連載「もう一度見たい舞台」第2回 劇団風の子「2+3」

◎「嘘言うなー!」(ぜひ京都弁のイントネーションで)
 都留由子

「風の子50年史」と「遊びの中の演劇」(作・演出の関谷幸雄の著書)
「風の子50年史」と「遊びの中の演劇」(作・演出の関矢幸雄の著書)

 もう一度見たい舞台を挙げるときりがない。孝夫・玉三郎の「桜姫東文章」、スウェーデンの劇団(名前を忘れてしまった)の「小さな紳士の話」、デンマークのボートシアター「フルーエン」、五期会の「そよそよ族の叛乱」、プロメテの「広島に原爆を落とす日」。どの作品も、いくつかの場面が鮮やかに目の前に浮かぶ。

 が、ひとつ、具体的な場面はほとんど覚えていないのに、もう一度見たい作品がある。1980年に京都のどこかの小学校の体育館で見た、劇団風の子の作品「2+3」だ。
 劇団風の子は1950年創立の児童・青少年演劇の劇団で、この「2+3」も、小学校低学年以下の子供たちのための小規模作品。当時学生だった私がこの作品を見に行ったのは、全く偶然だった。来日していたアメリカ人の演劇研究者が、日本の児童演劇を見たいからと、研究室にたむろしていた私たち学生に通訳兼付添いを頼み、上演の日の都合がよかったのは私だけだったのだ。

 その頃お芝居を見るのが面白くなっていた私は、歌舞伎、能狂言、新劇、島之内小劇場の地元劇団の公演、できたばかりのオレンジルームでの小劇団の公演など、なけなしのアルバイト代をチケットにつぎ込んでいた。どんな作品であれ、見られるならラッキーと思ったのもあったかもしれない。

 会場の小学校体育館は、もう子供たちがいっぱいで、後ろの空いたところで楽しく元気に走り回っている一群もいた。開演までの間、ひときわ目立つ背の高いアメリカ人夫妻を、子供たちは振り返って見たり、走り回ったついでにちょろっとのぞきに来たりするので、横に立つ私はちょっと居心地が悪かった。が、お芝居が始まるとそんなことは吹っ飛んでしまった。

 平土間の舞台に出てきた役者5人は、子供たちの視線と注意をあっという間に完全に引きつけ、その状態は緩むことなく終わりまで続いた。お話の内容でひっぱっていくようなストーリーのある作品ではなく、特別な装置も道具も、たぶん照明もなかったのに。

 子供たちは身を乗り出すように舞台を見つめていた。生き生きと反応しているのが、邪魔にならないように後ろで見ている私にもよく分かった。はっきり覚えているのだが、役者が相手役をだますような台詞を言ったとき、見ている子供の誰かが「嘘言うなー!」と叫んだ。みんなの気持ちが、その子の言葉になって出てきたように感じられ、どの子もその声に頷いたように思われた。言葉の分からないアメリカ人研究者に、あの子は何と言ったのかと尋ねられ、もちろん私は汗をかきつつ一所懸命説明したのだけれど、本当は、説明なんてしないで舞台を見たいと思っていた。それまで児童演劇には関心もなくて、ただの付添いのつもりだったのに、体育館で上演された「2+3」は、おぼつかない英語で説明するなど面倒なことをしながらではなく、じっと見ていたいくらい面白かった。

 考えてみれば私は「子供向けの演劇」を見たことはなかった。小さい頃から宝塚歌劇には連れて行ってもらったけれど、子供の頃に見たお芝居はたぶんそれだけで、子供のために作られた作品をちゃんと見たのは、このときが初めてだったと思う。今となっては恥ずかしいが「児童演劇」という言葉に漠然と説教臭くてダサいイメージを持っていたのだろう、あれ、児童演劇って面白いやん、というのが正直な感想だった。さっきまで走り回っていた子供たちは、決してシーンとはしていないけれど、どの子も舞台に集中していることが伝わってきた。こんな面白いもんをやってたなんて、全然知らんかったやん。

 この文章を書くについて、あやふやな記憶を補強したくて、資料を探し、見たという人に話を聞いた。すると驚いたことに、1980年に見たこと、作品が劇団風の子の「2+3」であることは、メモがあるので間違いないが、私が「2+3」だと思っていた舞台の記憶は、「2+3」と、後になって見た同じく風の子の「風の子バザール」と「トランク劇場」とがごっちゃになっていることが判明した。もしかしたら、もっと他の作品も混じっているかもしれない。自分の記憶のいい加減さには呆れるばかりだ。しかし、アメリカ人研究者に説明しながら見たのは「2+3」だけだから、あの甲高い「嘘言うな!」という声を含む周囲の子供たちの反応と、あれ、児童演劇って面白いやん、という感想は「2+3」を見たときのものに違いない。

 集中して見つめている子供たちの発散するあの熱のようなものと、その視線の先にあった予想外の面白い舞台。普段見ているお芝居とは違う、でもすごく面白いものがあることを、また、じっとしてないんじゃないかと思っていた子供たちが、あんなに面白そうに夢中になってお芝居を楽しむんだということを、生意気にも「ちょっと芝居を見ている」つもりだった学生の私に教えてくれた作品だった。

 それにしてもどんな舞台だったのか。できるならもう一度、体育館いっぱいの子供たちと一緒に、今度はしどろもどろ通訳などしないで見てみたい。

*書くに当たって、劇団風の子東京の近藤和美さんに資料や情報を提供して頂きました。ありがとうございました。

【筆者略歴】
 都留由子(つる・ゆうこ)
 阪神間で育ったので、幼稚園のころ宝塚歌劇を見たのが舞台との出会い。学生時代に劇場に通い始めた。身軽に芝居を見に行けなかった子育て期に子ども向けのお芝居を楽しみ、子どもが大きくなっておとな向けのお芝居に復帰。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ta/tsuru-yuko/

【上演記録】
劇団風の子「2+3」
(1977年-1987年)
作・構成演出:関矢幸雄
美術:有賀二郎
音楽:岸功
衣裳:岩崎俊政
ぬいぐるみ制作:佐藤裕彦
舞台監督:小林一夫
制作:本間整
出演:梅田きみ子、桑田規子、小林一夫、田中勉、宮下雅己、(信坂みどり、向後俊一、水谷道夫、長津たい子、野田ちひろ、山道志穂子)
(「劇団風の子50年史−1950−2000年−」より)

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