サンプル「ファーム」

4 オレンジのこどもは(レモン)(箕浦光)

 生命科学の発展は人間に幸せをもたらすと信じられてきた。現在、再生医療が具体的になりつつある。難病や治療不能な人々にとっては福音である。また人間の不老不死の願いが適うかもしれない。しかしそれによって普通の人々の生活がどう変わるか。様々な期待もある。しかし案外変わらないのかもしれない。そんなことを考えさせられる芝居である。

 時代は不可能だと思われていた再生医療が可能になった時代。人の身体はパーツとして再生される。ここでは、人のパーツは亡くなった人々の思い出や忍ぶ姿としてペットのように商品化されている。しかしパーツを創るためには人間の身体を借りて育てなければならない。全ての人間がパーツを育てることが出来るわけではなく、出来る人間はファームと呼ばれ貴重な存在としてある。そういうファームを取り巻く人々の物語である。

 舞台は真四角な平面で観客の方に突き出ている。舞台の四隅に扇風機やジューサー、冷蔵庫、掃除機がおかれている。連なった高さの違う長机が連結されていて、折り畳んだり伸ばしたり、横に動かしたりして、喫茶店、居間、スナック、研究室等の場面を創り出す。場面転換時はジューサーや扇風機が音を立てて回る。どこにも先端的な再生医療の匂いを感じさせない日常的な小道具で組まれている。生命科学が進歩した時代であろうが日常は変わらないと主張しているかのように。

 ストーリーは再生医療にのめり込む科学者の父と日常を平凡に暮らす母の間での離婚の話から始まる。母はのめり込む父親に嫌気がさし、取り柄が見つからないスーパーの雇われ店長である男との再婚を考えている。父は離婚を認めない。父は再生医療が全てである。夫婦の一人息子(オレンジ)は遺伝子操作の結果、ファームとして生きることを運命づけられている。夫は再生医療に没頭してそれ以外のことは認められない。父にとって息子はすごい作品である。ファームとして商品化したのも父である。母はそんな夫を嫌い日常的な生活を望む。母の再婚相手になろうとしている男は平凡さが売りである。男は自分自身の問題を自分で解決できないため、得体の知れないゾーン・トレーナーの女性に判断を仰いでなんとかやっていっている。

 父は息子をすごい作品としてみるが、母は息子を普通に大切にする。息子は選ばれし異端な存在である。しかし息子は両親に寄り添おうとする気持ちを持っている。最初母を思い一緒に暮らそうと思うが、次に父の研究室を居場所とする。最後に息子は父に再生医療を依頼していた老婦人と一緒になってしまう。息子は癌になる。息子は死を選択して、最後は老婦人に看取られる。将来的に治療が可能になろうとしている時代である。しかし息子の死は、不思議なことにあっさりと皆に認められる。息子老婦人はペットとして死んでしまった犬と息子の目玉を大切にしている。が亡くなった後、男が全員を集める。老婦人には、オレンジのこども(レモン)が生まれようとしている。←とを省きます。
 時が経っていくが、そしてそれぞれ事件や変化はあったが、基本的な営みは何も変わっていない。変わりようが無く、同じ事が続いていく予想がある。

 生命科学は今までの倫理観を否定せざるを得ないように作用する。しかし人々は今までの営みがあり、急に代える事は出来ない。それぞれの日常を継続しながら、代られる所を変えるしか無い。大変な出来事も、過ぎてしまえば当たり前なことに感じられる。科学の進歩は今まで積み重ねてきた価値観を破壊するが、代わりに新たな合理性を見つけて、新しい価値観が生まれる。併せて変化を生き抜く人々は、価値観に対応する精神的支えを創り続ける。
 何かが変われば、その変化に対応できる代わるものを見つけていく。それは身近な所から始まる。日常は異性であり、家族であり、子孫であり、さらに宗教みたいなものへの依存からなっている。

 息子自身は生命科学の進歩と日常のジレンマを象徴として登場しているが、厳しさは無い。寂しさも無い。滑稽にも見える。誰しもよりどころを必要としていて、日常を生きている。たとえ生命科学が進歩しても、人間の存在は大きく変わるものではないようだ。流れに応じて何となく適応して行く。生活様式や倫理観は変わっても日常の人々の営みは変わらなく続いて行く。いつも誰かが引き継いでいく。

 ファームにはどうしてもこれを言いたいという主題を持った芝居とは思えない。しかし自分達が今後直面するかもしれない様々な要素をそっと忍び込ませて、いじっている。様々な要素が絡みついた世界は単純に割り切れるほど生易しいものではない。よかれと思ったことが、実際にはどうしようもない状況を作り出す例は多い。(例えば原子力のように)。人間がコントロールできるものは実際にはほとんどない。何か違うと思っても、それをそっと忍ばせて時の流れの中で何とかして行くしかない。ただ皆浮かれているのではなく、しっかり生きている。人間は困ったとき、それを上手くごまかして、生き抜く力はあるようだ。毎日の生活の積み重ねが、日常を創り、それを上手く組み合わせて、工夫して生きている。そんなヒントとなる断片が一杯ちりばめられた芝居に思える。

 実はこの芝居は見ていても、面白いのか面白くないのかわからない。ただ何かが動いていて、見慣れた現実を映し出しているのを感じる。単純に芝居に引き込まれ、知らない間に終わっていた。ああ何かが終わったのだと思い劇場を後にする。そのこと自体、目新しい事がいくらあっても、変わらない人間の営み。作者は様々な道具立てを使っているが、単に「輝かしい未来も単なる人の営みの積み重ねであり、その日常の平凡さが人々に取って、一番大切であること」を、役者を弄くり回して描きたかっただけなのかもしれない。
(2014年9月28日14:00の回観劇)

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