振り返る 私の2010

山下治城(やました・はるき)(映像制作会社プロデューサー、ブログ「haruharuy劇場」主宰)

  1. 「黙阿弥オペラ」公演チラシ こまつ座・ホリプロ「黙阿弥オペラ」(紀伊國屋サザンシアター)
  2. F/T10(にしすがも創造舎、ほか豊島区内の劇場など)
  3. 青年団リンク 本広企画「演劇入門」(こまばアゴラ劇場)

 4月9日に井上ひさしさんが亡くなり、追悼番組や追悼公演を見聞きするたび、この演劇界の巨人の大きさを再認識した。彼の言葉「むつかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことはあくまでもゆかいに。」は忘れられない。7月にはつかこうへいがこの世を去りました。初めて演劇が面白いと思った公演が「熱海殺人事件」だった。
 また、生まれて初めて稽古場見学を経験し、創作の過程を見ることが出来た。舞台は毎回、変化するものであり一期一会ということが身体感覚で伝わってきた。本広克行監督の人柄もあり、とても温かい現場の経験が出来た。
年間観劇数 約130本。

今井克佳(大学教員、ブログ「ロンドン日和&帰国後の日々」)

  1. 「ハコブネ」公演チラシ 北九州芸術劇場プロデュース「ハコブネ
  2. プロジェクト文学制作委員会「Project BUNGAKU 太宰治
  3. 岡崎藝術座「リズム三兄妹

 松井周の活躍が印象的。「聖地」「自慢の息子」も見たが、身体性を多く取り入れた1を押したい。同世代では「チェルフィッチュ」の「私たちは無傷な別人であるのか?」、「五反田団」の「迷子になるわ」が大きな達成。2は才能ある若手演出家たちが文学テクストに取り組んだ好企画。四編全てが良質で個性の比較もできた。今年は若手劇団をできるだけ見ようと心がけたが、単体では3が最も心に残った。とても奇抜だが何か愛嬌のある表現なのがよい。次点はF/T参加作の「ドラマソロジー」。ちなみに全ての観劇に枠を広げれば、今年の三本は野田地図「ザ・キャラクター」、再々演のコンプリシテ+世田谷パブリックシアター「春琴」、SPAC「ペール・ギュント」。
年間観劇数 約130本(ダンス公演含む 古典芸能、海外での観劇を除く)

プルサーマル・フジコ/藤原ちから(雑文家、「エクス・ポ」編集者、個人ブログ「プルサーマル・フジコの革命テント」)

  1. 「たゆたう、もえる」公演チラシ マームとジプシー「たゆたう、もえる」(こまばアゴラ劇場、千秋楽)
  2. ロロ「タマリ展 ロロ プレイバック part1」(銀座スパンアートギャラリー)
  3. 西尾佳織ソロ作品(ヨコラボ ’10ショーイング1

 未来へのキックオフとなった2010年。新たに遭遇した3つの若いカンパニーから《体験》重視で。マームとジプシーとロロは(方向性は異なるにせよ)来年さらに進化/深化する予感。西尾佳織(鳥公園)ソロの衝撃は一生記憶にとどめたい(12/23付のブログ参照)。またチェルフィッチュ、岡崎藝術座、中野成樹solo、飴屋法水たち、FUKAIPRODUCE羽衣、サンプル、乞局、悪魔のしるし、鰰など、周縁/終焉の人間を描く意欲作にこの時代の《倫理》を感じる。東京デスロック+渡辺源四郎商店の合同公演と、ハイバイの『ヒッキー』再演は痛快爽快! そして快快は元気いっぱい!(笑)その他カフェでの小作品や、インスタレーションに近い公演、東京以外の地域の存在感、あるいはここに名前を挙げなかった若手たちの胎動も印象的な1年でした。
年間観劇数 約200本

片山幹生(早稲田大学非常勤講師、ブログ「楽観的に絶望する」)

  1. 「ここからは山がみえる」公演チラシRoMT「ここからは山がみえる」(アトリエ春風舎)
  2. ディディエ・ガラス「アルルカン、天狗に出会う (H)arlequin/Tengu 」(静岡舞台芸術公園屋内ホール 楕円堂)
  3. 劇団どくんご「ただちに犬 Bitter」(木場公園特設テント)

 RoMT の公演は上演時間三時間、一人芝居で日本では無名の作家の翻訳劇。演出上の工夫の数々、役者の確かな技術、そして再現されるエピソードの濃密さによって充実した演劇的時空間を作り出していた。ディディエ・ガラスは伝統的演劇の演技の型やジャンルに対するステレオタイプを利用して、強烈なオリジナリティのある世界を作り出していた。作品はアルレッキーノの歴史を概観するメタ・コメディア・デラルテでもあった。一人の芸人があらゆる技芸を用いて観客を笑わせながら、壮大な演劇史を語っていることに感動した。劇団どくんご、掘っ立て小屋で繰り広げられるユーモラスで不気味なメルヘンの世界に魅了された。
年間観劇本数:約100本。

宮本起代子(因幡屋通信/因幡屋ぶろぐ主宰)

  1. 「かたりの椅子」公演チラシ 二兎社「かたりの椅子」(永井愛作・演出)
  2. 劇団印象「匂衣(におい)」(鈴木アツト作・演出)
  3. 風琴工房「葬送の教室」(誌森ろば作・演出)

 自身の体験や実際に起こった事件を題材にしたり、人物や物語を特殊な設定にした場合、劇作家の筆が題材の生々しい現実味や設定の重さに負けてしまうことがある。それを乗り越えて見ごたえのある舞台にするために必要なのは、作劇や演出のテクニックよりも、作り手その人の良心、品格、勇気であろう。独自の手法、斬新な演出に一瞬目を奪われても、心を深く動かされることは少ない。何を伝えたいかを突きつめ、無駄を省き、精魂こめて描くこと。愚直であっても、そこに本質が宿るのではないか。上記3本は、既にそれぞれの立ち位置において評価と実績をあげている劇作家が著しい変貌を遂げ、飛躍する場に居合わせた至福を与えてくれるものであった。
年間観劇本数 106本。

廣澤梓(会社員、ブログ「皿売りの日記」)

 「SHIBAHAMA」で印象的だったのは鳴り続ける大音量の音楽である。これに「ノる」感覚は落語の「芝浜」への眼差しにも向けられており、「長短調(または眺め身近め)」のチェーホフ「かもめ」に対するそれにも共通している。ここでラップに熱狂する観客の様子はまた別の場所の観客に見られており、故に観客は演劇に内包されている。このような参加する観客の在り方を示した作品は「F/T10」でも多くあったが、中でも異彩を放っていたのが「完全避難マニュアル東京版」だ。山手線を舞台にある場所を目指し、そして様々な人と出会う。ここで観客は参加者となり、参加者を巻き込む仕組みとして演劇が存在する。このような体験としての演劇を期待したい。
年間観劇数 約40本。

三橋曉(コラムニスト、blog「a piece of cake !」)

 順位ではなく、観た順です。「スイングバイ」は、自由自在、縦横無尽、不羈奔放を絵にしたような舞台で、その颯爽たる躍動感に加え、遅れてやってくるほのかな叙情に胸がキュンとなった。一方「匂衣」は、観る者のハートを鷲掴みにするような、さりげなくも巧妙な仕掛けに心を奪われる。韓国からやって来たベクソヌの不思議な魅力も忘れがたい。また星のホールとの不思議な相性については、すでに「五人の執事」で証明済みのパラドックス定数だが、野木萌葱はまたも「元気でいこう絶望するな、では失敬。」で、この使い勝手のよくない劇場空間を魔法のように使いこなした。太宰という主題を同窓生たちの群像劇に仕立てるアイデアもポイントが高かったと思う。
年間観劇数 120本前後。

齋藤理一郎(会社員、個人ブログ「R-Club Annex」)

 印象の特に際立った3本を選びましたが、入れることができなかった青☆組、elephantmoon、KAKUTA、ガレキの太鼓、競泳水着、コマツ企画、世田谷シルク、DART’s、chon-muop、てがみ座、中野茂樹+フランケンズ等の作品にも魅力的な個性や高い完成度を感じました。豊かな一年。作り手として留まるのではなく歩む力量を感じた団体たちがたくさんあって多くの楽しみを貰いました。またアガリスクエンタティメント、appleApple、範宙遊泳、ぬいぐるみハンター、miel、ロロ等、斬新な質感の作り手たちにもときめきました。
 今年はカフェ等の小空間での公演も充実していました。また、中短篇を集めた企画公演も作品の羅列ではなく志や戦略をもって構成されたものが多かったように思います。
年間観劇数 約230本。

杵渕里果(保険業)

 さすが天野天街。日本市場で独自の進化をとげる小劇場表現とそれを求める市場の気分を「ガラパゴス」と捉えたにちがいない。夏、観たときは<他にもっとええタイトルないんかい!>と思ったけど流行語大賞とったら文句ゆえん。小学生が青年期や老年期の自分と思しき人間と幾度となく遭遇、「昭和」に循環するウロボロス時空。同じく「昭和」モチーフが循環してみえんのは大御所・維新派。松本御大は日本とアジアの関係に目をむけ登場人物も多国籍設定グローバル。でも邦人・非邦人をNHK的な標準語と外人訛り標準語で区分し、イヤたらしぃ。役者さん殆ど関西人だろ? 若手の鉄割も「昭和」。観客に桟敷で飲み食いを誘う大衆演劇路線。三六本のコントは蜥蜴脳的、笑えりゃイイても進化必要。
年間観劇数 18本。

柴田隆子(舞台芸術研究)

  1. 「ヴァーサス」公演知らし ロドリコ・ガルシア演出「ヴァーサス
  2. 山田せつ子「薔薇色の服で
  3. 悪魔のしるし「グレート・ハンティング

 上記はともかく考えさせられた舞台である。「薔薇色の服で」は、ごく微細な動きから空気を動かし空間を作り出すさまに惹かれた。レジ演出「彼方へ」でも俳優の声が抑えた照明の中で「海」を観客に見せていたが、動きだけから質感を伴った空間を感じたのは久しぶりだ。「グレート・ハンティング」は客入れからどうしようもなくグダグダだったのに、どこか抗えない面白さがあった。この抜け感が仕組まれたものだとしたら相当なもの。次回作も見てみたい。海外作品ではマルターラーの「巨大なるブッツバッハ村」やタールハイマーの「野がも」も悪くなかったが、ハコがいまいち。ドイツものはもう少し高さのある場所がいい。
年間観劇数 64本。

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