忘れられない1冊、伝えたい1冊 第15回

◎「劇的言語」(対話:鈴木忠志・中村雄二郎 白水社 1977年)
  カトリヒデトシ

「劇的言語」表紙
「劇的言語」白水社版表紙

 元より偉大でもないのは自明だが、演劇に関してはロスジェネになりたくない。

 ガキのころから季節季節には母に歌舞伎座に連れていかれ、わけもわからずおうむ岩のように「つきもおぼろにしらうおの」とかいっていた。父には毎月寄席につれていかれ「なおしといてくんな」とか「抱いてるおれはいってえ、誰なんだ」とかいう、やな小学生だった。
そんななんで古典に関しては昭和後半の「名人」という人を随分生で見てきた。ありがたいことだったなぁ。今でも六世歌右衛門や先代の辰之助は夢にみるし、圓生や志ん生のくすぐりや「カラスかあと鳴いて夜が明けて」とかの口調がついてでる。ふと「昔はよかった」といってしまうこともある。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第14回

◎「一冊でわかる 歌舞伎名作ガイド50選」(鎌田惠子監修 成美堂出版 2006年)
 明神 慈

歌舞伎名作ガイド50選

 人生の中で、困難なプロジェクトに立ち向かうときがある。2012年の夏、まさにその真ん中にいた私を支えてくれた一冊を紹介したい。

 2013年開催の瀬戸内国際芸術祭のプレ企画として、芸術祭事務局・こえび隊の大垣さんからこんな依頼がきた。小豆島・中山農村歌舞伎の舞台にて、保存会の方々と、会所有の衣裳を使ってファッションショーを打つ。演出を担当してもらいたいと。私は学生時代、歌舞伎・舞踊研究会に所属していたので、歌舞伎のいろはを体感していた。農村歌舞伎が好きで、よく埼玉の小鹿野歌舞伎を観に行ったりもしていた。いつもは現代劇を創っているけれど、50歳になったら歌舞伎台本を書くつもりだったので、歌舞伎に関われるうれしさに、二つ返事で演出を引き受けた。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第13回

◎「日本凡人伝」(猪瀬直樹著、新潮文庫)
 中井美穂

「日本凡人伝」表紙
「日本凡人伝」表紙

 猪瀬直樹さんの『日本凡人伝』は雑誌『STUDIO VOICE』に連載されたもので、大学生だった80年代の後半、とても好きな読み物でした。後に単行本・文庫になりましたが、続編も出ています。猪瀬さんは、若い方たちには東京都副知事のイメージが強いかもしれませんが、当時はもっと尖がった社会派ジャーナリストの印象がありましたね。
 インタビューものなんですけど、相手は著名人ではなく一般の社会で働く人たち。今でこそ、そういう本もけっこう出ていますが、あの頃は、誰にも知られない普通の人に話を聞くというのが新鮮でした。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第12回

◎「作画汗まみれ-増補改訂版-」(大塚康生著、徳間書店、2001)
  筒井加寿子

「作画汗まみれ」表紙
「作画汗まみれ」表紙

 高畑勲さんや宮崎駿さんなど日本アニメーション界の大御所たちとともに数々の傑作を生み出してきたアニメーター・大塚康生さんの自伝。
 日本にまだテレビがなくアニメ映画もほとんど上映されてなかった昭和30年代にアニメーターを志し、東映動画(現・東映アニメーション)に第1期生として入社、同社で高畑さん・宮崎さんと出会った大塚さん。のちに彼らの監督作品(『パンダコパンダ』『未来少年コナン』『ルパン三世 カリオストロの城』『じゃりン子チエ』など)で作画監督を担当し、それ以外にも様々なアニメ作品で活躍、またたくさんの新人アニメーターを育成し、今日の「ジャパニメーション」隆盛の礎を築いていきます。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第11回

「プロセス 太田省吾演劇論集」(太田省吾著、而立書房、2006)
 西尾佳織

「プロセス 太田省吾演劇論集」表紙
「プロセス 太田省吾演劇論集」表紙

 遅いテンポと沈黙劇で知られる、太田省吾の演劇論集である。1975年、1980年、1988年に出版された三冊の演劇論集が収められている。私は太田さんに会ったことも、作品を生で見たこともないけれど、この人はきっと恐いくらい誠実で厳しい人だったに違いない、と読むたび思う。語られている内容以上に、語る口調にハッとする。読んでいる私が見られている気がする。ベッドで読むと寝てしまう。ってそれ、全然ハッとしてないじゃないのと言われそうだが、なんだか、だららんとは読めないのだ・・・。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第10回

◎「寝ながら学べる構造主義」(内田樹著、文春新書、2002)
  山口茜

「寝ながら学べる構造主義」表紙
「寝ながら学べる構造主義」表紙

 何が書いてあるのか、一度読んだだけではよく分からなくて、でも分からないのにこれはどうも自分の中に落とし込んだほうが良さそうだぞ、というのがこの本を初めて読んだときの印象でした。そしてこれを皮切りに、私はどんどんと内田樹さんの著書にはまり込んで行くわけですが、未だにこの本は何度読んでも理解した気になれません。同じ内田本でも、「こんな日本で良かったね 構造主義的日本論」や「日本辺境論」などは最後まで非常に口当たりがよくて人に勧める事が多いのですが、この本については本当に全然分かっていないので、人に勧めた事がありません。じゃあなぜ今回、挙げたのかというと、これが私の尊敬する作家、内田樹さんとの出会いとなる本だからです。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第9回

◎「宇宙 -そのひろがりをしろう-」(加古里子著、福音館書店、1978)
  柴幸男

「宇宙 -そのひろがりをしろう-」表紙
「宇宙」表紙

 すべてを知りたい、と思うときがある。人間には、知りたいという願望、欲求、快感がある。知的好奇心、探究心、特に、僕は、それが満たされた瞬間に、幸福を感じる。だから、知らないことが沢山あるのだと実感したときは、とても寂しいような気持ちになる。沢山の本、映画、音楽を、目の前にしたとき、一生をかけてもそれらすべてを享受ことはできないと瞬時に悟った、あの絶望。いや、さらに言えば、例えば、家の、玄関のドアを開けたとき、目の前に広がる光景の、すべて。例えば、名前、歴史、役割、仕組み、本当に理解しているのだろうかと、考えるときがある。そして、クラクラする。当たり前だが、そんなことは不可能だ。きっと日常生活は送れなくなる。そして、それが不可能だと理解したとき、自分もまた、その無数の、理解しえない、物質の一粒でしかない、ことを体感する。そしてまた、無力感に襲われる。それでも、いや、だからこそ、その一粒が、どこまで、世界を想像しえるのか、挑戦したくなるのかもしれない。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第8回

◎「死せる『芸術』=『新劇』に寄す」(菅孝行著、書肆深夜叢書、1967)
 西川泰功

「死せる『芸術』=『新劇』に寄す」表紙 宮崎駿監督(1941~)のアニメ映画『もののけ姫』(1997)に、タタラ場という製鉄を産業とした村が出てきます。村を治める頭はエボシという女です。宮崎はエボシについて、あるインタビューで「もの凄く深い傷を負いながら、それに負けない人間がいるとしたら、彼女のようになるだろうと思った」と語っています(ⅰ)。彼女は、理想の国を築くため、その地域を支配するシシ神と呼ばれる神を、自らの手で殺そうとするのです。他の登場人物たちは怖じ気づいて逃げ出してしまうのに。ぼくはここに、理想を実現する人物の根源にある苦悩を感じます。いきなりこんな話をするのは、この苦悩が、理想を芸術として実現するときにも生じるものだと考えるからです。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第7回

◎「氷点」(三浦綾子著、角川文庫 上下)
 サリngROCK
「氷点」表紙

 大学生になるまで、私は「当たり前」について悩んでいた。「死は怖い」「敵は悪い」「悪口は悪い」「悪いことはしてはいけない」「良いことをしなければいけない」そういう、「当たり前」なことを「当たり前のように」思わないといけないという強迫観念に囚われていた。
 だけど一方で、「ほんまに!?」とも思っていた。いや「ほんま」かもしれないけどでも「なんで!?」と思っていた。悪いと言われることをしてはいけない理由って何なの、良いと言われることをしなければいけない理由って何なの、と思っていた。例えば、「悪口は悪い」という「当たり前」があったとして、その理由は「言われた人が傷つくから」かもしれないけれど、では、絶対に本人の耳には入らない状況だったら、悪口は悪いんだろうか……などと悩んでいた。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第6回

◎「14歳の国」(宮沢章夫著 白水社 1998年)
 田辺剛

「14歳の国」表紙 わたしが初めて自分で戯曲を書き、劇作家として活動を始めようとした頃、どうやって書けばいいのかも分からず見よう見まねでやるほかないと、やる気だけは十分な時に出会った『14歳の国』だ。戯曲の一部を試演しているのを観て興味をもち、本屋を探したのを覚えている。装丁の写真やデザインも印象的だった。
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