【レクチャー三昧】2011年9月
今秋9月から11月までの開催分を連続講座もふくめ検索したところ、めまいがするくらい沢山見つかってしまいました。フェスティバル/トーキョー11も始まるのにどうしたもんかと思います。ここでは9月開催の一部のみご紹介致しますので、それ以外の分は【レクチャー三昧】カレンダー版をご覧下さい。
(高橋楓)
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月: 2011年8月
中井浩之ひとり芝居「猫の事務所」「オツベルと象」
◎これもまた「本道」なのだ
堀切和雅
中途半端な郊外で
演劇をやりたい若者は、まあ若者でなくてもいいのだが、とりあえず東京や京阪神や名古屋やせいぜい北九州など、大きめの都市に出て来るほかに、選択肢はあまりない。地方では、機能している常設の劇場空間もまずないし、演劇仲間も集まりにくいし、なによりも、演劇が成り立つ根拠そのものである、まとまった観客層がない。いや、後ほど述べるようにそれは実は存在しうるのだが、未だ潜在的なものに押しとどめられてしまっている。
もちろん、弘前劇場など、地方を基盤に演劇を成立させて行こうという努力はなされてきたし、いまもされている。
ただ、演劇界全体のあり方の問題として、地方で舞台を成立させるための組織的努力は、片隅に追いやられてきた。
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雑貨団「.」←dot
◎シアトリカル・プラネタリウムはいかに演劇を拡張するか
柳沢望
長野市立博物館のプラネタリウムでおこなわれた雑貨団の公演を見に行った。タイトルは「.」(ドット)という。
雑貨団のことを知ったのは、最近たまたまプラネタリウムでの仕事を始めたからなのだが、長野市立博物館は、雑貨団がプラネタリウムを活用する演劇公演を始めた場所だったそうだ。活動の原点となる場所で、新作の初演がどのように披露されるのか、興味を抱きつつ出かけた。
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JACROW「明けない夜 完全版」(クロスレビュー挑戦編第13回)
ポコペン舞子「もう少し待っててください」
◎愛すべき“ブス”のゆくえ
安達真実
仮に、“ポップでキュート、ときどきブス。”という種類の魅力があるとしよう。軽やかで愛らしい、だけでは物足りない。ときにちょっとヘンテコなのがカワイイ、と。
例えばそう、ファッションで言うところの「東京ガールズ」(裏原系、ロリータファッション等)は、抑圧的な日本社会において、自分たちだけの居場所を、ファッションというツールの活用によって獲得しようとし、消費を通してしか文化を創り出せなかったとされる。が、ここで敢えて、このポコペン舞子(ブス)というダンスカンパニーを、そして彼女たちを取り巻くまなざしを、「東京ガールズ」の文脈で捉えるとするなら、それはそれで、おもしろいかもしれない。
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G.com 「実験都市」
◎天才になれなかったぼくたちのために-文芸部員としての最終リポート
水牛健太郎
七月三十日、土曜日の夜の回を見終わった後、主宰の三浦剛にG.comからの脱退を申し出た。二〇〇九年の一月から二年半、わたしはG.comの文芸部員だった。舞台化された作品は遂になかったし、実態はご意見番+雑用要員のようなものだったけど、内部の人間であったことは間違いない。しかし今年の三月下旬に京都に引っ越して、今回の公演は全くかかわることができなかった。
今回の作品はなかなかよいと思った時、ワンダーランドに評を書こうと思いついた。それだけの価値がある公演だった。内部関係者が劇評を書いても信用されないから、けじめとしてG.comは辞めることにした。それでも、もちろん、ふつうの劇評とはかなり違ったものになるだろう。いい置き土産になればと思う。
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台湾国立中正文化中心、SCOT「椿姫-何日君再来」(流行音楽悲恋花劇)
◎見えないものを見えるようにする
よこたたかお
(1) 論点
2011年6月11-12日にかけて、静岡舞台芸術劇場で鈴木忠志演出の『椿姫―何日君再来』が上演された。
この作品は『椿姫』(デュマ・フィス)から原作を取っている。とはいえ、小説版・戯曲版の『椿姫』の上演ではない。むしろ『椿姫』と言えばヴェルディ作曲のオペラ版が人口に膾炙しており、演劇よりもオペラ愛好家の中によく知られている作品だろう。鈴木忠志は既に2009年に『オペラ 椿姫』を上演している。従って、今回の『椿姫―何日君再来』は『オペラ 椿姫』(2009)への応答であったといえよう。
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キジムナーフェスタ2011[報告]
◎子どもたちの力になるお芝居
都留由子
「キジムナー」は、沖縄の妖怪で、木の精、特にガジュマルの木の精である。川で元気に遊ぶ子どもを河童になぞらえるように、沖縄ではキジムナーは元気な子どものイメージなのだそうだ。
そのキジムナーの名前を冠した「キジムナーフェスタ」は、「国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ」の愛称である。今年2011年のフェスティバルは7月の終わりの9日間。メキシコ、ジンバブエ、スペイン、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、フランス、イタリア、韓国、オーストラリアなど14カ国の51作品が上演され、ステージ数は170、そのほかにも国際シンポジウム、ワークショップ、講演会、セミナー、などが多数開催された。公式HPによれば観客数は31,000人を超え、また、参加したゲスト、キャスト、スタッフは海外、国内、県内を含め500人にのぼったそうだ。9日間で31,000人ということは単純に計算すると3,400人の会場を毎日いっぱいにしていることになる。3,400席。渋谷のNHKホールの客席数だ。
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極東退屈道場「サブウェイ」(クロスレビュー挑戦編第12回)
極東退屈道場は2007年7月にスタートした演劇ユニット(主宰・林慎一郎)です。「サブウェイ」の初演は2010年11月。今回の再演は「真夏の極東フェスティバル」と銘打って、真夏の會「エダニク」と2本立ての交互上演でした。地元大阪だけでなく、8月25日から王子小劇場でも東京公演を開きます。同劇場代表/芸術監督の玉山悟さんの誘いで実現したそうです。クロスレビュー挑戦編に関西公演が登場したのは初めて。東京公演を見る予定の方、このレビューを読んで見るかどうか決めたいという方はご注意ください。舞台内容への言及があるかもしれません。知りたくなければ、万一を考えて、ここでストップ! レビューを読んでから舞台を見るか、見てから読むか、思案のしどころです。なにを読んでも大丈夫という方だけ、禁断の木の実(?)を食べてください。掲載は到着順。では、どうぞ-。(ワンダーランド編集部)
(真夏の極東フェスティバル公演チラシ=右)
サンプル「ゲヘナにて」
◎哄笑のディストピア
芦沢みどり
会場に入って舞台を真正面から見た時、その存在感にまず圧倒された。住宅の屋根ほどの傾斜がついた八百屋舞台は、プロセニアムの中に造り込まれた八百屋ではなく、一個の構築物としてホールのスペースにどんと置かれている。したがってそこには袖もないし幕もない。その斜面の上に、布団、椅子、扇風機その他、細々とした家財道具が、どれも学生四畳半下宿ふうの安っぽさで散乱している。この舞台面を、下手客席側に設置された二段構えの照明の列がかっと照らし出しているので、席に就いた観客はいやでも舞台をまじまじと見ることになる。<こんな急斜面で芝居ができるのかしら。それにしても汚いなあ>と思って見ているうちに、そこには生活用具だけでなく土管ふうの物体や天窓のような開口部があることに気がついた。―この光景をどこかで見たような、という思いがふつふつと湧いて来る。そうだ! 3.11の大津波で流されてゆく家々の屋根と、津波が引いた後の瓦礫の中に残された靴の片方、おもちゃ、電気炊飯器などなど・・・あれそっくりじゃない? あの日以来繰り返し映像で見せられた光景なのにすぐに気づかなかったのは、たぶん、屋根は屋根、瓦礫は瓦礫として別々に見ていたからに違いない。もちろんこの装置と「あの日」を結びつけるのは早急すぎる。創り手はそんなことは考えていないのかもしれないから。でも、いったん抱いてしまった印象は、錯覚であれ妄想であれなかなか消えるものではない。そんなわけで筆者は「あの日」を引きずりつつ『ゲヘナにて』の舞台を見ることになった。
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