振り返る 私の2008

◇志賀信夫(舞踊批評・『Corpus』誌編集人、「舞踏批評」サイト)

  1. 「MELEE」公演バレエ・ノア「紙ひこうき」(埼玉芸術劇場、4月16日)
  2. 初期型「MELEE」(シアターイワト、6月23日)
  3. 群々「あたらしい世界」(アサヒアートスクエア、6月26日)

群馬のバレエ教室を元ピナ・バウシュのファビアン・プリオリヴィユが降りつけた『紙ひこうき』は、出演する女子高生のいじめを含む日常をダンスシアターにして見応え十分。埼玉公演が評価され、東京公演からドイツのピナ・フェスで上演するに至ったほど素晴らしい作品。カワムラアツノリの元に優れたダンサーが集まる「初期型」は、裸の男たちの股間を女たちがそれぞれ手で隠しながら踊る「禁じ手」を駆使し、見たことのない舞台を作った。岩渕貞太をはじめ個性あるダンサーや演出家などが集まった「群々」は、通常困難な共同振付演出に挑戦して、アサヒアートスクエアという広い空間を巧みに使った。若手の新たな活動に大いに期待している。年間観劇数300本。

◇鈴木雅巳(カメラマン、デザイナー 「見聞写照記」)

どうしても3本に絞れなかった。2種4本、と解釈していただきたい。Aの2本は演劇がやれること、演劇が出来ること。Bの2本は演劇がやるべきこと、演劇がやってきたこと。どちらも“伝える”ということを真摯に体現している舞台だった。劇団は劇団という枠が枷になってしまい面白くなく、プロデュース公演はまとまりすぎて面白くない。観劇数が少なかったこともあり、今年は記憶に刻まれる演劇にあまり巡り会えなかった。そして裏方で関わることが多くなると、素直に演劇を楽しめなくなるジレンマが…(苦笑)。演劇、ダンス、の観劇総数84本。

◇柾木博行(演劇情報サイト「ステージウェブ」)

  1. 世田谷パブリックシアター+コンプリシテ「春琴」(サイモン・マクバーニー演出)
  2. 燐光群「戦争と市民
  3. 新国立劇場「焼肉ドラゴン

今年のベストはサイモン・マクバーニー演出の『春琴』。見終わった瞬間から2008年のベストワンになることを確信していた。松井るみが和紙や竹といった日本の素材を美術に取り入れ、サイモンの演出がそれらを有機的に使い美しいミザンセーヌを作り上げた。特に春琴と佐助が鶯を放ち、それが和紙となって舞い、さらに和服となって高く登っていく場面は、その美しさだけで涙を流した。
涙を流したという点では他の2作も印象深い。『戦争と市民』では渡辺美佐子の決然とした視線の先に戦禍にまどう人々の姿が見え、『焼肉ドラゴン』では離散する在日の家族を待ち受ける厳しい現実が見えた。歴史に翻弄される市井の人々が気になった2本だった。年間観劇本数120本。

◇木元太郎(こまばアゴラ劇場・青年団 制作)

  1. 「天神開拓史」公演三条会のアトリエ公演「近代能楽集」全作品連続 上演シリーズ
  2. 渡辺源四郎商店 中学生演劇ワークショップ ~7日で作る「修学旅行
  3. ギンギラ太陽’s「天神開拓史」(上演順)

東京以外の地域から3本(3企画)を。
千葉に通わせてしまう、三条会のあの強烈な引力。公演期間どころか、公演中にリアルタイムで成長してるんじゃなかろうかという、青森の中学生たちの輝き。僕が地元福岡出身ということもだいぶ大きな要素ですが、ギンギラ太陽’sが描く天神という街のエネルギー。
ベスト3というのとはちょっとズレますが、その地に足を運ぶことや、その地とそこに住む人と公演との繋がりなどが「体験」として刻まれている分、「記憶に残る今年の3本」であることは確かです。
その点で来年追いかけたいのは、東京での公演を休止するという東京デスロックでしょうか。また、アゴラのサミットディレクターが京都を中心に活動する杉原邦生氏になったこともあり、関西のカンパニーとの出会いは楽しみにしたいと思います。年間観劇本数=150本弱。

◇武田浩介(ライター, 「OLD FASHION」)

  1. 「杭坑」公演演劇ユニット 昼ノ月「顔を見ないと忘れる」
  2. 乞局「杭坑」(コックリ)
  3. 青年団「隣にいても一人

2008年は37本観た。寝てしまったのは僅か3本。けっこう頑張った。アタマにきたのは4本。そのうち2本は同じ劇団だ。
とにかく、小劇場である。そこでしか感じることのできない疼き。それを求めて、自分は劇場に足を運んでいる。サブカル的釣り針を垂らしたお芝居も面白かった。でも自分に正面から応えてくれた、それぞれの切実さでもって刺してきてくれたのは、上に選んだ3本だった。感謝します。

藤田一樹(「Tokyo play graph」)

該当作なし

無差別殺人事件や世界不況など、厳しい社会の現実と向き合わざるを得ない一年であったと共に、舞台芸術がいかにして社会にコミットメントしていくのかが問われた年でもあると思いました。そのことについての推考を求め、関連書籍の読書やレクチャーへの参加などで、例年以上に劇場で逢瀬するひとつひとつの作品に深く視座するよう心がけました。
ダンス、オペラ、演劇と渡り歩くなかで心底感じ入る作品に出会えたことは何度となくありましたが、演劇に対して自らが盲目的でなくなった結果というか、そもそも「演劇とは何なのだろう」という根本的な疑問を抱いたことから、恐れながら「該当作なし」とさせて頂きました。年間観劇本数=130本強。

北嶋孝(本誌編集長)

  1. チェルフィッチュ「フリータイム」

不況はいつも零細個人事業主にしわ寄せされるらしい。ワンダーランド第2期の段取り、進行にも影響が出てしまった。あーしんど。おかげでチケットを購入したり予約したりしたのに、行けなかった公演がいくつもある。「トランス」「て」「サンシャイン62」「戦争と市民」「明晰の鎖」「苛々する大人の絵本」「友達」、イデビアン・クルー、ポタライブなどなど。三条会のアトリエ公演「近代能楽集」だって半分も行けなかった。これら見逃したパフォーマンスに、空白の欄を献納したい。チャリT企画「ネズミ狩り」、渡辺源四郎商会「どんとゆけ」も、ひとを殺すことに直に迫って忘れがたい(カミナリフラッシュバックス「死刑について」は未見)。
「フリータイム」は「高さ」を舞台に嵌め込み、自分の立つ位置と視線を観客に意識させる周到な公演だった。いつもリアルが参照される構想も健在。これからの道筋を注視したい。年末まで約160本観劇。(2008年12月31日補遺)

* 初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」年末回顧特集2008臨時増刊号(2008年12月21日、22日発行)
劇団webサイトへのリンクが基本ですが、公演ページがあればそちらにリンクしました。サイトの改廃、ページ内容の変更、リンク切れなどがあるかもしれません。その際はご容赦ください。見出しの回答者名をクリックすると、ワンダーランド寄稿一覧が表示されます。