青年団リンク サンプル「シフト」

◎ナチュラリズムとナショナリズムの狭間で、ナラティヴは。
小澤英実(舞台批評)

サンプル「シフト」公演チラシ久しぶりにワクワクする作品に出逢った。青年団の松井周が、自身のユニット「サンプル」を立ち上げた、その旗揚げ公演「シフト」。そこで私が目の当たりにしたのは、「静かな演劇」のヴァリエーションのなかに留まっていたように思えた前作『地下室』から異なるステージに移行して、松井が自身の演出手法を見つけつつあること、そしてここに日本の小劇場演劇にとっての新しい声が生まれつつあるところだった。

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神村恵カンパニー「山脈」

◎「動かされる」身体から生まれる不気味さ
 伊藤亜紗(ダンス批評)

 神村恵の作品で面白いのは空間性だと思って以前から注目していた。空間性といっても「体を大きく使いなさい」とかそういうことではない。ひとことで言うと、ダンサーがちゃんとリアルな空間のなかにいるという意味だ。ダンサーが、三次元的に広がっている空間の中に自分がいるということに対して自覚的なのである。

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ころがす「1988年6月30日、あるいはバイエル」(岸井大輔作・演出)

◎あやふやな身体のための演劇入門(バイエル)
 小澤英実

 劇場という「何もない空間」と、そこで行われる公演の関係。それは例えば、劇場が器・容れ物で、公演が容れ物の中身というふうにたとえられる。そのとき劇場は演劇と日常の境界線になる。岸井大輔がここ三年ほど断続的に続けてきた「ポタライブ」シリーズは、様々な現実の街中を散策しながら観劇するというユニークな上演スタイルを特徴とする。その「ポタライブ」が寺山修司の「市街劇」の意匠を今に引き継ぎつつそれと異なるのは、岸井が舞台空間を劇場から現実の街へと解き放つとき、その主眼が、寺山のように「虚構の烙印を付された演劇を、歴史と同じ高みに押し上げること」ではなく、あくまで固有の場所性を備えた具体的な空間に対する異化、「場の劇化」に向けられていることだ。

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