「2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ」

◎キジムナーと呼んでいた祭りを、別の名前にしてみても、強い志はそのまま
 鈴木アツト

kijimuna2014_suzuki_atsuto 「アジアで国籍を超えた劇団を作って、アジア中の子供たちに素晴らしい児童演劇を見せて回りたい。それが私の夢です。」

 2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ(昨年までの名称はキジムナーフェスタ)の総合プロデューサーの下山久さんの言葉には、不覚にも心を揺さぶられた。今年で10周年を迎えたこのフェスに、私は観客として7月30日から8月3日までの5日間、参加した。これは、その5日間のレポートである。

 私が、児童青少年演劇に興味を持った直接のきっかけは、2012年に、私の代表作「匂衣(におい)」を韓国の密陽(ミリャン)夏公演芸術祝祭で上演した際に、芸術監督の李潤澤氏から、「これは非常に優れた子供のための芝居になる」と言われたことだった。私は、「匂衣」を、普通の大人向けの芝居として作ったので、その言葉に非常に驚いたが、密陽の演劇祭の後に、居昌(コチャン)国際演劇祭(キャンプ場の中で開催される演劇祭で家族連れの観客がとても多い)で、字幕付きの上演だったにも関わらず、子供たちがとても楽しんで観劇していたのを見て、子供のための作品を作るということに、とても興味が湧いてきたのであった。そして、それから、やや時間は経ってしまったのだが、今年、リサーチのために、沖縄で子供のための芝居を見まくることにしたのである。

 今年のフェスでは、29作品107ステージ(台風の影響で中止になった公演もあるが、パンフレット上ではこの数字)を、東京、コザ(沖縄市)、那覇の三箇所で上演したようである。私は、那覇に滞在し、16の作品を見た。西欧、北欧、南米、アジア、そして日本と様々な国のカンパニーが参加していた。2011年の都留由子さんによるレポートによると、51作品ステージ数170とあるから、今年はやや規模を縮小したのかもしれないが、それでもかなり大規模な演劇祭に、私には感じられた。

 尚、昨年まで使われていたキジムナーフェスタという名称が、今年から使われなくなったのは、沖縄市が予算の見直しにより主催団体から抜けたからだそうだ。そのことについて、私は詳しくなく、またこのレポートの論旨とは関わりがないため、多くを語ることはできない。しかし、我々が、大きな夢を現実化しようとする際に、どのように行政を説得し、協力してもらうべきなのかは、常に考えていかなければならない問題である。

 さて、印象に残った作品を簡単に紹介していきたい。最も、私の心を掴んだのは、「くわぱぷー」(原題”WANIKAN” by 4hoog)という、ベルギーの4ホーグというカンパニーの作品だった。この作品の魅力を言葉で伝えるのは難しい。パンツ一丁の青年が、セーターを下半身で穿くところから始まるのだが、セーターを腰から穿くというそのズレが、まずなんか奇妙で面白い。ラジオを聴こうと電源プラグをコンセントに挿そうとすると、電源プラグが勝手に動き出したり、柄の違うセーターを着た女性が出てきて、彼女がセーターの中に全身を入れてしまうと妙ちくりんな生き物になったり、その彼と彼女がセーターを使って、一つになったり、踊ったり。セーターというシンプルな小道具だけで、ここまで想像力を刺激する世界観を構築できるのかと、嫉妬を覚えるくらいだった。そして、とにかく笑いが絶えなかった。この不条理な世界に、子供も大人も笑わされ続けていた。

【写真は「くわぱぷー」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】
【写真は「くわぱぷー」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】

 バンクパペッツの「石・棒・折れた骨-Mr.バンクの魔法のガラクタ-」(原題”Sticks Stones Broken Bones” by Bunk Puppets)は、Sold Outが相次ぎ、急遽、追加公演もあった人気の作品である。影絵を使ったこの作品は、今年、座高円寺でも上演されていたので、私は見るのが2回目だった。特にユニークなのは、観客を参加させるのがとてもうまいことだ。暗転になって、小さな赤ん坊が泣き叫ぶ中、懐中電灯を手に持った演者のジェフが現れる。ジェフは言葉を喋らない。ガムテープを取り出して、ジェスチャーで観客の一人にテープをちょうどいい長さに何枚も切らせる。ジェスチャーで伝えているからうまく意図が伝わらなかったりする。うまく要求をこなせないと、ジェフがからかうので、それを見て他の観客たちは大爆笑。客いじりはこの後、何回かあるのだが、対象は常に大人だった。子供の観客に、普段あまり見られない父親や母親の戸惑っている姿を敢えて見せることによって、面白がらせる。そういう戦略があったのかもしれない。

【写真は「石・棒・折れた骨-Mr.バンクの魔法のガラクタ-」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】
【写真は「石・棒・折れた骨-Mr.バンクの魔法のガラクタ-」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】

 何枚にも切られたガムテープは、カツラの被せられたゴム風船にベタベタと貼られていく。ジェフがそれをはさみで変な形に切ると、あら不思議。それは影絵の中で、味のある人間の表情になるのである。ジェフの指が、影絵の中の人物の唇になるのだが、この唇の動かし方が可愛かったり、情けなかったりで、独特の味につながっていた。そして、彼の影絵はややブラックなユーモアが混じった遊びが魅力なのだった。鼻糞をほじったり、それを食べたり、頭の中を切って、そこからムカデが出てきたり、脳を入れ替えたり。やっちゃいけないことを敢えてやって見せるから、子供は大興奮して見ていた。そして終盤、彼が日本語で読み上げた「いい一日を。いい人生を。いくつになっても遊びの時間はあります。」の言葉がよかった。これは、むしろ大人の心を感動させる言葉だったのではないだろうか。

 このフェスでは、プロデューサーの下山さんの意向もあって、ノンバーバル(言葉を使わない)な芝居が主流だと聞いた。では、劇作家は、このフェスにはお呼びでないのだろうか? 今年は、アルゼンチン・フォーカスと題して、アルゼンチンの三つ作品が招聘されていたが、「ボクのお人形」(原題”Tengo una Muñeca en el Ropero“) は、その中でも特に印象に残った。60分の15歳以上向けの作品で、一人芝居。

【写真は「ボクのお人形」公演から 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】
【写真は「ボクのお人形」公演から 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】

 イケメン男優の、「母親が引っ越すので、実家にあった自分が子供時代に使っていたクローゼットを、引き取ってきた」という説明から芝居が始まる。クローゼットから、子供時代の思い出、バットマンのポスターや、バービー人形を取り出していきながら、いつ、どのように、自分がゲイだと自覚して、家族にカミングアウトしたのか、までを描いていく作品である。字幕の位置やタイミングが悪くて、最初は物語の中に入っていけなかったのだが、彼がもしかしたらゲイなのかな? とわかってくると、つまり、作品の構造が理解できる頃には、俄然、面白くなっていった。自分がゲイであることを、まず一番親しい者にいかに伝えるのか。この「ボクのお人形」は、劇作家でなければ作れない言葉の芝居だった。そして、セクシャル・マイノリティーについてが主題ではなく、自分の大切な秘密を、どう他者に伝えればいいかというのが主題だったのも、思春期の観客にとって、とてもよかったのではないかと思う。

 コーカサスの白墨の輪をベースにした、「女王の子」(原題”Una solución redonda” by Teatro La Galera Encantada)も、同じくアルゼンチンの作品だった。こちらは、ノンバーバル。この作品も私はとても好きだったのだが、60分の上演時間中、3分の1の20分は、コーカサスの白墨の輪の物語とは関係ない、観客を引き込むための遊びをやっていた。赤い鼻をつけた4人のクラウンが並んで楽器を演奏するマイムから始まって、キッチングローブ(鍋つかみ)とボクシンググローブでのボクシング対決など、やはり掴みを丁寧にやられると、作品の世界に入っていきやすい。子供向け(だけでないかもしれないが)の作品には、この掴みがとても重要な要素だと思う。

【写真は「女王の子」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】
【写真は「女王の子」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】

 さて、海外の作品と比べて、日本の作品はどうだっただろうか?今回はできるだけ海外の作品を見ることにしていたので、そんなに多くの作品を見ることはできなかったのだが、印象に残ったのは、道成寺伝説を沖縄の伝道芸能の様式を使いながら作品化した「」。それから、狂言の棒縛を基にして、同じく現代演劇にした「玉城家の酒じょーぐー-狂言附子・棒縛より-」。このような、伝統の現代化に挑戦した作品が見られたことは、私にとってささやかな驚きだった。特に、三線の演奏を交えながら、演者が泡盛を飲みまくる「玉城家の酒じょーぐー」は、沖縄の風土に合った、愛嬌のある作品に仕上がっていた。

【写真は「玉城家の酒じょーぐー-狂言附子・棒縛より-」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】
【写真は「玉城家の酒じょーぐー-狂言附子・棒縛より-」公演より 撮影=久高友昭 提供=2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ 禁無断転載】

 フェスティバルにあるのは、舞台芸術作品の上演だけではない。様々なテーマのシンポウジムに参加するというのも、見識を広げるためには重要だ。しかし、上演やシンポジウム、あらゆる出し物が同時並行で行われているので、全てに参加することはできなかった。演劇祭の連携企画、沖縄県が主催するアーツマネジメント連続講座2014の第6回「海外発信・交流の計画・実施する」での、プロデューサー下山久氏の話は、その中でも特におもしろかった。

「大人は自身で選べるけど、子供は選べない。だから、子供にこそ最高の物を見せなきゃいけない。」
「アジアで国籍を超えた劇団を作って、アジア中の子供たちに素晴らしい児童演劇を見せて回りたい。それが私の夢です。」

というシンプルだが、力強い言葉は、それだけで作り手の創作欲を刺激した。また、ベビードラマ(乳幼児のための演劇)の話や、イスラエルが徴兵制がある一方で、児童青少年演劇にとても力を入れている国で、小学校は法律で年に2回子供に演劇を見せなければいけないと決まっている話、今回のパレスチナの演劇人の招聘の際の胸を刺されるような話(演劇祭の開催期間は、イスラエルのガザ侵攻の真っ最中だった)など、世界の演劇状況を聞くと、自分がいかに狭い世界で演劇をやっているのかということに気づかされる。

 充実した5日間であった。いつか、いや、近い内に、私も児童青少年演劇を創作したいと心の底から思えた。しかし、自分自身の創作活動に戻る前に、もう一度、あの言葉が思い出される。私は、李潤澤氏から、「これは非常に優れた子供のための芝居になる」と言われたが、その「非常に優れた子供のための芝居」ってどんなものなんだろうか? 今回の滞在を経て、その形がはっきりとイメージできなければ、私が沖縄を訪れた意味は無いかもしれない。

【写真は「スノーアイズ」の公演後ワークショップ 、撮影=鈴木アツト、禁無断掲載】
【写真は「スノーアイズ」の公演後ワークショップ 、撮影=鈴木アツト、禁無断掲載】

 一言で言えば、子供たちにとっての「未知との遭遇」があるかどうか。なんだよ、「E.T.」かよ、スピルバーグかよって、ツッコミたくなる方がおられるだろうが、ご容赦いただきたい。「くわぱぷー」も「石・棒・折れた骨」も「ボクのお人形」も、どれも、妙ちくりんな生き物、変なオジサン(ジェフ)、ゲイである自分、とそれぞれ違う形をしてはいるが、はっきりと、未知なるものとの“出会い”が、その作品の中に強く刻印されていたと思う。同時に、子供のための芝居は、大人向けのそれよりも、「掴み」が重要だ。子供はすぐに飽きる。大人のようにもう少し見ていたら面白くなるかもとは思わない。だから、最初に、作品の中へ丁寧に引き込んでおくための「掴み」の戦略が重要だ。この「掴み」には、原始的な魅力を持つ表現がいいと思う。と言っても難しいものではない。例えば、楽器でも小道具を使ってでもいいから、不思議な音を最初に聞かせるだとか、「いないいないばあ」とか。今回、「掴み」に「いないいないばあ」もしくは、その変形を使っているものと、いくつか出会った。そして、子供たちが笑っている姿を見ると、こっちまで可笑しくなってくるから不思議だ。なんなんだろう、あの「いないいないばあ」の魅力は?「いないいないばあ」も、子供たちにとっては「未知との遭遇」だから?それとも、“いないいない”と、見えないものが、“ばあ”と、見えるようになる感動なのだろうか?ここに、原始的な魅力を持つ表現=「非常に優れた子供のための芝居」の鍵が隠されているように思う。

 さて、私が、ここまで長いレポートを書いたのは、今回、演劇フェスティバルおきなわを見てきて、ある直感が働いたからである。この演劇祭は、東京の小劇場の若手が参加することを目指すべき演劇祭なのではないだろうか? ノンバーバルに重きを置いた演劇祭であるから、言葉を介さなくても伝わる演出を考えなければならない(つまり、演出家として鍛えられる)。世界への扉が開いている演劇祭。そして、日本の伝統をどう現代化するかという挑戦ができる。様々な制約や条件が、若い作り手に自分たちの演劇は、子供や世界にはどのように映るのかを考えさせる環境が揃っていると思うのだ。来年か再来年になるかわからないのだが、私は、作り手として参加してみたいと考えている。幸いこの演劇祭は、応募は誰でもできるようである(今年は9月30日が、次年度の参加団体エントリーの締め切り)。興味がある方がいれば、是非、挑戦してみてはどうだろうか?

【筆者略歴】
鈴木アツト(すずき・あつと)
1980年東京生まれ。劇作家/演出家。2003年、劇団印象-indian elephant-を旗揚げ。
「遊びは国境を越える」という信念の元、“遊び”から生まれるイマジネーションによって、言葉や文化の壁を越えて楽しめる作品を創作している。
2012年、「匂衣」が密陽夏公演芸術祝祭と居昌国際演劇祭に、「青鬼」がD.Festa(大学路小劇場祝祭)に招聘され、韓国で上演。
また、「グローバル・ベイビー・ファクトリー」で、第18回劇作家協会新人戯曲賞最終候補作に入選。
2013年、「青鬼」で若手演出家コンクール2012優秀賞と観客賞を受賞。FFAC創作コンペティション『一つの戯曲からの創作をとおして語ろう!』vol.4にて観客賞を受賞。
2014年、「匂衣」がBangkok Theater Festivalに招聘され、11月にバンコクで上演予定。
blog「ゾウの猿芝居 」
ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/suzuki-atsuto/

【上演記録】
4ホーグ(ベルギー)「くわぱぷー
沖縄市 沖縄市民会館 7月27日
那覇市 那覇国際高校 8月2日-3日

バンクパペッツ(カナダ/オーストラリア)「石・棒・折れた骨-Mr.バンクの魔法のガラクタ-
東京都 オリンピックセンター 7月26日
沖縄市 沖縄市民会館 7月29日
那覇市 銘苅小学校 8月2日-3日

ブエノスアイレスシアターブループ(アルゼンチン)「ボクのお人形
那覇市 沖縄県立博物館・美術館 7月31日

ラ・ガレラ・エンカンタータ(アルゼンチン)「女王の子
東京都 オリンピックセンター 7月27日
沖縄市 コザ商工会議所 7月29日
那覇市 那覇国際高校 7月31日-8月1日


那覇市 天久小学校 8月2日-3日

エーシーオー沖縄「玉城家の酒じょーぐー-狂言附子・棒縛より-
沖縄市 コザセンター公民館 7月27日
那覇市 沖縄県立博物館・美術館 8月3日

【フェスティバル概要】
2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ(International Theater Festival OKINAWA for Young Audience)
沖縄市 2014年7月26日-29日
那覇市 2014年7月31日-8月3日
東京都 2014年7月26日-27日

舞台公演29、
シンポジウム5、
その他のプログラム:ワークショップ3、絵本展、オープニングパーティー2(コザ、那覇)、クロージングパーティー、ON-PAMの説明会/シンポジウム、ATYA会議、Japan Foundationのアジアセンターの説明会

<主催>
エーシーオー沖縄(芸術文化協同機構)
特定非営利活動法人 ITF沖縄
特定非営利活動法人 沖縄県芸術文化振興協会
沖縄市「文化芸術による創造のまち」支援事業実行委員会

<共催>
沖縄タイムス
琉球放送
那覇新都心通り会
コザ商店街連合会
沖縄県子どもの本研究会

「「2014国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ」」への1件のフィードバック

  1. 私も那覇に行ってきました。毎夏このフェスに観客として参加するのが、恒例となっています。「ジャーナルげき」という雑誌に2014年フェスの様子をレポートします。鈴木様が児童青少年対象の舞台に挑戦されることを、楽しみにしています。

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