劇団印象「グローバル・ベイビー・ファクトリー」

◎ファンタジーから現実へ
 今井克佳

gbf0a 劇団印象(いんぞう)の鈴木アツトの作品と言えば『青鬼』や『匂衣』などが印象に残っている。食用に飼っていたイルカが人間化してしまう話(『青鬼』)やら、盲目の女性の家に「犬」として住み込む居候の話(『匂衣』)など、鈴木の劇作はありえないファンタジックな設定から、笑いと現代社会へのちくりとした批判を汲み出してくるといった作風だった。『青鬼』などは再演でブラッシュアップされ完成された面白さを持っていたし、『匂衣』は新たな劇作世界への可能性を感じさせてくれた。演出においてもフィジカルシアターとしての面白さを持つものが多かった。

 しかしその後、創作者としてはやや停滞している印象があり、直接伝えたわけではないが、作演出を一人で背負わず、他の作り手と組むことによって切磋琢磨することがよいのでは、と感じていた。私のそんな勝手な心配をよそに、彼は自らそうした道に進んで行き、韓国やタイの演劇人との国際交流のなかで、それぞれの国の戯曲を演出する公演を行い、一方で日本劇作家協会の「月いちリーディング」に戯曲を提供し、先輩劇作家も含めた批評の目に自作をさらすなど、活動の幅を広げていった。私はそれを鈴木の「修業時代」とでも呼びたくなるような気持ちでいた。その「修業時代」はまだ終わったわけではないのかもしれないが、一つの成果として現れたのが、今回の『グローバル・ベイビー・ファクトリー』であろう。

 『グローバル・ベイビー・ファクトリー』は、国際的な代理出産ビジネスをとりあげている。これは鈴木のこれまでの作品のように「ありえない」設定ではなく、事実を土台としている話である。少し前にある芸能人夫妻が、日本国内で認められていない代理出産を海外で行ったことが話題になったが、現在では代理出産ビジネスが最も盛んなのはインドなのだという。鈴木は作品をいったん書き上げた後、インドでの代理出産ビジネスの現場を取材し、作品を練り上げての上演に備えたようだ。

 三十代後半のキャリア・ウーマンの主人公砂子(小山萌子)は、見合い結婚したが、子宮がんのため、子宮を全摘し出産できない身体になってしまう。彼女は結婚するまえに高額の卵子冷凍保存を行っていた。その卵子と夫の精子を受精させ、インドでの代理出産ビジネスに希望を託すのだ。インドでの代理出産の利用料は300万円程度だと作品では語られている。芸能人でなくても夫婦で中流のサラリーを得ていれば払えなくもない金額。そしてそれはインドでは家が建つ額であるという。代理出産ビジネスの現場も描かれる。貧しい階級出身の女性達が集まり妊娠から出産までの期間、共同生活をしている。専門の女性ドクターが女性たちの体調を管理しているのだ。

【写真は、「グローバル・ベイビー・ファクトリー」公演から。撮影=青木司 提供=劇団印象 禁無断転載】

 家族の面会も可能だ。夫や子供が訪ねてくる。一回出産すれば家が建つし妊娠している間も給料のようなものがもらえるので味をしめた夫はバイクを買ったりカメラを買ったりと贅沢をしている。女性の方も家族の身勝手さにあきれつつも役立っていることにまんざらでもなさそうな顔をする。二回、三回、あるいは年齢が許す限りこの「仕事」を続けようという女性もいる。まったくもって驚かされる。しかしこれは「ファンタジー」ではない。実際に起こっていることなのである。

 日本人の「両親」もこの「代理母」に面会することができる。遺伝上の母である砂子は「自分の子どもに代理母の産道を通ってほしくない」という理由で、帝王切開を代理母に要求するのだ。帝王切開にも手当がつく。そのためか代理母はそれほど抵抗感なく受け入れる。このあたりになると、正直、どうにも共感できない、というより、気持ちを想像できなくなってくる。産む側についても、産ませる側についても。一方で、グローバルな格差のなかで、どちらもが納得し利益を得て「幸福」になっているのだから、これはこれでよいことではないのか、という思いも生まれてくる。

 考えてみれば代理出産まで至るのは少数のケースとも考えられるが、その背景には国際格差、少子高齢化といった、言い古されてはいるが現実的で広範な問題がベースになっているのだ。結婚するのか(できるのか)、子どもを作るのか(作れるのか)、は客席に座っている多くの観客も本人や近しい者のこととして身近に感じている問題に違いない。鈴木はこれらを「身につまされる」問題として、観客に突きつけているのだ。結婚せずに映像作家を続けている友人女性とたまたまインドで出会ってしまい彼女の取材対象が砂子であったことを追及されるシーンは、結婚しない側からの一種の「裏切り」批判である。このプロットをおいたことにより現実の複雑さにより接近できていると思う。

 こうした「社会派」的な作風を持ち、深刻になりかねない内容を扱うこの作品だが、演出としては、以前のファンタジックで笑いのある鈴木の、ユーモラスな部分も多分に引き継がれていた。

【写真は、「グローバル・ベイビー・ファクトリー」公演から。撮影=青木司 提供=劇団印象 禁無断転載】

 現実のシーンと交互に現れる、可愛らしい着ぐるみの精子たちと卵子のダンス風のシーンは楽しい。(この部分の振付は、1月にシアタートラムネクストジェネレーションシリーズで見たtamagoPLIN『さいあい シェイクスピアレシピ』の作演出であるスズキ拓朗が担当しているようだ。)まだ外界を知らず、生まれる前の精子と卵子が受精し、胎児として語る。ただただ彼らは生きたい、生まれたい、と願う。外界が暗黒であっても、たとえ外に出てひどい目に合うのであっても、それを確かめに生まれていきたいという台詞は単純ではあるが感動する。生命の持っている根源的なエネルギーとはそういうことでしかない、と思う。

 そういう生命の根源的な純粋な力と、それをグローバルな格差の中で欲望の対象としてやりとりする「大人」の論理とは対照的であるとも言えるが、しかし、遺伝子の繋がった子どもをどうしても持ちたい、代理出産を行って貧困を抜け出したい、という「大人」の欲望もまた、生命の持つエネルギーが発露されているということかもしれない。「みんな必死で生きているのだ」というやや陳腐な感想ではあるが。

 本作は、第18回劇作家協会新人戯曲賞最終候補作となった後、数年をかけて取材や先達からの批評を受けて練り上げ、満を持して上演した作品と言えるだろう。出演者も、主演の小山萌子をはじめとして、実力派の俳優を揃え、説得力を増したと思う。これも国際交流や戯曲リーディングなどでの交流の成果の一つだろう(小山は、鈴木の演出したリーディング『火山灰地』に出演)。

 個人的に欲を言えば、戯曲についてさらなる集中度とでもいうものが欲しい。私の見た回のアフタートークで坂手洋二も話題にしていたが、代理母が、胎児に自分の故郷を見せたくなり、施設を抜け出すプロットがある。ここは「仕事」であるはずの出産に対して妊婦の「身体」がそれを裏切り、母として胎児に向き合ってしまうという大事な部分だと思う。しかしその辺りの説得力、書き込みはまだ必要なのではないか。先輩作家の指摘に対しても、執筆意図を詳細に語れるくらい書き込んでほしい、と思っている。とはいえ、『グローバル・ベイビー・ファクトリー』は、鈴木アツトが先達に叩かれながらも頑張っている、ここのところの「修業時代」の代表作の一つとなることは確実だろう。

 イギリスではこうしたドキュメンタリー的な演劇は一つの分野として成立している感がある。昨年はミナモザ『彼らの敵』に注目したが、他にも小劇場にこうした分野の書き手は散見される。永井愛や坂手洋二らを継承する者としてももう少し注目されてもよいと思わされる。

【筆者略歴】
今井克佳(いまい・かつよし)
 1961年生まれ、埼玉県出身。東洋学園大学教授。専攻は日本近代文学。ブログ「ロンドン演劇日和&帰国後の日々」。
ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/imai-katsuyoshi/

【上演記録】
劇団印象-indian elephant-第19回公演「グローバル・ベイビー・ファクトリー
―Global Baby Factory」(第18回劇作家協会新人戯曲賞最終候補作)
調布市せんがわ劇場(2014年3月26日-30日)

【作・演出】鈴木アツト
【出演】 小山萌子(エンパシィ) 井口恭子(青年座映画放送) 難波真奈美
 広田豹(ブルバキ・プリュス) 水谷圭見(イッツフォーリーズ) 鈴木智久(Studio Life) 橘麦(e-factory) 滝香織 中島由貴 山村茉梨乃 今村有希(激弾BKYU) 中原瑞紀 平岩久資(有限会社レトル) 田村往子

【料金】前売 3,000円・当日3,500円
【ポストパフォーマンストーク】
3/27(木)14:00 ゲスト:永井愛(劇作家・演出家)
3/28(金)14:00 ゲスト:松田正隆(劇作家・演出家)
3/29(土)17:00 ゲスト:坂手洋二(劇作家・演出家)
【スタッフ】
舞台美術:西宮紀子
舞台監督:川田康二
照明:小坂章人
音響:斎藤裕喜
振付:スズキ拓朗
衣裳:西原梨恵
演出助手:永妻優一(appleApple)
絵:大野舞”denali”
宣伝美術:BERM DESIGN TOKYO
制作:村上理恵

芸術文化振興基金助成事業
アーツカウンシル東京助成事業

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