ままごと「港の劇場」

◎演劇と生活を結ぶ光—小豆島・坂手港の劇場—
 落雅季子

チラシふたたび小豆島へ

 昨年開催された瀬戸内国際芸術祭の一環であった「醤の郷+坂手港プロジェクト」。ままごとはその参加アーティストとして小豆島の坂手港エリアで滞在制作をおこなった。2010年の岸田國士戯曲賞受賞以後、東京での活動ペースを抑えていたままごとが長期滞在の場所に選んだのがどんなところか知りたくて、私が初めて小豆島を訪れたのが昨夏のことだ。

 それから一年。坂手地区では今年もアーティスト・イン・レジデンスや展示が続けられており、ままごとメンバーも7月から9月にかけて断続的に滞在をしていた。昨年見た小豆島の風景や、そこでパフォーマンスしていた彼らの開放感あふれる表情が忘れがたく、今年9月、私は再び島を訪ねることにした。
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鳥公園「緑子の部屋」

◎鳥公園「緑子の部屋」から考える
(鼎談)落雅季子+鈴木励滋+野村政之

『緑子の部屋』をどう見たか

—11月にはフェスティバル/トーキョー14でも、鳥公園主宰の西尾佳織さんの作品の上演が予定されています。『緑子の部屋』は3月に大阪と東京で上演されました。今回は東京公演についてお話をうかがいます。とてもざっくりした言い方になりますが、緑子という女性がもう死んで居なくなっている状況で、緑子の兄と、一緒に住んでいた大熊という男性と、友だちだった井尾という女性が三人で集まって緑子のことをいろいろ思い出したり、昔のシーンが挿入されたりするという物語でしたね。それから、最初と最後で、とある「絵」について語る場面がキーポイントになっていました。ではまず、お一人ずつ、今日の話の糸口となるようなところから伺いたいと思います。
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飴屋法水「教室」

◎境界線上のグロテスク
 落 雅季子

「教室」チラシ 『教室』は、2013年夏、大阪のTACT/FESTで上演された子どものための演劇である。一年の時を経て、東京の清澄白河の地で再演されることとなった。作、演出は飴屋法水。出演者は飴屋、コロスケさんこと三好愛、くんちゃんこと三好くるみちゃんという、実際の家族として暮らす三人だ。 “飴屋法水「教室」” の続きを読む

東京芸術劇場「God save the Queen」

◎新しい女性性を巡って(鼎談)
 落雅季子+藤原央登 +前田愛実

 2011年に大きな話題を集めた芸劇eyes番外編「20年安泰。」。ジエン社、バナナ学園純情乙女組、範宙遊泳、マームとジプシー、ロロの五団体が、20分の作品をショーケース形式で見せる公演でした。それに次いで今年9月に上演されたのが、第二弾「God save the Queen」です。今回の五劇団を率いるのは、同じく若手でも女性ばかり。そのことにも着目しながら、この舞台について三人の方に語っていただきました。(編集部)
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東京デスロック「シンポジウム」

◎「対話」をめぐる響宴-繰り返される期待と裏切り
  落雅季子

 東京デスロックの演劇は、少し私を警戒させる。どこかへ連れて行かれるような気がして、安穏と観てはいられない。それがどこかはわからないのに、思案しながら自分の足でそこまで歩くことになるような予感を抱えて、私は彼らの公演に訪れる。2012年の『モラトリアム』、『リハビリテーション』の頃から、彼らは舞台と客席の境界を曖昧にしていくなど、観客との関係性を構築し直し、作り手と観客双方のアイデンティティを問い直す試みをより先鋭化させてきた。今作『シンポジウム』は、その問題意識の線上にある一つの到達点と言える。
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範宙遊泳「さよなら日本 瞑想のまま眠りたい」

◎喪失がもたらした転回
 落 雅季子

「さよなら日本」公演チラシ
「さよなら日本」公演チラシ

 これは「喪失」を描いた物語なのだと、観ている途中でわかった。舞台上には、かつて私が誰かを失ったときの情景があり、これから失うものがあるとすればこうだという予言があり、ではいったい現在地では何を所有しており、何を確かだと思って暮らしているのか、という問いがあった。息をするのも忘れるほど見入っていたが、同時に、どうしようもなく怖い、という感覚におそわれた。水が欲しいと思ったときには、すでに身体の水分は枯れていると聞いたことがある。深層心理の認識はいつも遅れるので、自分では渇いていることに気づいていなくとも、思いもかけない水流を前に、久しく覚えがないほど惹きつけられたのかもしれない。どうしてこんなに怖いと思うのか、それなのにどうして惹かれたのか、考えているうちに二度も観に行ってしまった。
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カトリ企画UR「紙風船文様」

◎3人によるクロスレビュー

 今回の企画は、アトリエセンティオで2013年4月4-7日に上演されたカトリ企画UR「紙風船文様」を同時に観劇した3人の方のお申し出により、それぞれの視点から批評していただいたものです。3人は昨年フェスティバル・トーキョー(通称F/T)の関連企画「Blog Camp in F/T」で知り合い、F/T終了後も不定期に集まっては、各々が観た作品を話し、議論してきたとのことです。
 それぞれ違うバックグラウンドを持つ評者が一つの作品に関して書く事で、「紙風船文様」という作品の様々な側面が浮かび上がってきたことと思います。(編集部)
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東京デスロック「東京ノート」

◎2024年のジャパニーズ・ノート
  落雅季子

「東京ノート」公演チラシ
「東京ノート」公演チラシ

 靴を脱いで劇場に入り、白いムートン張りの床を踏む。作品の舞台である美術館のロビーを模したセットは同じ布地でカバーされており、既に観客らしき人が腰掛けている。椅子はそれ以外になく、後はめいめい床に座ったり、壁にもたれたりしながら開演を待っているようだった。東京デスロック4年ぶりの東京公演に多田淳之介が選んだのは、遠いヨーロッパの戦争を背景に、美術館につかの間集う家族、恋人たちを描く、平田オリザの戯曲『東京ノート』である。
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甘もの会「はだしのこどもはにわとりだ」

◎完璧な劇空間の果たす役割
 落雅季子

「はだしのこどもはにわとりだ」公演チラシ
「はだしのこどもはにわとりだ」公演チラシ

 甘もの会は、京都在住の劇作家、肥田知浩と、演出の深見七菜子からなる二人のユニットだ。数年に一度だけ咲く花のように密やかに公演を行い、また数年の熟成期間に入ってしまう。そんな彼らの二年ぶりの新作、『はだしのこどもはにわとりだ』を観た。旗揚げは2008年。2010年に上演された『どどめジャム』では劇作家協会新人戯曲賞にノミネートされたと記憶しているが、今回はそれに続く第三回目の公演である。
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北九州芸術劇場プロデュース 「テトラポット」

◎再生と歴史、縮尺のマジック
 落雅季子

「テトラポット」公演チラシ
「テトラポット」公演チラシ

 柴幸男の作品はいつも、距離が縮尺によって変化するということを教えてくれる。人の生死、家族の暮らし、物質世界の理を等価に並べながら時間軸と空間を瞬間的に伸縮させ、時に圧倒的な情感を構築する彼の世界は、1センチの至近距離が地図の上では1万キロメートルにもなり得るダイナミズムを孕んでいる。

 そんな彼にとって二年ぶりの新作『テトラポット』は、北九州芸術劇場プロデュースの、あうるすぽっとタイアップ公演シリーズで、現地で活動する俳優らと共に二か月かけて作りあげた作品となる。柴が北九州で創作を行うのは初めてではなく、2010年11月、同劇場のドラマリーディングの企画にて自身の『わが星』を上演しており、そのときから続投している俳優も多く見られた。ここ数年、舞台作品におけるアーティスト・イン・レジデンスは関東以外の地方にも着実に根付き、大きなうねりを形成している。中でも北九州芸術劇場は独自のシリーズ企画を複数持ち、実力、話題性ともに十分な劇作家を選んで共に作品づくりに努める、志の高い公共劇場である。
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