連載企画「外国人が見る小劇場」 第1回

タイニイアリスとの出会い

-そうでしょうね。演劇活動だけで生活するのは日本でも大変のようです。

 疲れがピークに達した頃、新宿のタイニイアリスを運営していた丹羽(文夫)さんが釜山に来て、日本と韓国の劇団が合同で芝居を作るので参加しないかと誘われました。2002年です。丹羽さんが演出した芝居に出演するため初めて日本に来て、タイニイアリスの舞台に立ちました(注2)。
 それがきっかけになって、丹羽さんから文化庁の海外芸術家招聘研修制度があるので応募してみたらと勧められて書類を出したらOKになった。それがねえ、2003年6月1日に来日しなければいけないのに、OKが出たと聞いたのが5月22日ですよ(笑)。おおわらわで支度しました。
研修期間は10ヵ月でしたが、結局、もっと長く日本に滞在することになってしまった。日本に来ること自体、ぼくの人生で思わぬ出来事、予想外の事態でした。劇団の活動が忙しかったら日本には来なかったと思います。たまたま劇団が活動休止状態だったときに丹羽さんが機会を与えてくれて、よく面倒をみてくれたんです。丹羽さんと西村博子さん(アリスフェスティバル・プロデューサー)は本当にぼくの演劇人生の大恩人です。

-タイニイアリスは韓国、台湾、香港、中国などアジアとの演劇交流を実現した先駆けでした。人的ネットワークのタネをまき、相互交流の道筋を切り開きましたね。さて、来日してからは大学で勉強したんですよね。

 最初は大学で勉強するつもりはありませんでした。勉強の出来るタイプでもなかったし…。古井戸秀夫先生(当時早稲田大教授、現在東京大学大学院人文社会系研究科教授)と知り合えたのがきっかけです。古井戸先生から「この本を読んでみたどうですか」と渡されたのが世阿弥の「風姿花伝」でした。同時に「世阿弥アクティング・メソード―風姿花伝・至花道・花鏡」(堂本正樹著)もいただいた。読んでみて、衝撃を受けました。
 ぼくらは演劇、演技のベースにスタニスラフスキーのメソッドを学びましたが、どこかにズレがある、抜け落ちている何かがあると思っていました。それが、世阿弥の著書を読んで、ひらめいてしまった。これはすばらしい! 演劇を学び、東洋の美学を求めていながら、どうしていままで世阿弥の存在を知らなかったのか。そこから「風姿花伝」を原文できちんと読み込んで掘り下げたいと思いました。
 それで古井戸先生の下で学ぶことにしたのです。その後、古井戸先生は東大に移ったので、東大へ。早稲田大の竹本幹夫先生、東大の松岡心平先生にも教わりました。普遍的な演劇論を見つけていきたいと考えています。

-金さんが今年旗揚げした劇団の名前が「世amI」でした。命名の由来と思いが伝わってきますね。

 ホームページに劇団名の意味が書いてありますが、二重、三重の意味を込めて付けたつもりです。(注3)

チケット・ノルマ制にびっくり

-金さんは日本の舞台をご覧になるだけでなく自身で舞台に立ち、いまは演出も手がけています。劇団や舞台の実際を知るにつけ、日本の舞台にはどういう特徴があると考えていますか。

 日本に来て驚いたことがふたつあります。ひとつは制作の面。日本に来た最初の年、小劇場の芝居ばかり1日1本、土日は2本ずつほとんど毎日見ました。10ヵ月で300本くらい、自分でも驚くほど見ました。上演の時間が重なったりして、たくさん見るにはかなり頭を使いました(笑)。
 舞台が終わるとみんながアンケートを書いている。僕はアンケートは書きませんでしたが、自分のために観劇メモをつけていました。忘れるかもしれないから(笑)。そのとき、観客がなかなか出て行かない。アンケートを書いているのかと思っていたら、客席かロービーで俳優が出てくるのを待っていたんです。俳優が姿を現して、待っている人たちと挨拶や会話が始まる。観客の8割ぐらいが友達、関係者。もう、びっくりしました。
 韓国では見たことのない光景でした。韓国では知り合いが来ても、楽屋に来て挨拶するくらいです。いくら小劇場でも、観客がまだいるのに、客席に役者が出てくるなんてことはない。そもそも観客の中に知り合いなんかそんなにたくさんはいません。あの風景は珍しかった。強烈な印象でした。

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