振り返る 私の2008

2008年もあっという間に年の瀬を迎えました。この年末回顧企画「振り返る私」は、「記憶に残る今年の3本」を選び、小劇場演劇とダンスの1年に多様な光を当てようという試みです。多くの方々の回答から、幾筋かの流れを感じ取ることができると思います。メルマガ版「マガジン・ワンダーランド」追加分を含め、到着順の掲載です。(編集部)

◇谷賢一(劇団DULL-COLORED POP主宰、「Play note」)

  • 「て」公演ハイバイ「て」
  • 横浜未来演劇人シアター「市電うどん
  • 該当作なし

何か新しいものに遭遇してどっきり、な体験のなかった一年。人と人の間(にんげん)の軋轢、歪み、コンプレックスをグロテスクに笑えちゃう岩井秀人イズムは相変わらず濃いままに、それぞれの人物の視点をさらり相対的に対比させた『て』には抜群の演劇的興奮があったし、アングラ時代を髣髴とさせる特権的な身体性や空気感をばちこーんと打ち出して現代の客席に黒魔術をかけた『市電うどん』には畏敬を覚えたが、いずれも全く新しいと言うよりは演劇的遺産の丁寧な再生である。実はぶっちぎりの一位はサイモン・マクバーニー演出『春琴』なのだが、俺定義の小劇場からは逸脱してしまう。来年に期待、したいところだが、それもできないかな。年間観劇本数=100本弱。

香取英敏(企画制作(株)エムマッティーナ代表、「地下鉄道に乗って」)

  1. 「その夏、13月」公演三条会「近代能楽集」のうち、「卒塔婆小町」
  2. サド侯爵夫人」(鈴木勝秀演出、篠井英介、加納幸和出演)
  3. チェリーブロッサムハイスクール「その夏、13月

「その夏、13月」は若手の劇作家の実力を思い知る、倒叙ものの傑作。伏線と謎のしこみかたなど、ドラマ性と劇的な構成の配合ぐあいにしびれた。年間観劇本数約230本。
いままで面倒くせぇなぁとしか感じなかった三島由紀夫を初めて「おもしろい」と実感できたことが08年の最大の収穫であった。三条会の「近代能楽集」全編上演、SCOT「サド侯爵夫人第2幕」、鈴木勝秀演出「サド侯爵婦人」、新国立劇場「彩の鼓」「弱法師」と見て、敬遠していた三島が、演出しだい、解釈しだいでこんなにも変容するという演劇的な喜びを教えられた。その中から2本選んだ。正当派解釈の鈴勝版。外連(けれん)だが極めて現代的な三条会関演出には、腰をぬかさんばかりの驚愕を得た。

高野しのぶ(現代演劇ウォッチャー/「しのぶの演劇レビュー」主宰)

  1. 「投げられやす~い石」公演ジェットラグ・プロデュース「投げられやす~い石」(作・演出:岩井秀人)
  2. HAMMER-FISH「パイドラの愛」(演出:松井周)
  3. 韓国演出家協会・アジア演出家展「ロミオとジュリエット」(構成・演出:多田淳之介)

(上演順)

感動で体がシビれて、涙がとめどなく流れた公演を選んだ。選んでみてわかった共通点は、プロデュース公演であることと、演出家が青年団演出部所属で、俳優としても活躍していること。
劇団の脆弱化が指摘されて久しいが、東京では今もその状況が続いている。力不足の役者が容易に舞台に立てる環境がある限り、プロデュース公演の当たり外れの差が激しいことは改善されないだろう。来年2月末に開幕する「フェスティバル・トーキョー09春」の演目の多くが平田オリザ氏とつながりを持つことからも、東京の芸術志向の演劇シーンは今や青年団なしには語れない。老舗劇場の閉鎖と新劇場の開館が相次ぎ、劇場地図は大きく変わる。その流れに乗って、勢力地図をも塗り替え得る何かが現れて欲しい。野田秀樹氏が芸術監督に就任した東京芸術劇場の動向に注目したい。
(注)今年の3本は小劇場公演(客席数300席以下の劇場での自主製作/劇場プロデュースを含む)の中で、私が観た作品から選出。3作品の並びは上演順。2008年の観劇本数は299本の予定(2008/12/07時点)。

伊藤亜紗Review House編集長)

  1. 「排気口」公演イデビアン・クルー「排気口
  2. 神村恵カンパニー「どん底」
  3. 庭劇団ペニノ「苛々する大人の絵本

選んだ三本から少し離れて俯瞰してみると、ペニノ、快快、Chim↑Pom等、ダンスや演劇にかぎらず、個人ではなく集団ベースで制作する方法にあらためてアート全体が可能性を見いだした一年だったように思う(ペニノの集団的制作法については『QJ』Vol.81参照)。苦悩する天才(作家・演出家・振付家)よりも全員参加のアイディア会議。「よく練られた構成」や「厳密な方法論」に感心はするけれど、しかし集団の魔力が可能にする「飛躍」やある種の「いびつさ」にこそ説得力を感じてしまう。純粋な形式分析や物語分析の失効をあっけらかんと証明してみせるそうした作品をまえに、批評は語る言葉をもつのか。年間観劇数約60本。

鈴木厚人劇団印象-indian elephant-主宰、「ゾウの猿芝居」)

  1. 「ネズミ狩り」公演CAVA「
  2. 劇団チャリT企画「ネズミ狩り」
  3. 三条会「近代能楽集」から「熊野」

1は、「水と油」と似ているようで違う何かがあった。もちろん、小野寺修二の「空白に落ちた男」の質には遠く及ばないが、次を感じさせた作品。2は、酒鬼薔薇の打った蕎麦を我々は食えるのか?と、社会の包括性を、神戸のあの事件のその後を通して描いたもの。茶番を抑制した筆致で、作家・楢原の転機となるのではないか? 3は、演出専業の凄み。ただ、ずらすだけでなく、戯曲を掘り下げ、なぜ今なのか?にこだわったものが見たいとも。次点は、ギンギラ太陽’s「Born to Run」。他に、大劇場では、「身毒丸」「春琴」「The Diver」。五反田団「すてるたび」での戯曲・演出の変化に、さらに先に進もうとする強い意思を感じた。年間観劇本数=60本程度。

山田ちよ(演劇ライター、「a uno a uno」)

  1. 「NAGISAA~流れゆく夜と霧~」公演北村想レジェンドプロデュース「NAGISAA~流れゆく夜と霧~
  2. COLUMBA「ねもと」
  3. studio salt「中嶋正人」

演劇と関係ない分野の編集・執筆に追われ、昨年と比べ観劇数が2割以上も減少した。演劇ライターの立場が揺らぎそうだ。2009年は挽回したい。  「NAGISAA」は北村想作・演出の、咲田とばこの一人芝居で、横浜SAAC等との共催による横浜公演を見た。6役を演じ分ける咲田の演技力以上に、その演技が舞台上につくりだす濃密な雰囲気に圧倒された。COLUMBA「ねもと」はぺピン結構設計の石神夏希の作・演出。身近な場面に幻想的な設定の人物を挿入し、愛などについて考えさせる、という石神の旧作「東京の米」などに見られた特色がうまく出て、今後への期待も膨らませた。studio saltは着実な成長ぶりを示した。年間観劇本数100本(12月9日現在)。

文月菖蒲(古書・骨董研究家)

  1. 「家族の肖像」公演平田オリザのロボット演劇「働く私」(大阪大学豊中キャンパス・21世紀懐徳堂)(Robot Watch, 11月27日
  2. サンプル「家族の肖像」
  3. ハイバイ「て」

サンプルの「家族の肖像」、ハイバイ「て」は同世代の作家の「家族」を捕らえ方が対照的で印象深かった。強烈なニヒリズムと同時代性を個性とする松井周、人間の不器用さと自意識をこっけいに描く岩井秀人、生命への尊敬のまなざしは共通だ。観劇本数35本。
平田オリザがロボットを使った話題作「働く私」は、ロボット工学の権威大阪大学とのコラボレーションという記念碑であることに加え、人間の感情が鮮やかに浮かび上がった感動的な舞台作品だった。「美しいという感情はその風景を共有した人との思い出を示す」というロボットの台詞には、喪われた時間への絶望的な憧憬がこめられて、遠い未来へ来てしまった人間の戸惑いを表しているかのようだった。

野村政之(こまばアゴラ劇場・青年団 制作、「黙黙」)

  1. 「て」公演ハイバイ「て」
  2. 小指値「霊感少女ヒドミ

自分がかかわっていない公演から選びました。3本ということなのですが、3本目を選ぼうとすると10本くらいになってしまうので、2本。僕の周辺について言えば、この2本で2008年を代表するのは悪くないと思います。
今年活動が旺盛かつ充実していた人を挙げるとすれば、岩井秀人、畑澤聖悟、柴幸男、多田淳之介の4人でしょうか。来年注視したいのはこれらの人に加えて松井周、神里雄大。あと「小指値」改め「快快」篠田千明の動向です。
来年は自分自身の活動も含め、いままで「ここまでだ」と思っていた境界線が更新される年になるような気がしています。

水牛健太郎(評論家)

  1. 「春琴」公演世田谷パブリックシアター+コンプリシテ「春琴」(サイモン・マクバーニー演出)
  2. ポツドール「顔よ」
  3. フルタ丸「ガイライ魚

「春琴」に感じたのは、人をだます力の大きさ。「むかしむかし、こんな男とこんな女がおりましたとさ」。闇の中でささやかれるお話は、何から何までウソだらけ、真実は一つもないが、ただ、忘れられぬ。「顔よ」は嫌な芝居だった。貧乏臭くて暗かった。筋の細かい点は何も覚えていない。ただ、その嫌な感じがいつまでも後を引いて忘れられぬ。「記憶に残る」ということなら間違いなく今年の収穫。フルタ丸はまだこれからの劇団だが、「ガイライ魚」は特異な性格俳優の持ち味をフルに活かし、鮮やかな幕切れに結びつけた会心の出来。痛くなるほど拍手をした。励ましの意味も込めて一本に選んだ。年間観劇本数80本。

小畑明日香(慶大生)

  1. 「水の花」公演Uフィールド「水の花
  2. 多田淳之介+フランケンズ「トランス」
  3. 青年団若手自主企画「御前会議」(演出:柴幸男)

次点 東京デスロック「WALTH MACBETH」。やっぱ今年の断トツは芝居歴30年強のオヤヂが自身の心の柔らかい部分を晒した「水の花」。DVDも出てるので正月休みに見ていただきたいです。新作はUだけで、後は次点も含め、既成の脚本を青年団系列の演出家が一新した作品。結末まで原典を吸いつくしてるかどうか、原典の結論に自分の考えをぶちこんでるかどうかで順番決めました。他、予想外に見応えあったのが電動夏子安置システム「笑う通訳」。口パクのアドリブを始め正確な芝居。照明切り替えなど急激な場転を使う作品はゼロでした。

* 初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」年末回顧特集2008臨時増刊号(2008年12月21日、22日発行)
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