アロッタファジャイナ「被告人~裁判記録より~」

◎価値観の脆さ、危うさを指摘
 節丸雅矛

公演チラシ
公演チラシ(撮影=豊浦正明)

 人が人を裁く。それが裁判である。
 人が人を裁くためには理由がいる。その根拠が「罪」という概念であり、「罪」は償わねばならぬものである。
 「罪」を「罪」たらしめるのは「神」もしくは超越した存在であり、「神の法」「自然法」とも言うべきものである。
 『人を殺してはならない』『盗んではならない』…一見当たり前、あえて議題にするまでも無い自明のことのように見える。
 この「当たり前のこと」に対して大きく疑問を投げかけるのがこの作品「被告人~裁判記録より~」である。

 “実際の裁判記録をテキストにして被告人の生の言葉を蘇らせる実験演劇”と説明されている通り、実際に起こった事件の裁判記録に多少の脚色を加えながらも基本は被告人の生の言葉を使って創られている。
 それは人が人を裁くための理由を、いや、言い訳をしている様を記録したようでもある。
 しかし、その記録をなぞって行けば行くほど人が人を裁く理由は曖昧になって行く。
 脚本家の松枝佳紀が僕らの前に提示するのはその人間の価値観の根拠の曖昧さである。

 秋葉原無差別殺傷事件を引き起こした加藤智大は、その裁判記録の中で幼少時の異常の体験が明らかになる。加藤の母親は教育熱心で異常とも言える完璧主義者。食事を食べるのが遅い加藤を叱り、床に広げた新聞紙に食事をぶちまけ、それを食べさせるような仕打ちをする。その母親の行為を横目で見ながら黙々と食事を食べ続ける父親と弟…。
 裁判の過程で、加藤の母親の教育熱心という名の狂気が明らかになり、その母親と加藤の確執があたかも事件を引き起こした理由であるかのように語られる。
 しかし、いくら加藤の過酷な幼少時代が明らかになっても無差別殺傷事件を引き起こした罪が消えることは無い…はずなのだが、観ている僕自身の中に加藤に対する同情が生まれ混乱させられる。
 許されるはずの無い「罪」を犯した者をどこかで許したい思う気持ちの自分がいる。

 続けて演じられる結婚詐欺、連続不審死事件にしてもそうだ。その異常な行動と性的関係が世間の耳目を集め時の人となった木嶋佳苗。彼女は本音と建前、理性と欲望を使い分ける人間の矛盾を突くがごとく、自分の思うがままに人を殺め、性的歓喜を楽しみ続ける。
 木嶋佳苗のように感じる部分が自分の中に全く無いとどうして言えようか。

「被告人」
「被告人」2
【写真は、「秋葉原無差別殺人事件」(上)と「連続不審死事件」(下)(ともにゲネプロ)から。撮影=松枝佳紀 
提供=アロッタファジャイナ 禁無断転載】

 さらに続く日本社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件の犯人である17歳の右翼山口二矢、2.26事件を引き起こした青年将校のひとりである磯辺浅一に至っては、そのあまりの純粋さ、真っすぐな気持ちが観る者の胸を打つ。
 国を憂い、大義のために行動を起こした彼らに「罪」を問うことが我々は出来るのだろうか? 裁いてもいいのだろうか? という疑念が巻き起こる。

 そして最後はジャンヌ・ダルクだ。
 ジャンヌ・ダルクは「神の啓示を受けていた」ことは嘘だったと自分の行動の根拠を否定する発言をし、生き延びるために書面にサインをする。そう、「神」だ。「罪」の根拠である「神」。信じる者にとっては確固たる存在であり、信じない者にとっては無意味な存在である「神」。
 「神を信じるか信じないか」が結局は人が人の「罪」を裁く唯一の理由であることを松枝はジャンヌ・ダルクの異端審問裁判を通して示すのである。

 もう「正義の味方」はいなくなってしまったのだ。
 高度経済成長期に誰もが信じていた明るい未来と夢。必ず最後は正義が勝ち、努力は報われ、夢は実現する。誰にでもチャンスがあり、世の中は一億総中流時代と呼ばれていた。
 でも、時代は変わった。混沌としていて見えない未来。アベノミクスと騒がれようとも楽にならない日々の暮らし。株価だけは上がっているようだが生活の苦しさは改善されることが未だ無い現在。必ずしも努力が報われる訳では無いことを人は学び、実現しない夢を追いかけることを止めてしまった。
 いや、むしろその方が現実的なのかも知れない。多くを望まず、足るを知り、注意深く静かに生きる。それが今の時代に合っていることかも知れない。
 あの頃は怪獣が出現し暴れて街を破壊しても最後はウルトラマンがやってきて助けてくれた。怪人が街の安全を脅かしても最後は仮面ライダーがやってきて悪を懲らしめてくれた。
 ドラえもんのポケットから夢の道具が飛び出してきたのも、夢や明るい未来を信じていたからだ。
 もう夢や明るい未来を信じることができない時代となった。
 今の僕たちにとってはウルトラマンも怪獣と変わらず異星人からやってきた巨大な破壊者でしか無くなってしまった。彼らは勝手にやってきて勝手に街を破壊して帰って行く。
 仮面ライダーだって同じだ。怪人といえどもショッカーに改造された「人」である。その「人」を殺して行く様をどうして子どもに見せられようか。どうして認めることが出来ようか。もしもその行為を正当であるというならば山口二矢や磯辺浅一はなぜ「罪」を問われたのか、裁かれ犯罪者となったのだろうか。
 何度も言うが時代は変わった。
 もう誰も正義を信じていない。誰もシリアに戦争を仕掛けるアメリカを認めることは出来ない。
 もう誰も明るい未来を信じていない。2020年に開催が決まった東京オリンピックより前に福島の原発のことの方が問題だ。必ず近いうちに起こり、32万人が死ぬと言われている南海トラフ地震の減災対策を練る方が重要だ。
 みんな心のどこかで薄々気づいているのだ。

 「被告人~裁判記録より~」は人間が信じている価値観が如何に脆いものであるかを突きつける。
 この世の中に「善」も「悪」も、「正しい」も「間違っている」も無いのだということ、ひいては世の中で起こることに意味などはじめから無いのだということを表現しているように僕には感じられる。
 きっと殺していいのだ。
 きっと淫らに乱れていいのだ。
 全ては人間ひとりひとりに託されていることなのだ。
 松枝佳紀の作品はいつも意地悪く、注意深く、社会の矛盾を、人間の信じる価値観の危うさを鋭く指摘する。
 今回の作品で恐らく観客が感じたであろう犯罪者への共感はその証明でもあるのだ。

【略歴】
 節丸雅矛(せつまる・まさむ)
 1965年生まれ。深夜番組「オールナイトニッポン」に長く関わり、松任谷由実、福山雅治、吉井和哉、ポルノグラフィティ、ゆず、ロンドンブーツ1号2号、X JAPANのhide、小室哲哉などの番組を担当。現在もプロデューサーを務めながら、番組を軸に、オールナイトニッポンイベントのほか、出版、CD制作なども数多く手がけている。

【上演記録】
アロッタファジャイナ「被告人~裁判記録より~
渋谷・ギャラリーLE DECO(8月27日-9月1日)
構成・演出:松枝佳紀
(1)秋葉原無差別殺人事件(被告人:加藤智大)
(2)連続不審死事件(被告人:木嶋佳苗)
(3)日本社会党委員長刺殺事件(被告人:山口二矢)
(4)226事件(被告人:磯部浅一)
(5)異端審問裁判(被告人:ジャンヌ・ダルク)
キャスト
石原尚大、内田 明、宇野愛海、大森勇一、於保佐代子、笹岡征矢
塩 顕治、平子哲充、ナカヤマミチコ、縄田智子

スタッフ
宣伝写真:豊浦正明
衣装:伊藤摩美
照明協力:柳田 充
音響協力:筧 良太

チケット料金( 全席自由席、未就学児童入場不可)
○ 通常(8月31日-9月1日)前売3,300円 当日3,300円
☆ 早割(8月27日-28日)前売2,700円 当日3,000円
★ 中割(8月29日-30日)前売3,000円 当日3,300円


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください