#7 生田萬(キラリ☆ふじみ芸術監督)

生田萬さんは「ブリキの自発団」という風変わりな名前の劇団を率いて1980-90年代の小劇場シーンで活躍しました。アメリカのSF作家フィリップ・K・ディックの影響を受けた作品を次々に発表し、「過去はいつも新しく、未来は不思議に懐かしい」というフレーズは鮮烈な印象を残しています。最近は劇団活動を休止していたはずなのに、この4月から埼玉県富士見市の公共ホール「キラリ☆ふじみ」の芸術監督に就任しました。どんなきっかけで芸術監督に転身したのか、なぜ地域の公共ホールを拠点にするのかなど、現代演劇に対する希望と構想を率直に語ってもらいました。(聞き手:北嶋孝@マガジン・ワンダーランド)

『ロミオとジュリエット』で演出コンペ フランチャイズ制劇団の構想も

『春の祭典』との出会い

生田萬さん-(前芸術監督の)平田オリザさんが「生田さんのような大物演出家が応募するとは思わなかった」とバトンタッチの弁で述べています。キラリ☆ふじみ芸術監督の公募制を前からご存じだったのですか。平田さんに限らず、意外に思った人も少なくなかったと思いますが、どんなお考えから応募されたのでしょう。

生田 いやー実は、ここの芸術監督公募の件は直前まで知らなかった。折り合いがよかったというか、偶然がいろいろ重なって、それがすべてひとつの方向を指し示した。そういうときに人は思わず「運命」なんて口にしちゃう(笑)。最初の偶然は、この富士見市っていうのが、たまたまぼくの住んでるさいたま市の家のすぐ近くだったってこと。実は、全然知らなかった。平田さんが芸術監督をやってるのは知ってましたが、今回の公募の新聞記事を見てあらためて地図で調べたら、なんだ隣町だったのかと。距離的には近いのに荒川に隔てられていて、ほとんど地域的な交通・交流がないんです。で、こんなに近かったのかと、なにやら因縁めいた気分になった。

もうひとつの偶然は、昨年東北のとあるホールの依頼で10周年事業で上演する市民参加の芝居の演出をしたこともあって、公共ホールが地域にどういう関わりを持てるかいろいろ考えていたときだった。つまり、うーん、これは話し始めると長くなっちゃうんだなあ(笑)。ぼくがどうして劇団活動から離れちゃったかにもつながるんですけど、たとえば、いま日本人にとって能や狂言は必要かときかれたら、たぶんだれもが口をそろえて「イエス」と答える、自分では全然関心なくても絶滅危惧種は守らなきゃみたいな大義にのっかってね。じゃあ、現代演劇は? ときかれたらどうだろう。何人が自信をもって「イエス」と声にだせるだろう。本当は絶滅の危機にあるのは現代演劇の方かもしれないのに。いま演劇は時代とどう響きあっているのか。今日の世界を鏡のように映しだし再現する、そんなヴィヴィッドな表現ツールであることからぼくたちの演劇がどんどん遠ざかっていってるような、そんな根本的な疑問をあらためて考えていた。

そんな折りも折り、偶然ふたつの『春の祭典』と出会ったんです。ひとつはピナ・バウシュの日本公演。初期の作品で、近作における洗練とはまったく趣きの異なる荒々しさに目を見張った。もう一本は、DVDでたまたま観た『ベルリン・フィルと子どもたち』というドキュメンタリー。ベルリン・フィルの指揮者・芸術監督に新たに就任したサイモン・ラトルが、芸術が現実から乖離している事態に具体的な行動で応え、ベルリン在住の難民の子ども250人を集めてダンス公演を敢行した。そのドキュメンタリーなんですけど、素人の子たちがベルリン・フィルの演奏で『春の祭典』を踊るんです(注1)。もちろん公演の模様はダイジェストだし、生で観たわけでもないのにもう痛いくらいに感じてしまった。ピナのステージを観ていなかったらどうだったか。きっとアンテナの感度があがってたんですね。で、「ウロコがおちた感」があった。「演劇に何ができるか」なんてじくじく考えるよりも、こちらから飛び込んで新しい形を探っていくことができるんだと思ったちょうどそのときに、この芸術監督公募の記事を新聞で読んだと、まあ、長くなってしまいましたが、そういう偶然のファインプレーというか……。

-タイミングがぴったりだったんですね。

生田 ほんとに気持ちがそっちに向かっているときにパッと出会った感じです。まさしく、神さまに行けと言われてるような気がして応募したんです。>>


生田萬(いくた・よろず)

1949年東京生まれ。さいたま市在住。早稲田大学在学中に劇団を結成。寺山修司の市街劇「人力飛行機ソロモン」にも出演。81年女優で妻の銀粉蝶とともに「ブリキの自発団」を結成。アメリカのSF作家フィリップ・K・ディックの影響を受けた作品を次々に発表。80年代「小劇場ブーム」の中心劇団のひとつとして高い評価を得た。代表作は「夜の子供」「ナンシー・トマトの三つの聖痕」「かくも長き快楽」など。銀粉蝶、片桐はいり、山下千景などの俳優が活動した。下北沢スズナリ15周年記念公演「KAN-KAN」(96年)で読売演劇大賞の優秀演出家賞、優秀作品賞受賞。シアターコクーン「ボヤージュ」(98年)(松たか子主演・串田和美演出)の脚本を担当。96年の第1回からTBS『世界遺産』の構成作家。2007年4月から埼玉県富士見市の富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ芸術監督(任期3年)。
主な著作(amazon.co.jp)

注1)ドキュメンタリー映画『ベルリン・フィルと子どもたち』
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