連載「もう一度見たい舞台」第4回

◎新宿梁山泊「東京アパッチ族」
 水牛健太郎

 調べてみたら、この作品は一九九九年五月から六月にかけて神田花岡町の特設テントで上演されていた。私は一九九九年八月に、結果的に四年間に及んだアメリカ留学に出発したので、その直前に見たことになる。

 その頃の私は、演劇は見なかった。それまでの人生で確かに見たと言えるのは、小学生の時に市の文化会館で見せられた劇(確か、メキシコを舞台にした革命劇だった)と、高校の文化祭の演劇部の公演(作・演出の三年生が白塗りでオカマを演じた)ぐらいである。

 「東京アパッチ族」は、友人に勧められて見た。これがとても面白かったので、留学までの三か月足らずに、あと二、三本演劇を見た記憶がある。もっとも、留学中はブロードウェイで何回かミュージカルを見た程度。アメリカから帰って何か月も経ってから、「そういえば『東京アパッチ族』ってすっごく面白かった」と思いだし、これが演劇を見始める一つのきっかけになった。

 さてそこで「東京アパッチ族」のどこがそんなに面白かったのか、というと、まるっきりのつくりごとが目の前にありありと立ち上がっていく、その面白さだ。この作品は平成十一年ならぬ「昭和七十五年」の地下世界が舞台。エネルギッシュで登場人物が多く、スラップスティックな滑り出し。やがて、ホームレスたちが地下に砦を構えて、権力を相手に立ち上がるという展開になる。わくわくするような冒険、仲間との熱い連帯。当時の自分の、やや荒涼とした日常生活とかけ離れた世界が、本当にそこにあるかのように感じられる。すごい。

 だが、「昭和七十五年」の冒険は、結局のところ夢でしかなく、現実はやはり、平成十一年。昭和天皇は決着を付けずに死んでおり(そういう趣旨のセリフがあった)、敵が見えない、広漠とした世界で、私たちは—と、私は当然ながら受け取ったが—、最初から負けているのだった。

 —というほろ苦い結末も、今にして思えば私の好みだった。というのは私には根強い負け犬志向があり、心のどこかでは勝つよりも負けることを望んでいるのではないかと思われる。強く願えば必ず叶うという言葉があるように、必然的に何をやってもうまくいかない。この作品は、そんなその後の私の人生をも先取りしていた。

 一九九九年の私はもちろん、そんな未来を知らない。長年の夢だったアメリカでの勉強と生活に期待を膨らませている。まさかその四年後、何も成し遂げられず、ほとんど着の身着のままで逃げかえってくるとは思っていない。その後のぱっとしない成り行きも、予想だにしない。自分をもっと、何かいいもののように勘違いして、今に何でも可能になると思っていたのだった。つまり、「東京アパッチ族」のわくわくするような冒険と近いものを将来に期待していたのだが、実際に与えられたのは、苦い「平成」の現実のほうだった。でもそれは結局のところ、自分の望み通りだったのではないかとも思うのだ。

 それから十五年。私に残ったものと言えば、演劇との縁ぐらいか。「東京アパッチ族」は、自分を演劇に導いてくれた一本であり、また、かつての私と今の私の境目のところにあるブックマークのような作品であり続けているのである。

【筆者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランドスタッフ。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。
・ワンダーランド寄稿一覧:
http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mizuushi-kentaro

【上演記録】
新宿梁山泊 第23回公演 「東京アパッチ族」
神田花岡町特設テント(1999年5月29日‐6月12日)
作:坂手洋二
演出:金盾進
舞台監督:村松明彦+ZEST
照明デザイン:沖野隆一
照明オペレータ:野中千絵(ステージング)
舞台美術:大塚聡+百八竜
振付:大川妙子
殺陣:佐藤正行
歌唱指導:田月仙
ハーモニカ指導:奥田瑛二
音響:BIGFORESTONE
宣伝美術:天野天街(少年王者舘)、姜尚仁
制作:新宿梁山泊事務所
出演:大西孝洋/大貫 誉/小檜山洋一/猪熊恒和/黒沼弘巳/三浦伸子/伊藤 彰/石井ひとみ/渡会久美子/伊貸純子/伊東勝代/岩村和子/井上直美/原 昇/松嶋光徳/澤出和弘/野田英樹/島野雅夫/松並俊雄/伊藤 彰/近藤結宥花/広鳥 桂/李 秀子/中島 忍/下総源太朗/近藤 弐吉/伊藤 彰/梶村ともみ/黒田明美/中島 忍/黒沼弘巳/李 秀子/もりちえ/金 守珍

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