連載「もう一度見たい舞台」第9回ねずみの三銃士「鈍獣」

◎舞台は記憶をつれて
 稲垣貴俊

 はじめて歩く大阪・梅田の街では、その風景は実際よりもはるかに美しく映り、またその喧騒もどこか心地良く聴こえたものでした。
 2004年夏、15歳の私は、実家のある三重県から、初めて舞台を観るためだけに大阪を訪れていました。ある日、テレビ番組で知ったある舞台のために大阪に行きたいといいだした私に、さぞ両親は困ったことでしょう。話し合いの結果、当日は父との短い大阪旅行になりました。もっとも父は、他に行きたいところがあったようですが…。

 はじめまして、劇団しようよ/木ノ下歌舞伎の稲垣貴俊と申します。活動歴も浅く、観劇本数がずば抜けて多いわけではない私が「もう一度観たい舞台」を書く…。実に恐れ多いことです。
 いつからでしょうか、気づいたときには舞台をあれこれ観るようになっていた私ですが、思えば、舞台を観ることと移動することは切り離せないように思います。舞台を観るために、学生時代には東京に1週間の滞在もしましたし、そういえば最近も飛行機に乗ったりしましたが、それにしても、どうしてこんなふうになったのかと常々思っています。

 2004年の大阪旅行は、そのひとつのきっかけだったのかもしれません。
 三重県にある実家の最寄り駅で近鉄の急行列車に乗り込み、鶴橋駅でJR環状線に乗り換え、大阪駅まで片道約3時間。その日は有料の特急電車に乗ることが許されなかったので、急行列車でのんびりとした旅になりました。車内で父となにを話したのかは残念ながら覚えていません。けれどもきっと、旅の興奮や、自分がいかに舞台を楽しみにしてきたかを話したのではないかと思います。
 大阪駅を出た田舎者の少年の目に映ったのは、紛うことなき都会の光景でした。大きな道路、歩道橋、高いビル群、回る観覧車…。建物や店に目を奪われながら、梅田の街を父にくっついて歩いていると、父は、とあるホテルの地下につながる階段の前で立ち止まりました。そこが目的地の劇場、シアター・ドラマシティだったのです。

 私の「もう一度観たい舞台」は、その日観た、パルコ・プロデュース“ねずみの三銃士”第1回公演『鈍獣』です。生瀬勝久・池田成志・古田新太の3人によるユニット“ねずみの三銃士”の初公演であるこの作品は、宮藤官九郎の戯曲を河原雅彦が演出し、男優3人に加え、西田尚美・野波麻帆・乙葉、という女優3人が出演していました。
 とある地方のホストクラブ「スーパーヘビー」に、週刊太陽の編集者・静(西田尚美)が、作家・凸川(池田成志)を探して訪ねてくるところから物語ははじまります。ホストクラブの店長・江田(古田新太)と常連客・岡本(生瀬勝久)は凸川の幼なじみで、静は彼らの話を聞くところから凸川の消息に迫っていきます。そこにスナックのママ・順子(野波麻帆)とその後輩・ノラ(乙葉)も加わり、さらに江田と岡本の話は20年前の出来事に遡って…。
 細かな笑いが散りばめられた前半から、一転してホラーになる後半まで、私は文字通り座席から滑り落ちるくらい驚かされ、完全に前のめりで楽しんだものでした。笑いから恐怖へのグラデーションには、自らの感覚ごと揺さぶられる思いをしましたし、きわめて精緻に構成された時系列が、眼前で行きつ戻りつを繰り返すさまには感動をおぼえました。舞台奥にあるホストクラブのエレベーターも、たしかに外の街につながっているような気すらしたのです。カーテンコールののち、私は座席から立ち上がれなくなったかと思いましたし、実際になかなか動けなかったと記憶しています。

 そして、なにより衝撃的だったのは、あまりにも「舞台」というものが自由に見えたことでした。まとまった一本道の物語ではなく、主筋と関係なさそうな(関係ない)ところから核心に近づいていく構造。テレビからは絶対に流れてこない、倫理的にも時事的にも過激な台詞。実際に飲み食いがおこなわれ、またその場で吐き出したかと思えば、直後に今度は血糊で汚れる舞台。そして、ドラマや映画の脇役で知っていた俳優たちが、それらでは見られないような姿で立っていること、その格好良さ、恐ろしさ、面白さ。
 作品を観ながら、自分はとんでもないものを観ているのだと思いました。そこには、その日まで私が知らなかった世界…すなわち異界が、その口を開いていたのです。終演後、父に感想を尋ねられた私は、「すごかった、おもしろかった」としか答えられませんでした。

 私にはもはや、『鈍獣』という作品の純粋な記憶はほとんどないのかもしれません。その存在をテレビ番組で知ったこと、父と大阪に向かったこと、大阪の風景や人々の喧騒、父に見送られてひとりで入った劇場、そこで自らの目で観たもの、その衝撃…。それらすべてをひっくるめて、『鈍獣』は私にとって〈体験〉そのものです。

 そもそも舞台を観ることは、なにかの〈経験〉や〈体験〉を常に伴うように思います。『鈍獣』が私の「もう一度観たい舞台」なのと同じように、あの日私が大阪の劇場で異界を覗きこんだという〈体験〉は、私の「もう一度したい体験」なのかもしれません。私は時たま、あの衝撃をまた味わいたいために、今も舞台を観るために遠出をするのかも…と思うことがあります。

 たとえばあの日観た舞台について考えていたはずが、その日劇場の近くで食べたごはんが美味しかったことに思いを馳せたり、偶然誰かと再会したことを思い出したり、その街の風景を思い起こしたりする。しかし劇場に足を運ぶ限り、舞台の記憶が自分自身の〈経験〉や〈体験〉につながることは自然なことなのかもしれません。時には、それらを切り離すことができないような舞台すらあるでしょう。そしてそんな舞台が、ある意味で自分にとっては「もう一度観たい舞台」になっていくのかもしれません。
 もしも数十年後、自分の「もう一度観たい舞台」の数々を思い返せば、それは自分だけの、あらゆる記憶の集積だといえるのではないでしょうか。そんな舞台、そんな〈体験〉に、これからもたくさん出会えることを祈らずにはいられません。

【筆者略歴】
稲垣貴俊(いながき・たかとし)
 1989年6月三重県生まれ。現在は京都府京都市に在住。劇団しようよ・木ノ下歌舞伎に所属し、主にドラマトゥルクや補綴助手として活動する。


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