柿喰う客「無差別」

7.記念催事
  兒島利弥

 16:01
 チラシに「仰々しいテーマや重々しい内容に臆せず」と、中屋敷からとんだ「ご挨拶」が書いてある。確かに突き付けられた情報は暗く、重々しく捉えてしまう。あまり耳にしたくない情報群。それだけで気分が落ち込む。だが臆したつもりは無い。しかし観ているうちにだんだん積み上がる気持ち悪さに、私は途中でこの舞台を拒絶した。そうなった訳は何か。ただ単に嫌だからという子供の理屈では無い、そうさせる「何か」があったはずだ。それは何だ。

 16:01
 アフタートークまで聞いて二時間。何かを救って欲しい気持ちで参加したが、何も救われはしなかった。どんなに考えても光がない。舞台上で彼等が生命を輝かせるたび、副産物として重く暗いものもまた積み上っていく。何かに救われようと、上へ上へと高みを目指していくかのように。そうして高く高く積み上げて、結局救われないままに彼等は死に、舞台上には真っ黒な入道雲みたいなものだけが残る。だからこそアフタートークに頼った。だがその雲をはらうような話は無かった。舞台上に積み上がったものは何だ。

 16:01
 劇場を出た時刻。さっき観た舞台の事を考える。胸の内に何かが積まれていく感じがする。観ていた時と同じだ。それが不愉快でたまらない。感情、情報、経験の暗く黒い部分が集まり、それらが一つ一つ積み上がって真っ黒な入道雲ができる。舞台上に出来上がったものと似ているが、違う。拒絶しているはずなのにどうして胸の内で積み上がるのか。舞台を観て呼び起されるものを拒絶しているのではなく、舞台上で出来上がってくるものに嫌悪を感じ拒絶しているのだろう。しかしこんなものを胸の内に持っていたくはない。舞台上と私の中で出来上がった入道雲を、晴らす手だては無いのか。

 舞台を視覚的に思い出す。六角形のステージが舞台中央手前に、舞台上から角が一つ、少しはみ出る様に作ってあった。魔法陣にも見えるそのステージと、役者の通る道以外は照明機材が無遠慮に置かれ、床を立体的に黒く染めていた。それらを囲む様に舞台奥と左右に設けられた三枚の真っ白い壁。『何か』が産まれ出しそうな雰囲気だが、その『何か』はもう既に魔法陣の中にいた。それは中央の高い柱を支柱に(3m程)して、そこにカギ型の足を付け合わせh型にする。それを高さを変えて計六つ。六方向に取り付けられた黒い物体。『象徴』の様に聳えるその真っ黒な奇形は、剥き出しの骨の様に近寄り難く禍々しい。劇中では、更にその異様さを増す。

 黒いスーツにドレス。舞台上に役者七人全員が揃った時、私は葬式を思い描いていた。象徴的な奇形が『墓標』に見えてくる。『象徴』はこの後もシーンによって様々な物に姿を変えていく。演出の中屋敷が芝居後に言っていた通り、今回の舞台美術はシーンで容易にイメージが変わる。例えば、赤狗を殺す生業の家に生まれ家業を引き継いだ青年狗吉と、その妹狗子。他の村人から虐げられる二人の生活を映し出していく場面で、それは『家系図』へと変化した。自分ではどうする事もできない血筋というものに、雁字搦めにされる兄妹。また血筋から逃れようともがけば、血筋を遡れば誰もが共通の祖先へとたどり着く筈なのに、という主張を視覚的に見せつける。芝居を観た人はその『象徴』が『木の根』や『イカズチ』に見えた人は多いと思う。私にはその他に踊り子が命を感じながら食べ物を食らう場面で『食物連鎖』、生命の力強さを感じる場面では『生命の樹』、戦争になれば『六大陸と空(世界)』へと変わった。

 16:01
 芝居の最初と最後に踊り子役の男が『象徴』に向けて詩を唱えていた。細かいところまでは思い出せないが、おおよそはこんな内容だ「私はいつから私なのか。其れは問題ではない。私はいつまで私なのか。私は私が終わる時、最期にいったい何をすべきか。それが問題だ。」私はこの詩を『今までの事より、これから先命尽きる瞬間までの間に何を願い、遣り遂げるかが問題だ』と解釈した。悔いの残らない生き方を説いた詩だと思った。しかしこれでは私の雲は晴れない。登場人物の彼等自身が、自らを悔いの残らない生き方だと思ったとしても、それを見届けた私自身が心残りを抱いたからだ。この解釈で彼等に詩を捧げたくない。詩はいったいどう捉えればよいのか。

 舞台は暴力的で排他的だった。二人一組のユニゾンによる台詞は高圧的で、こちらはただそれを受け止めるしかない。照明は三枚の壁に不気味な影を効果的に浮かび上がらせ、不安にさせる。生まれた家の生業により村人から蔑まれ罵られる兄妹の話から、手の無いモグラの不遇、人間を親だと思い慕う狗の仔、盲の踊り子、神々、戦争、原爆、放射能まで持ち出してくる。そして不幸に不幸を被せ、不条理と理不尽で仕上げた結末は、運命の悪戯という名のイジメだ。次々と展開される負の出来事が、舞台上にどんどん積み上がる。そしてそれらを見せつけながら人間の闇、歴史の影といったものを容赦なく客席へ投げつけてくる。それは拒否できず胸の内に積み重なり、舞台上で積み上がるものと似た物ができてくるが、別物なのが分かる。あちらにあるものは拒絶しているが、こちらにあるものは受け止めているからだ。

 16:01
 思考はいつも同じ結論に至る。私は舞台を拒絶したが、それは舞台が私を排除してきたからだ。舞台上にあるもの、起こることの全ては、私がそこへ入り込もうとするのを阻止した。魔法陣の中で活動する者達だけで共有される、他を寄せ付けない排他的な空間。寄せ付けてくれないのに嫌なものは投げつけてくる。拒絶しているのに、受け止めている。この関係は何がどうなっているのか。

 私はこの舞台のどこにも感情移入しなかった。あれだけ舞台上でこちらを排除しようとしてくるのだから、させてくれなかっといった方がいい。内容の重々しい作品は多々ある。だが大抵は感情移入できるように作られ、登場人物と同調、共有する事で物語に入り込める。例え原爆を扱おうが放射能を出してこようが、共感によって物語を浄化できる筈だ。しかしこの舞台は違う。例えば、狗吉は妹の狗子が自分と同じ境遇に遭わせぬように、家業の狗殺しをさせず大事に守り育ててきた。しかし戦争から戻ると狗子は原爆によって傷付いていた。それをみた狗吉は、罪深い事をしてきた自分が無事なのに何故罪もなにもない妹がこんな事になるのかと嘆く場面がある。確かに観ていて無念さを感じたが、そこに更につけ込むことなく物語はさらりと流れてしまう。肩透かしを食らわされた気分だ。そんな場面が他にも多々あった。盛り込みすぎたと言ってもいいかもしれない。一つ一つの物語に感情を掘り下げさせることなく展開していく様は、「全体をただ見ていろ」と言わんばかりの作り手の強引さを感じた。

 結果。どこにも心を寄せる所無く物語は怨みによって終焉を迎える。嘗て一人の人間の怨念が雷となって都を襲った。その強力な怨念を鎮めるために天神様として祭り上げ、怨みは神へと姿を変え土地を守ってきた。舞台ではそれを遥かに超える怨みの塊となった元・山の神。自身を怨み茸と自称し、積み上がる怨みは雷ではなく、きのこ雲になった。街を飲み込み、黒い雨を降らせたきのこ雲は人々にとって新たな脅威へと変わる。それが新しい神になるのかは分からないが。その中で助かった兄妹は村人から大穴に落とされてしまう。狗子を母と慕った雌犬は、母を助けようとその中へ身投げをする。神になった筈のモグラは死骸で見つかり、踊り子の姿はない。その死に様は心残りを抱かせる。

 16:01
 私は彼等の為に思考した。少しでも彼等の生きた姿が彼等にとって良いものだったと信じ込みたかった。想像する事で彼等の救われる道を考えた。しかしどう考えても上手くいかなかった。思考はいつもループしてしまう。16:01に考え出したことから何も変わらずにいる。不条理で理不尽。感情移入もできず舞台には寄り添う所がない。第三者のまま、あちらとこちらに積み上がっていくものを見届けただけだ。そして舞台上に出来上がったものだけは嫌悪し拒絶する。

 それで良い。排除と拒絶の関係のままで、無理に入ろうとしなくていい。入ることが出来ないのだから。喪服姿の役者。黒と白の舞台美術。これはやはり葬式、いやそれよりももっと大きい、『墓標』ではなく『記念碑』のある催事だ。私はそこで歴史の闇を覗き、その時代の人々を現代の目線から推し量る。この物語は記念展示品だ。出来事だけが並べ立てられ、我々はそれに触れる事を許されない。ケースの中の遺品。しかしそれらを眺めるたび、胸の中へ一つまた一つと「何か」が積み上がっていく。それに似ている。嫌でも拒絶できないのは、それが財産だからだろう。現代人が持ち続けなければならない負の財産。忘れないということが救いになるのか?

 16:02
 舞台上に積み上げられた負の遺産。人類が再びそこへ足を踏み入れぬよう排除しようと攻撃的なバリケードを張り、その空間を排他的に取り扱う。一方こちら側は、暗い過去を拒絶し二度と繰り返したくない過ちとして眺める。舞台と客席は明確に境界線が引かれ、あちら側からくる重い暗い情報をこちら側はただ蓄える。そうして責任を持ってそれを抱え生きて欲しいと言っているのだろう。そうしてやっと詩を理解する。

 「今がこうして在るのは、そうなる為の過去があって存在している。私達が作り上げたのではなく、先祖のおかげだ。そして今を生きる私達がこれからをどうしていくのか。今が昔と呼ばれる未来に向けて何を行い、残していくのか。私達にはそれが問題だ。」

 16:03
 記念催事。「何か」を忘れぬために催す行事。大切な事とは分かっているが、往々にして「早く帰りたい」「早く終わって欲しい」と思ってしまうイベント。舞台もそこまで真似しなくても良かったのに。

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