忘れられない一冊、伝えたい一冊 第35回

◎「フルトヴェングラー 音楽ノート」 (白水社 芦津丈夫訳)
  山本卓卓

「フルトヴェングラー 音楽ノート」表紙
「音楽ノート」表紙

 正直、5年くらい前の僕にとってクラシック音楽は鬱陶しいだけでした。
 芝居の音選びのためにTSUTAYAで借りてきたりして「クラシック100選」的なものとかを…
 いざ聴いてみるとなんかどれも大仰な感じがしたし、交響曲とか協奏曲とか室内楽とかオペラ音楽とか種類がいっぱいあってややこしくて、それよりなによりファッションに成り得ないのです20歳そこそこの若者にとってクラシック音楽は。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第34回

◎ハイラム・ビンガムがマチュ・ピチュを発見する話(タイトル/作者/出版社不明)
 杉山至

 秋口だったと思う。私が小学生だった35年くらい前の。

 小学校の2階の外れ、木漏れ日の入ってくる放課後の図書室でその一冊に出会った。
 インカ帝国? 南米ペルー? マチュ・ピチュ? 当時はまだ、名前も聞いた事のない単語が並んでいて、これが架空の冒険譚なのか実話なのかさえ知らず夢中で文字を追いかけたのを覚えている。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第33回

◎「如月小春のフィールドノート」(如月小春著 而立書房)
 オノマリコ

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 如月小春が生きていたら、と思うことがある。彼女がいれば、いまの日本の演劇はもう少し広かったんじゃないか。
 わたしは如月小春に会ったことはない。彼女が演出している舞台を見たこともない。ただ戯曲や演劇についての論集を読んだことがあるというだけ。(それも数冊しか読んでない。)1980年代の演劇についての知識もいびつだ。そんな頼りのない頭からの推論なのだが、1980年代から彼女が急逝した2000年までの間、演劇に関わる多くの人たちの中で如月小春だけが注目し、耕していたものがあったのではないだろうか。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第32回

◎「後宮小説」(酒見賢一著、新潮社)
 玉山悟

【「後宮小説」表紙・玉山さん蔵書】
【「後宮小説」表紙・玉山さん蔵書】

 「忘れられない一冊」という企画ですが、私は演劇の本はあまり読んでなくて、読んでも全部忘れてしまうので、「忘れられない一冊」って実はないんですよね(笑)。私の「忘れられない一冊」は酒見賢一のデビュー作「後宮小説」です。酒見賢一は好きですね。全作品初版で持ってるんじゃないかな。「後宮小説」に至っては、3冊持っているんです。最初に手に入れた単行本が6刷りで、初版が欲しくて古本屋を6年も探してようやく手に入れました。それに文庫本。合わせて3冊持ってます。

 酒見賢一の好きなところは、非常に博識なところと、文章が格調高くて美しいところ、作品の設定の面白さですかね。ただ、すごく寡作な作家なので、新作を待っている読者は読むものがなくて。単行本を持っているのに、文庫本あとがきが読みたくて文庫本も買ってしまうみたいなところがあります(笑)。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第31回

◎「巨匠に学ぶ構図の基本—名画はなぜ名画なのか?」(内田広由紀著 視覚デザイン研究所)
 山田宏平

「巨匠に学ぶ構図の基本」表紙
「巨匠に学ぶ構図の基本」表紙

 演じるときも、演技を指導するときも、誰かの上演を観るときも、いつも関係性について考えながら演劇に接している気がする。演劇は、時間や事件を経て変わりゆく関係性と、その中で変わってゆく人々の状態を味わうものだと、個人的に思っているからだと思う。

 関係性は、基本的に空間と身体の使い方で表わせるものだと思う。空間は言い換えると距離や配置で、身体は視線と姿勢と言い換えたくなる。
 僕は演劇に関わるとき、距離と配置と視線と姿勢の変化を楽しんだり工夫したりしているのだと思う(ここに速度と熱量、呼吸と動作を足したくなる)。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第30回

◎「貧者の宝」(M.メーテルリンク著 平河出版社)
 吉植荘一郎

【「貧者の宝」表紙】
【「貧者の宝」表紙】

 韓国演劇を見ると思っていたのは「ナゼこれほど頻繁に“死者や異界との交流”が登場するのだろうか?」という事でした。というよりも韓国演劇の生ある俳優や演出家たちは、オバケや亡霊のバッコする世界(舞台)で、一体ナニと向き合っているのだろうか?と。
 私が昨年出演したジョン・ソジョン作『秋雨』もそうでしたし、この2月に東京でリーディング上演された韓国の新作戯曲『海霧』等はいずれも“死者や異界との交流”がテーマもしくはモチーフに…新国立劇場で上演された日韓合作劇『アジア温泉』(鄭義信作)もそうでしたね。
 オ・テソク作『自転車』とかソン・ギウン作『朝鮮刑事ホン・ユンシク』にはメタファーとかじゃない、もうそのものズバリの死人や亡霊、妖怪が“役として”登場して生者と対話したり相撲取ったりします。コレって何なの(笑)? 霊やオバケの登場を韓国文化に由来するものと理解するとして、じゃあ霊やオバケを演じたり、それと向き合う人間はどうやって演じたらいいのか?……それっぽく見せればいいだけかもしれないけど、何だか逆に本質からは遠ざかっていくような気がするし……。
 こんな事を考えている時に出会った本がメーテルリンク著『貧者の宝』でした。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第29回

◎「ソシュール講義録注解」(フェルディナン・ド・ソシュール著 法政大学出版局)
 矢野靖人

「ソシュール講義録注解」表紙
「ソシュール講義録注解」表紙

 「一冊の本を選べ」と言われたとき、人はどのような本を選ぶのだろう。今までの人生に影響を与えた本、例えば自分の場合、演劇を、演出を始めるきっかけとなった本。あるいは演劇を作り続けて行く上で大きな励みを与えてくれた本。忘れられない一冊。大好きな本。作家。考え出すときりがなくて、例えば書評(ひいてはおおきく批評)という行為に目覚めた本として今も鮮烈な記憶が残っている一冊に、高橋源一郎氏の『文学がこんなにわかっていいかしら』(福武文庫) がある。元々自分が大学で学部を選ぶ際に文学部を選んだのも、カッコつけていえば人間という存在について探求を深めたい。という欲望があったからであって、しかしそれを求むるに適した学問が、果たして心理学なのか、哲学なのか、文学なのか。それとも他に、例えば僕の大学入学は1995年なのだけれども、そのとき流行っていた新しい学問・学部として、総合人間学部なんてものもあった。実に懐かしい。思い起こせば、あれから20年近くになる。ずいぶん遠くまで来たような気がする。一方で、今もまだ学生時代の気分のまま迷っていて、ときどき石ころに躓いては、まるで子供のようにオオゲサに泣き喚いていたりするだけのような気もする。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第28回

◎「ロック微分法」(渋谷陽一著 ロッキング・オン)
 永山智行

「ロック微分法」表紙
「ロック微分法」表紙

 音楽が思考のスタート地点になっている気がする。

 劇団で「水をめぐる」というシリーズの作品をつくった時に、俳優の発語の様式として、「生活言語イントネーション」なるものを試してみた。これは、語彙としては共通語のそれを使用するのであるが、その発語においては、俳優個々の普段のイントネーションを採用するというものだ。別に、郷土の言葉を大切にしたい、などという思いではなく、話し言葉の音楽性について考えてみたかったのだ。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第27回

◎「ローザ・ルクセンブルク」(J.P.ネットル 河出書房新社)
 黒澤世莉

「ローザ・ルクセンブルク」表紙
「ローザ・ルクセンブルク」表紙

 人間にしか興味がないので、人間くさいものが好きだ。私にとって人間くさいものとは、完全無欠の英雄ではなく、魅力的だが時としてそれ以上に欠点が目につくような人物だ。さっそく話は逸れるが、だから夢を題材にした作品はどんなに名作と言われているものも楽しめないし、夢オチに出くわすと落胆する。日常的にも他人の夢の話を聞くことに何の興味も持てず聞き流してしまう。たとえ虚構であっても、虚構の人物たちにとっての現実がはっきりしているものが好きだ。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第26回

◎「空気の底」(手塚治虫 秋田文庫・手塚治虫文庫全集)
  鈴木ユキオ

「空気の底」の表紙
「空気の底」表紙

 手塚治虫さんの短編集、「空気の底」を選びました。

 他にもいくつか好きな本がありますし、手塚治虫さんの作品でも他にも推薦したい本があるのですが、今回何を選ぼうかなと思いをめぐらした時に、ふっと頭に浮かんだのがこの本です。さっそく本棚をさがしたのですが、そういえば友達に貸したままになっていました。だからかな、よけいに心の中で印象が強くなっているのかもしれません。
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