振り返る 私の2011

詩森ろば(劇団風琴工房主宰、個人ブログ LIVESTOCK STYLE

  1. クロムモリブデン「節電ボーダートルネード
  2. ハイリンド「牡丹燈籠

「節電ボーダートルネード」公演チラシ 震災の今年は、演劇にとってもたいへんな年でした。この体験が作品として結実するのは来年以降になるのではないかと思います。
 クロムモリブデン「節電ボーダートルネード」は、そんな一年の終わりにとつぜん現れた、ギフトのような作品でした。リスキーなタイトルを掲げ、悪ふざけと不謹慎に満ち溢れていましたが、最後まで見ると、共に祈り続けたような気持ちになる作品でした。「牡丹燈籠」は演劇の娯楽性を力強く打ち出したエンターテインメントで、創り手たちの窒息するようなあがきを見続け疲れ切ったわたしに演劇の喜びをポンと手渡してくれました。
 そのほか、いわき総合高校演劇部の「Final Fantasy for XI.III.MMXI」、サスペンデッズ「カラスの国」が印象に残りましたが、できることならもう一回観たいと思う2本をわたしの2011年にあげたいと思います。
 年間観劇数は例年より少し多めの110本程度でした。

萩原雄太(かもめマシーン主宰)

「宮澤賢治/夢の島から」公演チラシ

 「他者とどのようにして接続することができるのか」という視点からあらゆるものを見ていたので、舞台作品も、この問いに響いた公演が記憶に残った。「あちら側」に反応して旗を振ることで、だだっ広い空間に接続させられたようなカステルッチ作品。トチアキの作品は、ほぼ密室のような場所で互いの手を握りながら絵を描くというものだが、目の前に置かれたスケッチブックに空間が広がった。自分の芝居を載せるのはどうかと思うが、福島の路上で勝手に行ったこの公演は、自分(もしくは俳優たちやベケット)が作ったのではなく、誰かが作ったものを偶々僕らがやっているような感覚だったので、その意味では「みた」んじゃないかと思い、記した。
(年間観劇本数 30本程度)

齋藤理一郎(会社員、個人ブログ RClub Annex

「モリー・スウィーニー」公演チラシ

 これまで体験したことのない世界に導いてくれた作品のなかから3本を選びました。同じ観点からシアタートラム「往転」やロロ「常夏」、こゆび侍「うつくしい世界」、柿喰う客「悩殺ハムレット」などの作品にも目を瞠りました。
 斬新さや広がりを感じた作品となれば列挙に暇がない一年で、震災の影響はあったものの、既知の作り手たちの様々な進化や新しい作り手の肌触りに惹かれつつ、豊かな観劇をさせていただいたように思います。
 また、昨年同様、ギャラリー等の小さな空間での上演作品にも秀逸なものが多く印象にのこりました。
 余談ですが、震災翌日のマチネ公演で、私を日常にリセットしてくれたパラドックス定数「5seconds」は生涯忘れられないお芝居になりました。
 年間観劇数:300本を少し超えました。

柴田隆子(舞台芸術研究)

SCOT公演チラシ

  1. SCOT「別冊 谷崎潤一郎」(吉祥寺シアター)
  2. 田中麻衣子演出「イドメネウス」(ITIドラマリーディング ドイツ編
  3. チェルフィッチュ「三月の5日間」

 震災以後、上演する側も含め、劇場で舞台を観ることがいかに日常に支えられていて、かつ非日常的な行為なのかを改めて感じた。そのせいなのか、観客同士の連帯や共感を意識させるようなインタラクティヴな舞台が多かったように感じた。が、印象に残ったのは言葉の緊張感が強い作品。その意味で鈴木忠志の作は、言語矛盾になるが、ひとつの進化する完成形である。一方で、ユニークな企画のリーディング公演に若手演出家が起用され、身体を介した言葉への新たな感性も光る。人の業を描いた「イドメネウス」の他、同じリーディングシリーズで原発事故をモチーフにした長谷川寧演出「光のない。」も、声の多層性、音楽性で訴えてくる意欲作だった。
(年間観劇数 55本)

夏目深雪(批評・編集、個人ブログ幻燈機

「ITIドラマリーディング ドイツ編」公演チラシ

  1. ロメオ・カステルッチ/飴屋法水「宮澤賢治/夢の島から
  2. ジェローム・ベル「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン
  3. 長谷川寧演出「光のない。」(エルフリーデ・イェリネク作/林立騎 作、ITIドラマリーディング ドイツ編

 3.11を経て、「私たちは何を語ることができるのか?」と問うたF/Tのオープニングに相応しい1。夜の野外劇は夢のようだが、津波と原発、原子力への時間を越えた問いに確かに観客が参加したという感覚が残る。私もそのままズルズルと演劇の世界に引き込まれていった。3はイェリネクが3.11に触発されて書いた戯曲だが、長谷川寧はその抽象的な言葉をラップ調で叫ばせる。言葉のダンスとも呼べる、ドラマリーディングとしても画期的な手法に唸った。2は3.11に関係ないが、分断された日本人を立ち上がらせるようなコンセプチュアルなユーモアに泣かされた。有事だからこそ、フィクション、演劇ができることが大きいことを実感した3本。
 年間観劇数 13本(ドラマリーディング含む)

藤原ちから/プルサーマル・フジコ(編集者、BricolaQ主宰)

  1. マームとジプシー「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」
  2. 東京デスロック「再/生」横浜公演(2バージョン)
  3. 青年団「ソウル市民」五部作

「塩ふる世界。」公演チラシ 1公演単位ではなく、シリーズとして体験したと感じる上記3本。マームとジプシーはとりわけ北海道伊達市での「待ってた食卓、」がすこぶる感動的でした。そのほか今年の小劇場演劇界の傾向については雑誌「ele-king」vol.4に詳述したのでご覧いただけたら幸いです。またブルーノプロデュース、sons wo:、うさぎストライプ、ヒッピー部、劇団Qなど超若手のほか、ナカゴー、子供鉅人、悪い芝居、村川拓也、捩子ぴじん、乞局、リクウズルームなどの存在も新たに感じた1年でした。これまで何度か言及してきたロロ、鳥公園、バナナ学園純情乙女組もそれぞれの次のステージがこの1年で見えてきたのではないか? 俳優では特に「produce lab89官能教育『犬』」に出演していた青柳いづみ、尾野島慎太郎、山内健司の3人の各所での(文字通りの!)奮闘ぶりを讃えたい。
(年間観劇数 約150本)

山崎健太(早稲田大学大学院表象・メディア論コース)

「オイディプス」公演チラシ

 「THIS IS WEATHEAR NEWS」は人間がそこにあることの力強さと儚さ、その両義性を提示した舞台。それでも世界はそこにあり、私たちは生きている。「オイディプス」は予言=運命を言葉のみならず身振り・空間に刻まれたものとして示す。自らの運命を受け入れ、それと向き合うラストはまさにカタルシス。「ソウル市民」五部作では、作品間の響き合いが多層的な空間を作り出す。変奏されるテーマ、流れる時間。同じ人物が別の作品では違う役者によって演じられ、同じ役者が別の作品では違う役を演じること。同一と差異が生み出すイメージの乱反射。他にはF/T何もない空間からの朗読会「CHITENの近現代語」もよかった。
(年間観劇数 約80本)

高田ひとし(演出家/演劇批評フリーペーパー「とまる。」編集長)

「かもめ」公演チラシ

 京都の小劇場で記憶に残ったのはこの三本。村川拓也+工藤修三「フジノハナ」は「ツァイトゲーバー」に引き継がれF/ Tをにぎわしたらしいが、30分のこの小品は地点の集団論を間逆に展開したような快作。本作は「介護」への視線よりも、その制度によって可能になった(時間を無化していくような)虚無的時間こそ劇的だった。
 一方、地点は「かもめ」によって、太田省吾作品から模索されていた(と思われる)薄く引き延ばされた時間を大衆性を伴って結実させた。
 京都らしさを一番感じたのはマレビトの会が路上で展開した「マレビト・ライブ」の番外編。三条烏丸スタバ前でゲリラ的に行われた15分のライブは、商品としての演劇を拒否する京都アマチュア精神を感じさせ、京都に住むからこそ体験できる真に地域的な演劇を思わせた。
(年間観劇数 60本程度)

水牛健太郎(ワンダーランド)

「星降る夜」公演チラシ

  1. 福島県立いわき総合高校演劇部神戸公演「Final Fantasy for XI.III.MMXI
  2. 劇団ヘルベチカスタンダード「星降る夜
  3. 趣向「解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話

 記憶に残るかどうかだけが勝負だ。この3本のことなら20年経っても覚えているだろう。興奮しながら、幸せな気持ちに浸りながら、頭の中いっぱいにしながら、新快速に乗り(1)自転車で夜の鴨川べりを走り(2)激しい雨の中を歩いた(3)それぞれの帰路も含めて。1.は今年を象徴する特別な作品。本質的であるがゆえに反則ぎりぎりでもあった。2.のエネルギーの爆発には驚いた。そこにはさまざまな幸運もあったようだが、ポテンシャルの高さは疑うべくもない。今後に注目したい。3.はもたらされるべくしてもたらされた成果。来年は何を見せてくれるか。楽しみに待つばかり。
(年間観劇数 70本)

坂本秀夫(ライター、研究者)

「バナ学バトル★☆熱血スポ魂秋の大運動会!!!!!」公演チラシ 「ゲーム的リアリズム」と類される想像力を利用した小劇場作品は昔から多いがポップカルチャーネタで戯れているだけだ。そんな中、バナナ学園の作品は「ゲーム的リアリズム」を用いて小劇場をやる場合の一つの解答ととれる。ニコミュ「ココロ」はオタクがオタク向けに創っている作品に留まることしか出来ておらず、人気の動画共有サイト「ニコニコ動画」のドワンゴが主催、同名のボーカロイド楽曲が題材、という特殊な背景を持つとは思えないほど凡庸な「小劇場演劇」だった。テニミュは非現実的な原作を非現実的な表現で行うという構造により、舞台作品としても気になる内容となっていた。ポップカルチャーとの向き合い方比較として興味深い。
※ミュージカル「テニスの王子様」は小劇場というより、大劇場での商業演劇に類されるものかと思いますが、他作品との比較もあり、書かせて頂きました。
(年間観劇数 約50~75本)
——————————————————————————————-
【注】
* 劇場名や上演月日は、各地で公演している場合などに付けた。
* 作者、訳者、演出家名も、3本の選択に関係する場合などに付した。
* リンク先は2011年12月28日現在のURL。このあとサイトの改廃、ページ内容の変更、リンク切れなどが生じるかもしれません。ご注意ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください