鵺的「幻戯[改訂版]」

◎ ひとりの人間を見続ける
  林あまり

「幻戯」公演チラシ
「幻戯」公演チラシ

 嬉しいほど暗い。ひとりの人間を見続ける、その行為を堪能した。
 鵺的「幻戲」(作・演出 高木登)を観てから、ひと月近く経つというのに、幾度もあの、濃密な空間を思い出す。様々な場面、セリフがよみがえっては、(あれはどういう意味なんだろう)と考え込む。
 性の芝居、なのだろうか。確かに、舞台は売春宿だし、登場人物がたびたび話題にするのはセックスだ。しかしどうもそれだけではないらしい。

 舞台は古びた日本家屋。売春宿の、はなれである。このはなれの部屋の裏庭には、一本の枯れかかった木がある。
 十日ほど前に、この木の枝で首を吊って死んだ女がいたらしい…というところから芝居は始まる。
 その女・玖美子がこの宿で特別な女であったこと、不在の感覚がかなり大きなものであることが、のこされた者たちの会話からうかがえる。

 暗転ののち数ヶ月、時間がさかのぼる。三十代の新進作家が、先輩の作家に誘われ、気が乗らないままこの宿に連れて来られる場面となる。

 新進作家・板倉(今里真)は童貞で、先輩の黒崎(平山寛人)はかたくなまでに性行為を拒む板倉に、なんとしても初体験をさせたい。そのことで板倉の書くものが変化するかどうかが知りたいのだ。
 黒崎はいつも自分が指名している女・玖美子を呼び、板倉の相手をさせようとする。
 登場した玖美子(秋澤弥里)は生き生きとした、魅力的な女。客あしらいもうまそうな、まさにプロの女だ。板倉に感じよく接し、性行為に持ち込もうとするが、板倉は拒否する。

 らちのあかない会話の合間、玖美子は部屋の引き出しに一冊のノートを見つける。日記帳のようなそれをめくった彼女の目に入ったのは「わたしは玖美子というひとがあまり好きではない」という文章だった。
 日記を書いたのが、同じ宿で働く、面識のない女・布見繪(奥野亮子)であると知った玖美子は、布見繪を呼んで話をしようとする。 やって来た布見繪は、華やかな玖美子とは正反対の、影の薄い、しかも口のきけない女。
 しかし板倉と布見繪は、なんとなく気持ちが通い合ったかに見える。結局、玖美子とも布見繪とも性行為を拒否したまま、帰る板倉。

「幻戯」公演から
【写真は、「幻戯」公演から。撮影=石澤知絵子 提供=鵺的 禁無断転載】

 一ヶ月が経った。板倉は再び宿を訪れ、玖美子を指名する。
 そして玖美子に、布見繪と暮らしており、愛し合っていること、しかし布見繪とは肉体関係は持たない、布見繪を汚すようなことはしたくないのだということを、にこやかに説明する。性欲の解決として玖美子を抱きに来たのであり「ぼくの精神は布見繪が満たしてくれます。身体は別の女性に満たしてもらえばいい」と言い放つ。
 最初は笑っていた玖美子も、だんだん話を聞くうちに、ぞっとしたように、そんなの気持ち悪い、と板倉を拒もうとする。

 -このあたりまでは、私はこの芝居を、まあ普通の、新劇のようなリアルな芝居だと観ることも、可能だった。
 しかし次の場面。一週間後の玖美子を見て、私は混乱した。玖美子が玖美子でなかったからだ。
 もののたとえなどではない。玖美子として登場してきたのは、玖美子役の女優・秋澤弥里でなく、布見繪役の奥野亮子だった。

 どうやら登場人物は皆、奥野亮子を布見繪でなく玖美子と認識し、その変化に気づいているのは、宿で働く日登美(松葉祥子)という、少し頭の弱い女だけという設定らしい。

 しかも奥野亮子が演じているのは「なぜか板倉にベタ惚れして、宿の女主人(佐々木なふみ)に別れるように諭されても受けいれられない玖美子」という、もう私には訳の分からない役なのだ。
 玖美子と布見繪は、二人で一人であり、同一化している、または生き霊が乗り移るような事態になっているだろうか。

「幻戯」公演から
「幻戯」公演から2
【写真は、「幻戯」公演から。撮影=石澤知絵子 提供=鵺的 禁無断転載】

 三島由紀夫「近代能楽集」の世界などが思い浮かぶ。 いや、違う。それとは違う。-私は私の勝手な、けれど、ある確信を持った解釈にたどり着いた。

 この芝居の登場人物をバラバラの個人と見るのはやめよう。むしろひとりの人間ーそれは劇作家の高木登かもしれないがーのいろいろな面が、登場人物それぞれのカタチを借りてものを言っているのだ。
 いろいろな人間がいる、という話ではなく、ひとりの人間をあらゆる角度から眺め、見つめ、嗅ぎまわる話なのだと受け止めよう。 するとすべてがスルスルッと、私の喉のあたりに入り込んできて、一気に観やすくなった。

 能天気な板倉も、すさみきった黒崎もイヤな奴だ。けれど、彼らが玖美子や布見繪と同じひとりの人間の、それぞれの表情なのだと受け止めれば、玖美子や布見繪へのいとしさを、板倉や黒崎にも向けることが出来る。
 性についても、ひとりの人間がその時々で、性行為に対し肯定的にも否定的にも揺れるのは当然だ。矛盾を抱えたひとりの人間を、複数の役柄がそれぞれの性を語ることで、表しているのではないか。
 だとすると、こんなにもひとりの人間を見続けることになる芝居を、私は他に知らない。

 「鵺的」には前回公演「荒野1/7」で出会って、衝撃を受けたが、今回また新たな衝撃を受け、頭はパンチドランカーのようにぐらぐらしている。

 言うまでもなく、複雑な芝居を支える役者たちの演技力には、舌を巻く。
 特に、秋澤弥里の奥の深い女の魅力、平山寛人の屈折ぶり。それに宿に棲みつくチンピラ・笠松役の杉木隆幸の愛嬌と迫力。彼らを見ていると、日本の小劇場は実に豊かな宝の山だな、とつくづく思う。

 もちろん戯曲に注文もある。日登美という役は、必要なのだろうか。私にはそこが不満だ。霊的能力(?)によって見える者だけに見える、玖美子と布見繪の同一化という話になってしまうと、説明的でちょっとつまらない気がする。
 なんにせよいま、「鵺的」から目が離せないことだけは確かである。



【筆者略歴】
林あまり(はやし・あまり)
 歌人、演劇評論家。1963年東京生まれ。成蹊大学文学部日本文学科卒。作詞(坂本冬美「夜桜お七」ほか)も手がける。「テアトロ」誌で巻頭リレー劇評「今月のベスト3」を、渡辺保氏と交代で隔月連載中。著書に、歌集「マース☆エンジェル」(沖積舎)「ベッドサイド」(新潮社)「スプーン」(文藝春秋)エッセイ集「光を感じるとき」(教文館)など。現在、成蹊大学・武蔵野大学・多摩美術大学非常勤講師。
ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ha/hayashi-amari/

【上演記録】
鵺的(ぬえてき)第6回公演「幻戯【改訂版】
下北沢・「劇」小劇場(2013年2月20日-26日 [全11回])
上演時間 約1時間35分
作・演出 高木登

出演
​秋澤弥里​
今里真​
奥野亮子(​劇団前方公演墳)​
佐々木なふみ(東京ネジ)​
杉木隆幸​
平山寛人(鵺的)
松葉祥子​
渡辺まの(MU)

料金
前売 3000円
当日 3200円
グループ割 (三名様以上おひとり)2800円
学生割 2500円 (要学生証提示)
初日割 2500円 (前売・当日共)

スタッフ
舞台監督=田中翼
ドラマターグ=中田顕史郎
照明=千田実(CHIDA OFFICE)
音響=平井隆史(末広寿司)
舞台美術=大津英輔+鴉屋
演出助手=井原謙太郎
衣装=吉永亜矢(午後から雨になるでしょう)
宣伝美術=詩森ろば(風琴工房)
舞台写真撮影=石澤知絵子
ビデオ撮影=安藤和明(C&Cファクトリー)
制作=鵺的制作部・J-Stage Navi
制作協力=contrail

アフタートーク
2月20日(水) 19:30 大森貴弘(アニメーション監督)
2月21日(木) 14:30 瀬戸山美咲(劇作家・演出家・ミナモザ主宰)
2月21日(木) 19:30 中田顕史郎(俳優/ドラマターグ)
2月22日(金) 19:30 佐藤由美(アニメーションプロデューサー) 横山朱子(プロデューサー)
2月23日(土) 14:30 木村文洋(映画監督)
2月23日(土) 19:30 金巻兼一(脚本家・ミュージシャン) わたなべひろし(アニメーション演出)
2月24日(日) 14:30 鶴田法男(映画監督)
2月24日(日) 19:30 山本清史(映画監督)
2月25日(月) 14:30 ​​​小中千昭​​​(​​​特殊脚本家・作家)​​
2月25日(月) 19:30 高橋良輔(アニメーション演出家)
2月26日(火) 19:00 中村健治(​アニメーション監督)


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