場HPの立ちあげ、チケットシステムの立ちあげ、教育普及事業・人材育成事業の準備と実施など。まさしく世田谷時代の経験が直接生きてきました。
 もともと、自分自身としては具体的なプログラムをどうこうするというよりも、外側の枠組みを組み立てることの方が得意なので、適任だったと思います。

 最後にオープン後の方向性について言及しておきたいと思います。豊橋市からは、市民参加型の音楽劇・ミュージカルを創って欲しいという具体的な要望がありますが、個別のプログラムについては少し置くとして、以下の様に考えています。

 まずは、短期的な成果ではなく、長期的な視野で劇場プログラムを捉えて貰えるように、常にアピールし、それにふさわしい事業プラン、特に教育普及・人材育成事業を計画すること。
 世田谷パブリックシアターですら、劇場として地域に浸透してきた実感が持てるのに約10年かかりました。
 人口規模も事業規模も異なりますが、同じように10年間は様々な種を地道にまき続ける必要があると考えています。
 そのためには、小学校・中学校といった義務教育期間の子ども達と、演劇やダンスなどの活動を具体的に始める高校生達に対するアプローチが重要だと考えています。

 次に小劇場空間での上演活動を定着させること。このあたりが、東京と地方の大きな差だと思うのですが、豊橋市にはいわゆる小劇場というコンパクトに上演出来る劇場空間がなかったためか、小劇場劇団があまり存在しないようです。
 いくつかの市民劇団や、地元の愛知大学(私立)に演劇部がありますが、上演会場や作品スタイルは東京に比べてしまうと圧倒的にバリエーションが少なく、オーソドックスなものにならざるを得ない状況だと思います。
 プラットには、アートスペースという小劇場がありますが、とはいえ200席以上です。一方、創造活動室という稽古場に客席を組めるようなスペースもあり、ここでの上演も可能です。多様な地域からの作品を紹介するような小劇場フェスティバルなどを企画することで、豊橋の人に上演会場や上演スタイルに対する新たな視点を提供したいと考えています。

アートスペース
【写真は、アートスペース。撮影:永石秀彦 提供: 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 禁無断転載】

 そして、上記のことと重なるかもしれませんが、部活動の推進を計画していきたいと思います。演劇だけでなく、ダンス、音楽、美術など舞台芸術に関わるような分野なら限定せずに計画していきます。
 自分もそうでしたが、やはり高校生や大学生時代に経験したことが、一生心と体に染みつくものだと感じています。全ての人がプロに成ることや、その後も活動を継続する必要はないのですが、やはり過去に経験があることがその後の行動に多大な影響を及ぼしていると思います。
 野球やサッカーなどのスポーツの構造を見れば明らかですが、野球やサッカーの観戦者の大半は元プレイヤー、もしくは家族にそういう人がいる環境でしょう。Jリーグの試合を見に行くとサッカー部の小学生から高校生がスタンドに非常に大勢いますから。

 演劇もダンスでも観客の大半は演劇・ダンス関係者という身内ばかりと批判されることがありますが、実は何でも同じようなものだと思います。なぜなら、好きだから演劇やダンスをやり、好きだから演劇やダンスを観るのだから。
 だとすると、子どもの頃に鑑賞ということだけでない演劇やダンスの良い体験ができるような環境を提供することが必要なのだと思います。そのためにも新しい劇場には、演劇小僧やダンス少女が、具体的に用事がなくてもたむろできるような空間を創りたいのです。
 そうしたことを許容できるハードウエアとしての空間と、具体的な目的のない人を施設から排除しないソフトウェアとしての空間が必要であると同時に、彼らを引きつけるだけの何かを持っている顔の見える劇場スタッフの存在が必要です。新規採用のスタッフには、ぜひそうなって貰いたいと思います。

 劇場のオープンは目的ではなく、単なるスタート地点でしかありません。ここから始まる長い道のりは決して平坦ではありません。また、一人だけですすむのではなく、途中で誰かにバトンを渡すかもしれません。しかし諦めず、へこたれず、急がずに一歩ずつ前を見てすすむだけです。

※豊橋市芸術文化交流施設整備等事業(PFI)についての詳細資料は豊橋市文化課のHP>>からダウンロード可能です。

【筆者略歴】
矢作勝義(やはぎ・まさよし)
 1965年生まれ。東京都出身。公益財団法人豊橋文化振興財団『穂の国とよはし芸術劇場PLAT』事業制作チーフ。東京都立大学(現・首都大学東京)演劇部「劇団時計」から演劇に本格的に関わる。卒業後は、学生時代の仲間と劇団を旗揚げ。1998年4月から広報担当として世田谷パブリックシアター勤務。2012年3月世田谷パブリックシアター退職。4月(公財)豊橋文化振興財団 事業制作チーフ就任。2013年4月30日開館の“穂の国とよはし芸術劇場PLAT”の開館準備にあたる。


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